6. 影、再び
転移魔術
ゲオルクとユンは午後も遅く、夕方近い時刻になって、やっと人間の町まで辿り着いた。途中に休憩を多く挟んだため、時間がかかったのだ。けれども夜になる前についてよかったな、と一人と一匹は言いあった。
町の門の前で二人は別れた。これからどうするか。ゲオルクの心は決まっていた。何はともあれ、グレンのところへ行くのだ。一体どうしてこんなことになったのか、彼の口からぜひ説明を聞きたい。
一緒に行くとユンは言った。けれどもゲオルクはそれを断った。やはり、グレンに竜を合わせないほうがいいと思ったからだ。今回の一件に、グレンがどのように関わっているのか、もしくは関わっていないのか、ゲオルクの心は揺れていたが、ここにきてだいぶ定まっていた。グレンは何かを企んでいる。彼をかばいたかったが、それはもう、不可能なことかもしれない。
そしてゲオルクは一人、グレンの家を目指したのだった。
――――
今度はグレンは家にいた。老いた召使に案内されて、書斎に通された。薄暗く、狭い書斎に入ると、机に向かっていたグレンが立ち上がるのが見えた。ゲオルクは戸口のところで足を止めた。近づかない。あんなことがあったのだから、十分に用心して動いたほうがいい。
「どうしたんだ、ゲオルク」
明るく、笑顔を浮かべながらグレンが言った。ゲオルクは固い表情のまま答えた。
「昨日、この家を訪ねたんだ」
「ああ、そうだった。召使からそんな話をきいた。けれども俺が戻ったときにはどこにもいなかったじゃないか。どうして急に、何も告げずに帰るようなことをしたんだい?」
「……帰ったわけじゃない。そうじゃなくて、無理やりこの家から追い出されたんだ。そして、遠く遠くへ飛ばされた」
「ほう」
楽しそうに、グレンがゲオルクを見つめた。遊んでいるかのような表情だ。グレンは機嫌良さそうに目を細め、ゲオルクにさらに声をかけた。
「それは大変だったな。でも、どうしてそんなことに? さては勝手にこの部屋に入ったな」
「グレン!」
どきりとしてゲオルクは声を上げた。グレンは笑った。
「この机に罠をかけておいたんだ。これに許可なく触れるものは、遠くに飛ばされるようにと。ちょっとした泥棒よけだよ。まさかゲオルク、おまえがひっかかるとはなあ」
「……悪かったよ。泥棒みたいな真似をして」
「まあいいさ。俺のことを調べたかったんだろ?」
ゲオルクも、グレンも、相変わらず距離を保ったままだった。ゲオルクは用心のためだが、グレンもまた近づこうとしない。たくさんのわけのわからぬ物が詰まれた、息苦しさを覚える部屋で、ゲオルクはグレンの質問にうめくように答えた。
「……そうなんだ。おまえは何かを隠している。重要なことを。俺は全部知りたいんだよ。罠ってなんなんだ。塔で何をやってるんだ。どうして俺たちは――気が付いたらあんな遠くにいたんだ。おまえは――おまえは、一体何者なんだ」
「俺はグレンだよ。ただの魔術師だ」
グレンは視線を逸らした。そして机の上を見つめた。机の上は散らかっていて、そこに何があるのか、室内の暗さと遠さで、ゲオルクにはよくわからない。
「ただの魔術師なんてことがあるもんか」ゲオルクは言った。「今まで聞いたことがない。人間を遠くに移動させるなど――」
「研究はされていたんだ。俺の師匠が。そのまた師匠が。代々ずっと。完成させたのは俺だが」
グレンは机の上から何かをつまみあげた。親指と人差し指の間にあるそれを、グレンは見つめながら話を続けた。
「塔の伝説があるだろう? 悪い魔術師が、悪魔を呼び出して、というやつだ。あいつは魔界から悪魔を呼び出したんだが、俺たちは異界から謎の生き物を――悪魔かどうかはしらないが――を呼び出したんだ。それがほら、あの影だよ。パーティの夜に現れた」
「……そんなことが……」
本当にできるのだろうか、とゲオルクは思った。グレンは何を馬鹿げたことを言っているのだろう。けれども自分はあの影たちを見た。この世のものとは思えない、不思議な何かだった。グレンの言う通り、異界とやらからやってきたのだろうか。グレンに呼ばれて。
ゲオルクは話をうまく飲み込めぬままに、しかし、グレンに強い調子で問いかけた。
「じゃあ、竜たちが言っていた肌を刺すような感覚というのは。塔に近づきすぎて竜の姿を保てなくなったものもいるんだ。あれもおまえたちの魔術なのか?」
「それは違う。というよりよく知らない。おそらく――この石の影響なのかもしれない」
グレンはつまんでいるものを目の高さまで持ち上げた。窓からの弱い光がそれに、グレンが言うところの石とやらに当たった。それはぼんやりと白いもので、確かに石か何かのようだった。
グレンは石を見ながら言った。
「これは魔力を増幅させるものなんだ。でも他にも意外な効果があるのかもしれないな。そこのところをきちんと調べなかったのは残念だ。死んだ竜ばかり相手にしてるんじゃなかった。生きた竜にも目を向けるべきだったな」
「死んだ竜?」
ぞっとして、ゲオルクは聞き返した。ほんの少し足を動かして、身を警戒させる。グレンは何を言っているのだろう。
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