強引な客

 シーラはちらりと、向かいに座るベルを見た。ベルの髪は赤みがかった鮮やかな金色で、高々と結い上げてある。ドレスは深い緋色だ。このドレスを選び、髪型を整え、着付けをするのにとても時間がかかったのだ。そのため、人間の町に入るのが遅くなってしまった。そろそろ日も暮れるだろうし、こんな時間に城を訪問していいのだろうか、とシーラは思った。


 そもそも、なんの予約も取り付けていないのだ。事前の連絡を全くせず、強引に城に入ろうとしている。入れてくれるものなのだろうか。一国の王が住む城なのだ。けれどもベルはそんなことを全く気にしていないようだった。超然と馬車に揺られている。


 きっと体よく追い返されるのだろう、とシーラは思った。でも、ユンの身を案じるベルの気持ちもわかる。ただ、城にはいないだろうと思う。ユンから聞いたルチアやゲオルクといった人間たちは、親切そうで、彼らがユンに危害を加えるとは思えない。


 でも――シーラの思いは様々に揺れる。人間の中には、恐らく悪い人間もいるだろうから――そういう人間がユンを捕まえていたりするのだろうか。それにもちろん、パーティでの一件もある。あの、へんてこな影とやらに襲われたのかしら。


 もしかしたら――もしかしたら、もう取返しのつかないことになっているかも――シーラはそこまで考えて、慌ててそれを自分の頭から振り払った。きっとユンは無事なはず。そう自分に言い聞かせていると、ベルが声をかけてきた。


「シーラ、顔色が悪いわね」

「馬車に酔ったんです」


 これは本当だった。ベルは顔をしかめた。


「情けないわね。もっと毅然としていなさい。人間たちになめられないように。いいわね」


 この、「なめられないようにする」ということが、ベルにとっては大変重要なことのようだった。準備に時間がかかったのも、下手な恰好では人間になめられてしまうから、というのが理由だった。シーラはベルを見た。ベルの姿には隙がない。竜でいるときも、常にしゃっきりとしていて、勇ましく立派だと思う。ただ――人間にそれがどれくらい通用するのか、そこがわからないのだが。




――――




 城に着いた。竜の族長の紋章付きの馬車と、ベルの高圧的な態度がものを言ったのか、馬車は城内に入れてもらえることとなった。門をいくつか通っていく。ベルは当然のことという顔をしていたが、シーラは戸惑い、そしてますます不安になるのだった。


 一番立派な建物の中に入り、通されたのは控えの間だった。案内をしてくれた人間は二匹に不審な目を向け、歓迎していないことを隠そうとしなかった。シーラは身が縮む思いがし、ベルは不機嫌な顔つきになった。


 国王陛下に会いたいというベルに対して、案内役は眉を上げ、陛下はお忙しいのです予約もない方と気軽にお会いすることはできません、と言った。けれどもしつこく粘るベルに呆れたのか、それでは控えの

間でお待ちくださいと一室に通され、そして案内役はどこかへ去っていった。


 古めかしく、重厚だが暗い部屋で、ベルは文句を言いつつ、椅子の一つに座った。シーラは座る気になれなかった。ただただ落ち着かない。できるならばここから逃げ出して、山のすみかに帰りたい。けれどもベルがそれを許さないだろうから、仕方なくとどまっているしかないのだ。


「お母さま、やはり事前に何か断りをいれておくべきでしたね」


 シーラは言った。ベルは憤然と言い返した。


「何を言ってるの? 緊急事態なのよ。それにこんな風に抜き打ちでやってくるほうがよかったの。予告をしていたら、全ての証拠を隠滅してしまうかもしれないじゃない」


 証拠とは? とシーラは思った。ベルの言いたいことはなんとなくわかる。ベルは完全に、ユンの不在は人間のせいだと思っているのだ。人間がユンを捉えたのであって、彼らがこちらに警戒の心を向ける前に、なんとかして息子を取り戻さなければならないと考えているのだろう。


「もしこのまま長く待たされるようなら」鼻息荒く、ベルが言った。「こちらから王の元へ出向いていかなければならないわね」


 その言葉をきいて、シーラは肝が冷える思いだった。


 廊下から、何やら声が聞こえてきた。人間の声だ。中年の女性と若い女性、後者はほとんど少女と言ってもいい。中年の女性が何かを諫め、少女がそれを振り払っているようだった。足音も聞こえ、やがて、声の主が部屋に現れた。


「あなたたちなのね! 竜のお客さんというのは!」


 濃い青のドレスをまとい、金髪に明るい空の色の瞳をした少女が、部屋に入ってきた。中年女性はそれを押しとどめようとしていたが、無駄だった。困ったように女性は下がり、少女のみが、シーラとベルに近づいてきた。


 ドレスは上等のものだった。身分ある娘なのだろう。使用人ではなさそうだ。ひょっとするとこの城の姫なのかもしれない。姫というと――シーラは記憶を探った。ユンが出会ったルチアという姫君は16歳で、金の髪と青空の瞳をしているらしい。きっとこの少女だわ! とシーラは弾かれるように思った。


「……ルチアさまですか?」


 おそるおそるシーラは声をかけた。少女が驚いてこちらを見る。

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