影を払う

 竜たちは確かにみな老いていた。そして老いた竜は同じように老いているか、または堅苦しそうな人々と一緒に、小難し気な話に興じているのだ。ルチアは竜たちのことが気になっていたが、そこに自分が混じることはひどく場違いなように思えて、とても近づけなかった。そして、ルチアの元にはひっきりなしに、ダンスを申し込む若者たちが現れるのだ。


 ルチアは素直に彼らと踊った。入れ替わり立ち代わりいろんな顔がやってきて、手から手へと渡されて、ルチアはくたびれてしまった。彼らはしきりに自分をアピールするが、数が増えると誰が誰なのかわからなくなる。自分は薄情なのかもしれない、とルチアは思った。


 ひょっとするとユンが来ているかも、と思って探すも、そのような姿はなかった。そりゃいないでしょうね、とルチアは落胆しながら思った。招待される理由が思い当たらない。ユンは竜の族長の息子なので、竜の世界では身分は高いだろうけれど、今日招かれた竜たちはみな、人間の世界で功績を残したものばかりだ。ユンはそうではない。


 ふいに、人々のざわめきの中に、不協和音が混じった。ルチアは顔を上げた。緊張が、人から人へと伝わっていく。何かが、予期せぬ事が起こっているようだ。そして、突然、悲鳴が聞こえた。


 ルチアは弾かれたように立ち上がった。悲鳴が、複数の人びとから続けざまに上がり、混乱が大きくなっていく。怒声、うろたえる声、涙声、そして人々が大広間の外へと逃げていく。ルチアは人の流れに逆らって、混乱の源を目指した。何が起こっているのだろう、とただそれを確かめたくて。


 目に飛び込んできたのは、老いた竜のうちの一人の姿だった。彼の周囲に、謎の影が群がっている。竜は闇雲にそれらから逃げようとした。騎士が数人、影に剣をふるっている。別の騎士が現れ、竜を安全な場所へと誘導しようとしている。


 それら騎士の中に、ルチアはゲオルクの姿を見た。そして思わず声を上げていた。


「ゲオルク!」

「姫さま!」


 声を聞いたゲオルクがルチアの元にとんできた。


「姫さま! 危険です。どうぞこちらに……」


 ゲオルクに導かれるまま早足に歩きながら、ルチアはきいた。


「一体何が起こったの?」

「それが……私どももよくわからないのです。謎の影が現れて、それは私たち人間には特に害がないようなのですが、竜にとっては――」

「竜にとっては危険なものなの?」

「それもまだはっきりとは。けれども竜を狙っているようなのです」


 大広間の外に連れ出された。廊下は人々でごった返している。ゲオルクは心配そうに大広間の中を覗いた。


「あんまり強くはないようですよ、あの影は。切り付ければひるんで逃げていきます。ああ、だいぶ数も少なくなってきたかな……」

「姫さま、姫さま!」


 人々の群れをかきわけて、近づくものがあった。見ると、プリシラだ。その表情はすっかり怯えきっている。


「何があったのですか、不埒なやからでも侵入して暴れたのですか!? ああ、王宮の警護は万全なものだと思っていたのに……あ、ゲオルクさま」


 プリシラはそばにいたゲオルクに挨拶した。そしてルチアに寄り添った。ルチアを守るというよりも、自分自身が不安で、誰かの近くにいたくてたまらないようだった。


 ルチアはプリシラを元気づけるように言った。


「大丈夫よ。何か、変なものが現れて、竜を襲っていたようだけど、退治されつつあるみたいだし……。騎士たちが今、賢明に頑張っているわ。安心していいんじゃないかしら」

「そうは申されましても姫さま……」


 もう一人、近づいてくるものがあった。頭に角、背中に翼が見える。人間の姿をしているが、しかし人間ではない。竜だ。竜はゲオルクに呼び掛けた。


「大体追い払ったぞ。やつら、逃げていく。どこから来たのか知りたいし、追いかけようと思うんだが――」

「ユン!」


 その竜の顔を見て、ルチアは驚きの声をあげた。以前、城内で出会ったあの若き竜だ。プリシラは目を丸くして、ユンを見ていた。


「姫さまじゃないか」


 ユンもルチアに目を向けた。


「ユン、どうしてこんなところに」

「えっと、他の竜のお供として来たんだよ。それよりも、ゲオルク、追いかけたほうが――」


 ユンはルチアを気にしつつも、今はもっと気になることがあるようだった。ゲオルクがユンの言葉に頷く。


「そうだな、そうしよう。姫さま、私たちは席を外しますが、騎士の何名かはここに残りますので、彼らの言うことをよく聞いてください」

「わかったわ。いってらっしゃい」


 ユンとゲオルクが建物の外へと駆けていく。隣でプリシラがそっと尋ねた。


「……あの……姫さま。あの竜の若者は?」


 ルチアはどきりとした。ユンと会ったことは誰にも言っていない。ルチアは懸命に言葉を探した。


「ええっと……。あの、そうね――彼はね、ゲオルクの知り合いなの。私も以前話を聞いたことがあって……」


 苦しい言い訳だな、と自分でも思う。けれどもプリシラはさほど気にしてはいないようだった。ユンとゲオルクが駆けていったほうを見つめ、うっとりと呟いた。


「綺麗な若者でしたねえ! 竜にもあんな若者がいるのですね。そうですね、姫さま、竜と人間の結婚というのも決して悪くはないような……」

「何を言ってるのよ」


 とりあえず、プリシラにあれこれと追及されないのでほっとする。騎士たちが、パーティの参加者らを集め何かを言っている。人々はまだ騒がしくしゃべっていたが、場は次第に落ち着きを取り戻しつつあるようだった。

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