2. 竜たちのすむところ

家族の時間

 竜というものは毎日食事をするわけではない。三日に一回、森で大きな獲物でも狩ってそれを食べれば十分なのだ。そのため、毎晩、一家がそろって夕食の席を囲むということはないが、けれども寝る前のいくらかの時間、ユンたち家族は一つの部屋に揃ってその日の出来事を話しあうのだ。すべての竜がそうしているのかはわからないが、ユンにとってはすっかり身体に馴染んだ習慣だった。


 部屋の奥にユンの父セオが、腰を下ろしてくつろいでいる。夕日のオレンジ色をした、大きな竜だ。その横にベル。そしてユン、シーラと続く。小さなシーラはすみっこでちんまりとうずくまっている。

 

 ユンは城での一件を考えていた。不穏な空気、人間の姿に変わったこと、ルチアとゲオルク。このことをセオに報告する気にはなれなかった。どうも怒られそうな気がする。仕方なかったとはいえ、竜が無断で人間の城に入ったのだから、これは大問題だ。


 とはいえ、何故あんなことが起きたのかどうしても気になる。そこで、それとなく、探ってみることにした。


「人間の城で――」


 どうかしたのか、とセオがユンを見る。考えながら、ユンが言った。


「――今日、城の近くまで行ってみたんだ。えーっと……、変な噂を聞いて……」

「噂? それは一体なんだ?」

「その……城で変わった気配がするって、えっと、とても曖昧なものだけど……」


 セオは顔をしかめた。


「どういうことだ? 誰からそんな噂を?」

「それは、その……」

「話がもれているのだろうか」


 ユンははっとした。セオは何かを知っているらしい。


「ぼんやりとしたただの噂をほんの少しだけ耳にしただけだよ。それよりも、話がもれてるって?」

「うむ……これはまだ少数の者しか知らないのだが……」


 セオは迷っていたが、話すことに決めたらしい。ユンのほうを見て言った。


「ここ最近、城付近を飛んだ竜たちから、相談がよせられているのだ。あの城には、何かがある、と。それが何なのかはわからないが、飛んでいると、身体がなんともいえない嫌な感じになる、と」

「人間が良くないことをたくらんでいるんですわ!」


 ベルが話に入ってきて、きっぱりと言った。ベルは強い口調で人間を非難した。「彼らならそんなことをやりかねない! きっと――竜をやっつける禍々しい薬でも開発しているんでしょうよ」


「なんなのかね、それは。何故それで身体に不調が出るのだ?」

「えーっと、調合の途中で出る毒みたいなものが辺りにただよっているとか」

「私は薬づくりには詳しくないからなんともいえないが、しかし実際にそういうものがあったとして、それが人間に作れるのかどうか」

「彼らはどうしようもなく愚かですけど、妙にずるがしこいところもありますわ。ああ、恐ろしいこと! 十分に気を付けなくては。ユン、シーラ、城に近づいては駄目ですよ」


 ベルの言葉に、シーラは真面目な顔をして頷いた。ユンもとりあえず、はい、と答える。とはいってももう遅いが。


「今度確かめてこようとは思っているのだ」


 セオは言った。続けて、


「城の近くまで飛んでいって。けれども竜が城に近づくことを、もちろん人間はよしとしないし、私は族長の身でもあるのだ。そんな私が軽率な行動をとれば、ますます人間の神経を逆なですることだろう。それを思うと悩ましい」


 今日、軽率な行動をとったばかりのユンは黙っている。しかし、重要なことがわかった。あの城に違和感を抱いたのは自分だけではないのだ。他の竜もそうだったのだ。


 きっと、絶対、あの城に何かある、とユンは思った。竜を竜のままでいられなくする何かが。ベルの言うように、あやしげな薬でも作っているのだろうか……? とは思えないが。


「ひょっとしたら、リーのことも、この件と関わりがあるのかも……!」


 突然、ベルが恐ろしい声で言った。「もうずいぶん家に帰ってないのよ。もしかして人間にとらわれて、実験台にされている……」


「お母さま、そんなことはありませんわ!」シーラがたちまち否定をした。「この件とリーは何も関係がありません」

「そうなの? シーラ」


 ベルに見つめられてシーラは黙った。リーの不在はユンも気になっていることではあった。そして、シーラはこのことについて何かを知っている。けれども頑なに隠している。今までベルに従ってきたばかりだったシーラにしては、珍しいことだ。


 ベルはいらいらと言った。


「あなた、リーが今どこで何をしているかきちんとわかっているのでしょう?」

「ええ、友達の家にいて……」

「それは誰なの?」

「それは……」


 シーラが言いよどむ。ベルはきつい声で問い詰めた。


「どうして言えないの?」

「お母さま、これにはわけがあるんです。でもお母さまが心配されることは何もないんです。いくらか時が経てばすべてがわかることで……」

「……。まあいいでしょう」

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