4. どこか遠くへ

族長会議

 岩山の近くの広場に、竜たちが集まってくる。時刻は夜だった。細い月がかかり、星々が空に散っている。広場の真ん中には火がたかれ、竜たちはそれを目指すように、空から舞い降りてくる。


 緊急の族長会議が開かれようとしているのであった。主催者はセオだ。ユンは族長ではないが、証言者として会議に参加することとなった。降り立つ竜たちをセオは迎える。それにユンも続いた。


 パーティでの一件はたちまち竜たちにも知られるところとなった。ユンとしては黙っていることが難しくなった。ゲオルクから聞かされた一部人間たちの動向を、自分一人で抱えるのは重すぎるように感じられてきたのだ。耐えられず、全てを父に打ち明けてしまった。


 城をめぐる違和感は、竜たちの間ですでに話題になっていたことだ。そこに来てこのような事態が起こった。ユンの話を聞き、セオは近隣の族長たちを集め、会議を開くことにした。


 十数匹ほどの竜が広場に集まった。みな身体が大きい。色は様々だ。赤、紫、青、緑、黄、茶、紺――(黒は白と同じく珍しい)。火の明りを受けて、宝石のようにうろこをきらめかせながら、彼らは円になって座った。


 セオがみなを集めた理由を話し、続いてユンが城での件を語ることになった。竜の姿から人間の姿になってしまい、城内に落ちたこと。そして昨夜のパーティでの出来事。竜たちは揺れる炎を映した目をこちらに向け、ユンの話を真剣に聞いていた。


 ゲオルクの見解も話した。これはまだ証拠がないことなのだ、と念を押しながら。けれども一部の竜たちからは憤慨の声があがった。静粛にするよう、セオが声をあげる。が、一匹の竜が強い口調で非難した。


「人間たちがこちらに敵意を持っていることはわかっている。こちらに害をなす意図を持っているものには、もっと手厳しい態度をとるべきなのだ。今まで我々竜たちは、彼らに優しすぎた」


 賛同の声が複数続く。とはいえ全員ではない。迷っているものもいる。顔をしかめているものもいる。しかし、それに対するはっきりとした否定の意見は聞かれなかった。


 父親に話をしたのは時期尚早だったかもしれない、とユンは思った。特に、ゲオルクから聞いた話は言わないほうがよかったかもしれない。けれども後悔してももう遅かった。セオを見ると、難しい表情で黙り込んでいる。


 ユンの話が終わり、それではこれからどうするか、ということが話し合われることとなった。ユンは下がり、セオが前に出た。セオが会議を進めていく。いずれはユンが跡を継いで、父がやっている務めを果たすことになるのだ。上手くできるのだろうか、とユンは不安になった。跡取りであっても不適格とみなされ、族長になれなかった竜もいる。自分がそうならない保証があるだろうか、とユンは思う。


 昨夜のことが、ユンの頭によみがえってきた。大広間の影たちを追い払い、ゲオルクたちと逃げていく彼らを追ったのだ。行先はやはり予想通りあの古い塔であった。壁を這い上り、塔の小さな窓の中に、影たちは吸い込まれるように消えていった。さらに追いかけたかったが、塔の扉には鍵がかかっていた。


 パーティに参加していた魔術師を呼び出し、鍵をあけてもらう。ユンは騎士たちと一緒に、塔の内部に入った。空気は湿っており、石は重たく暗く、遠い昔に腐り死んでしまった何かがひんやりと身を横たえているような、そんな嫌な臭いが漂っている。ユンたちは無言でらせん階段を上っていき、そして一つの部屋に行きついた。


 影たちが入っていったのは、ここの部屋の窓だろうと思われた。けれどもそこには何もなかった。がらんとした空間が広がっているだけだった。騎士の一人が悪態をついた。探すまでもなかった。室内には家具一つなく、隠れるところなどなかったのだから。


 この世ならぬものなのだ、とユンは内心おののきながら思った。ルチアの話を思い出す。悪い魔術師の話。人間が嫌いで、魔界から悪魔を呼び出し、そうそして――食われたのだ、悪魔に。あの影は悪魔だったのだろうか、とユンは思った。


「使者を出すべきだな。早々に」


 セオの声が聞こえて、ユンは我に返った。話はまとまりつつあるようだった。人間の王に使者を送ることにしたらしい。この件について話し合うために。竜たちは賛同の声をあげ、そして強い言葉が続いた。


「丸め込まれてはならないぞ。この件に、王が関わっていないとは限らない」


 そこから使者についての細かな事柄が決められていった。ユンは人間の王を思い出そうとした。どういう人物だったか、少しあやふやになっている。でも悪い人間じゃなかった気がする。あのルチアの父親なのだし、やっぱり悪者には思われない。


 話は片付いたようだ。話題は別のものに移っている。けれども早急に話し合わなければならないことは他にはない。竜たちの会話はくだけたものになっていき、広場にはくつろいだ雰囲気が広がった。


 酒や飲み物があれば、宴会めいた雰囲気になっただろう。宴会となれば、毎回必ずといっていいほどうたわれる唄がある。竜の歴史をうたった唄だ。一匹の竜が立ち上がった。深い海の色をしたその竜は息を吸い込む。周りがやんやと囃す。宴会ではないが、どうやらうたう気分になったらしい。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る