竜たちの住むところ

「違うよ。まあ単に気まぐれというか……ああ、そう、従兄に会いに行くんだ。人間の町に住んでる。でもその従兄に会うことに、母がよい顔をしなくて……。わかるだろう、うちの母のことは」


 従兄は実在するし、彼がベルからよく思われていないことも本当だ。そして実際に、その従兄を訪ねる予定であった。つまり嘘はついていない。ナラはいまいち納得していないような表情を見せたが、しかし、ユンの頼みを受けることにしたようだ。


「ちょっと待ってろ。服を持ってこよう」


 貸してもらった服は、ユンにちょうどよい大きさであった。ユンは礼を言い、自分の身をぐるりと見回した。派手すぎず、さりとてぼろぼろというわけでもなく、目的にかなっている。ユンはナラに言った。


「ありがとう。今日中に返すよ。それにしてもここに来るのは久しぶりだなあ。少し話でもしていきたいところだけど――」


 どういうわけか、ナラが少し慌てた。「いや、悪いけれど、今日は少し忙しいんだ」


「そうなんだ。俺もこれから従兄のところへ行かなければならないし」


 もう一度礼を言うと、ユンは農場を後にした。ここから歩いて町まで行かなければならない。大した距離ではないが、いつもは竜の姿でひとっとびなことを考えると、多少面倒ではある。


 人間とは不便な生き物だなあ、とユンは歩きながら思うのだった。




――――




 従兄の名前はロイという。ベルの姉の息子だ。ユンよりいくらか年上で、成竜となってから、人間の町で暮らすようになった。何故そうしたのかはわからない。幼いときはよく一緒に遊んだが、いつのころからか、少しずつ縁遠くなってしまっていた。


 大人しく真面目な竜であった。青い色をしていたが少し薄く、そのため身体が小さかった。そういった共通点があるせいか、シーラと仲が良かった。今は、数年に一度、実家に帰ってくる。そんなとき、たまに、ユンたちきょうだいにも会うことがある程度だ。


 ロイが人間の町のどこに住んでいるのか、ユンは知らない。しかし、町の竜たちが、小さなコミュニテ

ィを作って一つところで暮らしていることは知っている。その場所もわかっている。おそらくその中にロイもいるのではないかと思う。誰かに尋ねれば教えてくれるかもしれない、とユンは楽観的な気持ちを抱いて、町に入った。


 人間の町に近づくにつれ、そしてその内部に入っていくにつれ、当然のことではあるが、周りが人間だらけになっていった。なんだか居心地が悪いことだった。町の大通りも人間で溢れている。竜が全くいないわけではない。しかしごく少数だ。ユンは落ち着かなかった。奇異の目で、じろじろと見つめられるわけではないが、どうしても、自分がこの場にそぐわないものと思えてしかたない。


 ユンは足を速めて、竜たちが暮らす一画を目指した。




――――




 次第に、角や尻尾を持つものが増えてきた。親しみのある竜の言葉も聞こえる。ユンは嬉しくなった。竜たちの暮らす地区へと入ったのだ。


 周りが自分と同じような姿ばかりになってくると、ユンの心もほぐれた。しかしどうも違和感はある。周囲は人間たちが住む家と、同じ形の建物が並ぶ。ここの竜たちは岩山の洞穴に住むわけではないのだ。そして、料理の匂いが漂い、洗濯物がはためく。そのどちらも、洞穴の竜たちには縁遠いものだ。


 聞き込みは上手く行った。幸運なことに、すぐにロイの居場所が判明したのだ。ロイはここらでは少し有名な存在らしい。ユンは教えられた通りに、ロイの住む家を目指した。道を曲がり、少し静かな通りに入る。右側の、二番目の家が、ロイの家だ。


 さほど大きくもない家だ。窓から中をのぞくと、そこには奇妙な光景が広がっていた。かまどがいくつか、それにたくさんの鍋ややかんのようなものがある。さらに何が入っているのかよくわからない瓶が棚に並び、薬草や動物の皮のようなものまでが壁にかかっている。それらに囲まれて、ロイがいた。


 声をかけると、ロイが振り向き、ユンを見て驚いた顔をした。ここにユンがやってくるのは初めてなのだ。


「ユン!」


 家から笑顔でロイが出てきた。「どうしたんだい。よくここがわかったねえ」


「人にきいたんだ。どうやら有名人のようだぞ、おまえ」

「有名人というか、変わり者として知られてるのさ。今日はまたどうしてここに?」


「それは――」ユンは迷った。そして多少あやふやな調子で言った。「――えっと、人間の町でどういう生活をしているのかな、と気になって。前々から、そう、ロイの住んでるところを訪ねてみたかったんだよ。それで最近暇だから、実行に移すにはちょうどいいかな、と」


「そうなんだ。中に入るかい?」

「ぜひ」


 小さな扉をくぐり、室内に入る。物珍し気に辺りを見るユンに、ロイは言った。


「一階は仕事部屋なんだ。二階に行こう」


 ユンはロイについて狭い階段を上った。そして尋ねる。


「仕事って何なんだ?」

「錬金術だよ。錬金術の研究をしているんだ」

「へえ……」

 

錬金術についてはうっすらと聞いたことがある。人間の魔術師がそういったことに携わっているらしい。ただ具体的にどういうものかはよくわからない。何か便利な物質を生み出すような、そんな技術だった気がする。そうだ、鉄くずから黄金を作り出すとかだったかな? とユンは考えた。


 ロイも変なことを始めたものだ、と思う。


 二階のロイの部屋は物があまりなく、なおかつきちんと片付けられていた。家具は使い込まれ、高価なものはあまりない。けれども快適さがあって、部屋の主の性格を反映しているかのようだった。


 二人とも椅子に腰を下ろし、まずロイが口を開いた。


「みんなは元気にしてるかい?」


 家族や親せきのことだろう。ユンは頷いた。


「うちのやつらならみな元気だよ。あ、でも、リーが……」

「どうしたんだい?」

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