パーティのお供

 ロイが尋ねる。ユンはしまった、と思った。リーのことはあまり周囲に広めるべきではないかもしれない。そこでユンは首を横に振ると、あわてて、言った。


「いや、なんでもない。みんな元気さ。それからアル伯母さんも」


 アルはベルの姉であり、ロイの母親だ。ちょくちょくベルの元へやってきては、二人で世間話に興じている。どういうわけか人間の町で暮らすようになった息子のことを、困った子だと思いながら、それなりに信頼しているらしい。ただ、ベルはもう少しロイに手厳しい。


「それはよかった」


 ロイは微笑んだ。少し垂れ目の穏やかそうな顔をしている。髪の色は薄い茶色で、目も竜の時の体色と同じ薄い水色だ。


「ここに来るのは初めてなんだ。どうなんだ、人間たちの中で暮らすのは不便じゃないか?」


 ユンは尋ねた。この辺りの竜たちの暮らしぶりに興味が出てきたのだ。


「いや、そんなに不便じゃないよ。周りにいるのは竜ばかりだしね」

「人間とはあまり交流がないんだ?」

「そうでもないけど……。人間相手に商売などをしている者もいるしね。でも全く壁がないというわけでもないし……」


 やはりいろいろ苦労があるのだろう、とユンは思った。竜の世界にいるほうがよっぽど快適であろうに。ロイは何故その生活を捨ててしまったのだろう。


「ここにいて、よいことってなんだ?」


 単刀直入に、ユンはきいた。ロイは昔から優しい性格なので、遠慮せずにあれこれ口にしてしまう。


 ロイは少し笑った。


「よいことはいっぱいあるよ。そう、錬金術の研究ができる。面白いよ。それに本もあるし――」

「竜の世界にも本はあるよ」


 なんとなくむっとしてユンは言った。人間が文字を持つように、竜も文字を持っている。ただ、竜には人間のような器用な手がないので、本を作ることが難しい。人間の姿で暮らしている竜たちに、それらの仕事を受け持つ者が少数ながら存在するのではあるが。


 そもそも竜のかぎづめでは文字を記すこともあまり簡単ではないのだ。力があるので、岩などに彫り付けることはできる。けれども相手が羊皮紙となると難しい。人間たちに比べると、竜は文字をあまり使わないと言われている。ユンにしてみれば多少心外な話である。ちなみにベルが言うには、竜は人間よりもずっと賢いので、わざわざ文字にして残さなくとも、たいていのことは覚えているのだそうだ。


 第一、文字を読めるのは人間の世界でも竜の世界でも一部の限られた者だけじゃないか、とユンは思ってしまう。


「そうだね。それはそうなんだけど」

「まあでも、ここでの暮らしが楽しいっていうんなら、別にいいけど。楽しい?」

「うん、まずまずだね」


 空も飛べずに火も吹けない生活なんてつまらなさそうだなあとユンは思う。でも自分とロイは違うのだ。そう、同じ竜として近い生活をしているときからそうだった。だから、感じ方もそれぞれ異なるのだろう。


 ユンはここに来た理由を思い出した。城の調査をせねばならない。けれども何から話せばよいのだろう。城に何か不吉なものがあるかもしれないことを、ロイは知っているのだろうか。ここらの竜の間で噂になったりしていないだろうか。けれどもそれを直接的にきくのはためらわれる。

 

 ユンは考え、迷いながら、口にした。


「――えっと、城のことなんだけどさ」

「何? この町にある城のこと?」

「そう、それだよ。えっと……それで……ロイは、城に行ったことがある?」


 とりあえず、とっかかりになりそうなものを探ってみる。ユンの言葉に、ロイはすぐに返事をした。


「ないけど。あ、でも近いうちに行くんだ」

「そうなんだ!」

「城のパーティに呼ばれてる。僕の錬金術の先生が招待されたんだ。竜なんだけど、その世界では名の知れた御仁でね。で、僕がお供として同行することになった」

「いいなあ!」


 ユンは目を輝かせた。自分もそれについていきたい、と思う。そうしたらまた城の中に入れる。けれどもどうすればそれが可能なものなのか。


 あからさまに話題にとびついてくるユンに、ロイはやや戸惑いを見せながら、尋ねた。


「いいのかな? 城に行きたいの?」

「そう!」


 はっきりと言ってしまった。ロイはさらに、


「でも城に行ったことならあるだろ。君のお父さんと一緒に」

「それはずいぶん前のことだよ。そうじゃなくて、今行きたい」

「どうして?」

「――あー……」


 不審がられてしまったようだ。ユンは言葉をなくして、目を泳がせた。


 ロイはからかうような表情でユンを見た。


「城に何かあるのかな?」

「いや特には。ううん、全然何も」

「ふーん」


 ロイは信じてないようだ。けれどもユンに協力したくはなったらしい。明るい声で、何気なく言った。


「君が代わりにお供として城に行ってくれてもいいんだけど。僕はパーティとか、そういう華やかなところは苦手でね。君さえよければ……」

「いいよ! 全然いい!」


 思わず腰を浮かしながら、ユンは言った。もう一度城に行けるのだ! 城に行ったところでどうなるのかはわからないが、ただ、あてもなく周りをうろうろするだけよりはずっといい。


 ロイは今度ははっきりと大きく笑った。


「君が何を考えてるのかわからないけど。でも僕としてはありがたいな。気の進まない仕事だったからね」

「うんうん、利害が一致したな」

「そうだね。ところで……ほんとに城に何かあるの?」


 ロイの表情がふと、真面目になった。ユンもまた笑顔をひっこめた。ロイに言うべきだろうか。けれども父だって、つい昨日まで秘密にしていた情報だ。ぺらぺら喋っていいものなのだろうか。


「――まあ、言いたくないなら言わなくてもいいけど」


 ロイの言葉に、ユンはほっとした。ロイは昔からこういうやつだった。我が強くなく、周りに無理強いというものをしない。ロイがいてよかったと、ユンは思った。

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