騎士との戦い

 ベルにしてはあっさりと引き下がった。そもそもベルは自分に従順で大人しいシーラには甘いところがあるのだ。シーラが明らかにほっとしているのがわかった。けれどもベルの機嫌はよくない。苛立たし気な表情のまま、ベルはセオに言った。


「心配することない、というのなら、心配しないでおきましょう。でも、人間の城のことは気になるわね。ね、あなた、これは徹底的に調査をしたほうがいいわ」


 セオはため息をつくように、そうだな、と言った。大きく強い族長であるセオも、ベルにはかなわないのだった。




――――




 家族で過ごす時間が終わり、それぞれの寝室へと引き上げる。ユンはシーラと並んで廊下を歩いていた。洞穴の廊下は広くはないが、竜二匹が並んで歩けるぐらいの幅はある。


 ユンは悩んでいた。結局、城での出来事は、一言も話さなかった。けれども秘密を抱えたままでいるこ

とが辛いのだ。もともと素直で開放的な性格であるために、一人胸の内に閉まっておくということが難しい。


 ユンはシーラを見た。この姉ならば大丈夫そうな気がする。おしゃべりではないし、きっと、父にも母にも打ち明けないのだろう。そこで、ユンは思い切って、シーラには全てを話すことにした。


「姉さん、秘密は守れる?」


 立ち止まって、シーラにきいた。シーラも止まって、ユンを見た。


「どうしたの、急に」

「話したいことがあるんだけどさ、これを、他の竜に言わないでほしいんだ」

「いいけれど……何があったの?」


 よほど真面目な顔をしていたのだろう、シーラの表情も硬いものとなる。ユンは声を幾分ひそめて、今日あった出来事を話し始めた。


 シーラの顔がみるみる驚愕の色に染まっていく。全部話し終えると、シーラは驚きの目で、ユンを見た。


「じゃあ、つまり、お父さまのおっしゃってたことは……」

「そう、他の竜も言うように、あの城には何かあるんだ。謎の薬を開発しているのかどうかはしらないけどね」

「呪いという話もあるのね。でも、本当にそうなのかしら」

「どうなんだろう。悪い魔術師くらいはいたかも。けど、魔界から悪魔を呼び出すなんて、そんな無茶苦茶な、と思うよ」

「私もあまり信じられないわ」


 シーラはそう言って、言葉を切った。そして笑顔になると言った。


「それにしてもすごいわね! 人間のお姫さまに騎士だなんて! 私、どちらにも会ったたことがないの。お話の中では何度も聞いたりしたのだけど」

「そうだよ。子どものころ、よくごっこ遊びをしたね」


 竜が人間の姫をさらい、騎士がそれを助けに来て、竜は殺される。そのような話が人間の世界にはあるのだ。ベルがたいそう不機嫌になる話だ。竜の世界にはもちろんこんな話は伝わっていない。幼いころ、ユンたちきょうだいは、竜と騎士の戦いごっこをしたものだ。お姫さまがさらわれ、騎士がやってくる、けれども竜が騎士を打ち負かすのだ。


 何故、人間の姫をさらうのか、そこはきょうだいの間でも議論となった。物語ではどうやら食べたりしているようだ。けれども人間はさほど食べたいと思える生き物ではない。ただ、騎士をやっつけるのは面白かったので、その辺は適当にして、遊びに興じたのだった。


「騎士はやっつけたけど、お姫さまはその後、どうしたんだろう」ユンは過去を思い出しながら言った。「食べちゃったのかな」


「食べてないわ。お母さまが人間の肉はまずいって、何度もおっしゃってたじゃない。だから食べる気にはならなかったの。それに、私たちの周りでも、人間を食べた竜なんていないし……。たぶん、お城に帰してあげたんじゃないかしら」

「僕らはずいぶん優しい竜だったんだね!」

「優しい竜なら、騎士をこてんぱんにしないと思うわ。ねえ、実際の騎士はどうだった? 恐ろしそうだった?」


 ユンはゲオルクの姿を思い浮かべた。確かに……強そうでは、あった。こちらが人間の姿でいるときは恐ろしかった。けれどもそれを口にして認めてしまうことは嫌だった。そこでユンは自分が竜であったときのゲオルクを思い描いた。そう、あのとき、あの逞しい騎士はいささか怯えているようだった。ユンは自信をとりもどし、得意気にシーラに言った。


「まあなかなかよく戦いそうなやつではあったよ。背も高かったし、筋肉もある。けれども――竜の敵ではないね」

「そうなの?」

「人間は小さいんだよ。竜の一踏みでつぶれちゃうよ」

「そんなものなの? まあ一人一人は小さいかもしれないわね。でも大砲は怖いじゃない」

「高潔な騎士ならそんなものは持ち出さないよ。槍で正々堂々と竜と一騎打ちをするだろう」

「高潔な人柄の方だったの?」

「まあたぶんね。ちょっとしか話してないからよくわからないけど」


 でもそんなに悪いやつではなさそうだな、とユンは思うのだった。そして、人間たちの物語の中で、竜がしばしば騎士の槍によって殺されていることを思いだすのだった。これこそまさに馬鹿馬鹿しいことだ! あんな細い槍で、竜の固いうろこがどうして破れるだろう。

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