リーの行方

 人間の語る竜の話はどうも嘘くさい、とユンは思う。その点はベルに同意だ。竜たちの物語には人間はあまり出てこない。そもそも戦わない。人間たちのほうがずっと弱いと、竜たちは知っているからだ。人間は、無力で愚かな存在だ。でもなかなか気の良いやつであるし、手先が器用という長所もある。竜は人間に、時に気まぐれに親切にしてやり、そのお礼として、器用な人間たちが作った細工ものなどをもらうのだ。


「私、会ってみたいわ。そのお姫さまと騎士に」


 うっとりと、憧れを込めてシーラは言った。シーラは家にひきこもりがちで、人間の世界にほとんど足を踏み入れたことがない。ユンは明るく言った。


「お姫さまが、ルチアが、また来て、って言ってた。だから今度は一緒に行こうよ」

「いいわね! でも空から突然訪ねるのは駄目よ。ちゃんと相手の都合も聞いて、予約を取って、お城の正面玄関から入っていかなくちゃ」

「わかってるよ」


 ユンはくすくす笑う。自分のやったことは、本当によろしくないこと、竜と人間の間にいざこざを起こしかねないものだとわかっているが、けれどもなかなかスリルがあって楽しかった。ただもうやらない、と思う。


「――ところで、リーのことだけど……」


 ユンは話題を変えた。ふと思い出したのだ。少し前に家族の席で話題になっていたリーの件。シーラは明らかに何かを知っている。けれどもそれを口にしたくはないようだ。


 シーラはばつの悪い表情になった。


「ごめんなさい、その事は……」

「リーは無事なんだよね?」

「ええ、そうよ。お城の一件とは何も関係がないの」

「なんらかの事態が生じてはいるんだろうけど……それは、よいこと? 悪いこと?」

「よいことよ。リーにとってはね」シーラが優しい顔つきで言った。けれどもすぐ暗い口調で、「ただ、お母さまにとってはどうだか……わからないわ」


 シーラはユンを見た。そして勇気づけるように言った。


「安心して。もう少しすればリーは戻ってくるわ。でも多少は……時間がかかるかもね。でも数か月もすれば」

「そのとき、全てが明らかになるんだ」

「そうよ」


 ならば待っていようと、ユンは思った。とりあえず、リーが無事ならそれでよい。


 話はそこで終わり、きょうだいはそれぞれ自分の部屋へとひきあげた。土の匂いのする洞穴の部屋に入り、ユンは考えた。城のことだ。そしてそこで出会った奇怪な現象のこと。


 あれはなんだったのか。呪いなのか、それとも薬なのか。調べてみたい、とユンは思った。父とその仲間たちがいずれ調査に乗り出すであろう。けれども自分もじっとしてはいられない。ただ、どう調べるか。それが問題だ。


 もう上空から近づくのはよそうと思う。また落っこちたりしたら目も当てられない。運よくまた、ルチアが近くにいるとは限らないし。だから、今度はもっと正攻法でいくのだ。


 今日はいろいろな事があったので疲れている。あくびをしながら、ユンはさらに考えた。正攻法……まずは人間の姿をして町の中に入る必要があるな。そして、町には町で竜たちが住んでいるから、そこを出発点にすればいい。


 部屋のすみにつみあげられた藁の上に寝そべり、そして丸くなる。目を閉じ、いくらもしないうちに、ユンは眠りについた。




――――




 翌日もまた、よく晴れた日だった。ユンは意気揚々とすみかをあとにした。まずは幼なじみのナラのところへ向かうのだ。


 人間の町に入るには人間の姿にならなければいけない。人間の姿になれば服がいる。その服を、ナラに貸してもらおうと思ったのだ。以前、族長の息子として町に入ったときは、族長の紋章のついた馬車に乗り、飾りの多い豪勢な服を着たのだ。けれども今回はそれができない。それになるべくならばこっそりと、町に入ることが望ましい。


 ナラは町の近くで、人間の姿で農業をやっている。竜は人間の姿になることもできるので、生涯、人間の姿で暮らす者もいる。ナラとその家族もそうだった。


 出会ったのは、まだユンが幼いときだった。姉のリーとともに、ナラの家の近くまで探検に来て道に迷い、そこをナラに助けてもらったのだ。ナラはユンよりも30歳ほど上の竜であった。


 農場につき、藁ぶき屋根の小さな家の前でそっと声をかけると、角と翼と尻尾のある、若い男性が出てきた。ナラであった。戸惑った顔でユンを見つめている。


「服を貸してもらいたいんだ」


 ユンは言った。ナラの表情はまだ戸惑ったままだ。


「どうしたんだ、急に」

「これから人間の町に行こうと思って――。人間の姿にならなければいけないのだけど、服がないんだ」

「用意してくれる竜がいるだろう。族長一家のために特別の服と馬車を持っている者が」

「こっそりと町に入りたいんだ。できれば親には知られたくないし」


 ナラは不審そうな顔になった。赤みを帯びた紫の目に、人の好さそうな顔立ちをした、親切で明るい竜だ。ユンはその出逢いからしばしば、ナラに助けてもらった。子どもの頃はしょっちゅうナラの家を訪れていた。が、人間の姿をして暮らす竜をベルが嫌っているために、たいていは親に内緒ででかけたのだった。


「悪いことをしようとしているんじゃないだろうな」


 眉をひそめて、ナラが言った。ユンは首を横に振った。

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