黄金の首輪

 一緒に魚をとり、ユンが炎を吐いて焚火を作った。焼いた魚のいくつかをもらったが、とてもユンの空腹がおさまる量ではなかった。けれどもユンは努めて平気な顔をした。


 やがて日が落ち、夜がやってきた。星が輝き薄い月が出た。たくさんの星を眺め、ユンとゲオルクは星座の話をした。竜の世界と人の世界では星座も違うのだが、ユンもゲオルクも長く講釈できるほどそれについては詳しくなかった。ユンは方角を見極めるにはどの星を目印にすればよいか知っており、道は間違ってないから大丈夫、明日には町にたどり着くと、ゲオルクを励ました。


 話題がつき、少しの間、沈黙が続いた。ゲオルクとユンは火の周りに座っており、そしてどちらもただ、ゆらめく炎を見ていた。


 ふいにゲオルクがユンの方に顔を向け、笑顔で言った。


「綺麗なうろこだなあ。最初に見たときから感心していたんだ」


 ユンは嬉しくなり、得意気に返した。


「そうだろう。もっと近くで見てもいいんだぞ。なんなら触ってもいい」


 ゲオルクは立ち上がり、ユンの側に近寄った。寝そべる形で座っていたユンは触りやすいように心持ち脇腹を差し出した。


 ゲオルクの大きな手がそっとユンに触れる。くすぐったかった。ゲオルクが言った。


「もっとひんやりとして固いものだと思っていたんだ。そうでもないんだな」

「うーん、でも、竜のうろこは頑丈だぞ。多少のことなら怪我をしない」

「それは羨ましいなあ。ところで竜は様々な色をしているけれど、生まれたときからそうなのか?」

「いや違う。生まれたときはうろこもないんだ。ふわふわした羽毛に覆われてる」

「へえ!」


 ゲオルクが驚いた。ユンは小さな赤ん坊竜を思い出しながら言った。


「生まれたて、つまり卵から出たばかりのときはあんまりかわいくないな。べちゃっとした感じで。でもそのうち羽毛がかわけばかわいくなる。みな同じ灰色の羽毛なんだ。やわらかくて、ふわふわで。そしてぴいぴいなくんだよ」

「それはかわいいな」


 ゲオルクが笑顔になった。ユンも嬉しくなって頷いた。


「そうなんだ。小さい竜はかわいいんだ。見せてやりたいよ。それで、しだいに羽毛が抜けてうろこになる。そのときに、自分が何色の竜かわかるんだ。羽毛の時期というのはたいていとても幼くて、あまり記憶に残らないから――そうだな、俺はものごころつく頃にはすでに緑の竜だったなあ」

「そうなのか。竜については知らないことがたくさんあるな」


 そう言って、ゲオルクはふと黙った。よい気分になっていたユンはゲオルクに言った。


「俺の腹にもたれても座ってもいいぞ。そっちのほうが楽だろう?」


 ゲオルクはその申し出を断らなかった。ユンはおかしい気持ちになった。今日はずいぶんと人間と触れ合っている。背にのせてやったり、もたれさせてやったり。こんなことはなかったことだった。今まで生活の中に人間が入ってくることはほとんどなかったのだ。


「昔々の話に、竜を飼っていた王様がいたな」


 唐突にゲオルクが言い、無視できない台詞にユンは緊張して聞き返した。


「竜を、飼う? 人間がか? 人間が竜を飼うのか?」

「そうなんだ。といってもそれができるのは王だけだよ。黄金の首輪をつけて、世話をする召使を何人も集めて――」

「竜は飼われたりなんかしない!」


 かっとして、ユンは強い調子で言った。「人間に飼われるなんてことがあるもんか! ましてや首輪なんて! そんなことを言うなら、人間に首輪をつけて竜の洞穴で飼ってやるぞ」


 首を持ち上げ、高い位置からゲオルクを威圧するユンに、ゲオルクはたちまち謝った。


「いや、すまない、これはただの伝説というか昔話なんだ。だから本当じゃないかもしれない」

「本当じゃないよ」

「そうだろうな。たぶん正統な歴史の本には書いてないだろう」


 ゲオルクがあっさりと話をひっこめてしまったために、ユンは少し恥ずかしくなってしまった。けれども胸の中はもやもやが残り、いじけたように、口にした。


「……人間の話には嘘が多いんだ。王女をさらうなんて話も――実際にさらったりなんかしない」

「うん。俺も物語の中でしかそんなことは知らない」

「……竜は金銀財宝が好き、というのは多少当たってるかもしれない。でも、無理やり人間から奪ったりはしないよ。困っている人間を助けて、お礼として金細工をもらったりするんだ」

「そうなのか。そういった話は……えーと、人間の世界に伝わっているのかどうかわからないが……俺が知らないだけかもしれないな」


 ユンの心が少しずつに落ち着いていく。そしてユンはゲオルクの言葉にくすりと笑った。気を遣ってもらっていることがありありとわかって、それが嬉しく、同時にやはり後ろめたいような気持ちもあった。ゲオルクはいいやつだなとユンは思った。それに比べると、自分は感情的でどうもよろしくない。


 ユンが黙って反省していると、ふと、呟くようなゲオルクの声が聞こえた。


「――……もし、竜と戦わなければならないとしたら」

「一体、なんの話さ」


 ユンが問い返した。ゲオルクは火を見つめながら言った。


「もしもの話さ。もし、人間と竜が戦争でもすることになったら。俺は人間だし、騎士なんだ。騎士の家に生まれて、父も祖父も先祖も騎士で、戦うことが仕事なんだ。自分たちの属する集団にとって、敵であるとみなされたものと戦うことが、使命なんだ」

「……」


 ゲオルクがどうしてこんな話をするのか、ユンにはわからなかった。さっきの一連のやりとりで、多少、竜という生き物にうんざりしてしまったのだろうか。けれども火に照らされたゲオルクの顔はなごやかで、そういうふうには見えなかった。

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