騎士登場

「ゲオルク!」


 ルチアが驚き、声を上げた。男性はユンを見て、警戒心をむき出しにし、腰の剣に手をかけた。


「姫さま! 一体こやつは何者なのですか!」

「ちょ、ちょっと待ってゲオルク!」


 ユンと男性の間にルチアが割り込んだ。手を広げ、ユンを守ろうとしている。


「ゲオルク、聞いてちょうだい。この人は悪い人ではないの。って、えっと、人でもないのだけど……」

「竜でしょう?」


 ゲオルクは止まった。けれども、ユンから目を離さず、剣からも手を放さない。ユンをじろじろと見て言った。


「角があるから、竜でしょう? 何故シーツをまとっているのかはわかりませんが……。竜が何故、こんなところに」

「空から落ちたのよ。ちょうどこの真上を飛んでて」

「ふむ」


 ゲオルクは警戒を怠らない目でユンを見ている。明るい茶色の髪、同じ色の目、がっしりとした身体つきの男だった。おそらく騎士か何か、武人だろう。背の高さもあって、かなり逞しく見える。ユンはいささかたじろいだ。人間の姿の自分より、彼のほうが大きいのだ。


 ルチアがユンを振り返り、言った。


「ユン、この人はゲオルクよ。王室付きの騎士なの。私の警護をしてもらっているわ。ゲオルク、こちらはユン。あなたの言う通り竜で、族長の息子さんよ。ついさっき、空から落ちてきたの」

「気分でも悪くなったのですか?」


 主従で同じことをきく、とユンは思った。ユンは説明した。ルチアに言ったのと同じことを。ゲオルクは黙って聞いている。話を信じているのかいないのか、それはよくわからない。けれども剣の柄から手を放した。


「なるほど……。つまりこの城に、具体的にいうとこの塔に、何かよからぬものがある、と」

 

 ゲオルクが二、三歩、ユンの方へ近づいてきた。ユンは居心地の悪さを感じた。近くなるとさらに、体格差を意識してしまう。ユンは唐突に、自分は敵陣にいるのだ、ということを思った。ここは人間たちの場所だ。自分たち、竜のいるべき場所ではないのだ。自分たちと人間たちは違う種族なのであって、ここに長くいることは危険なのではないか。


 竜の姿に戻りたい、とユンは強く思った。竜になれば、ゲオルクよりももっと大きくなれるのだ。怯えずとも――怯えてる? 自分が? でもそうだろう――すむ。ユンは心の内を隠し、平静な顔つきで、二人に言った。


「城に無断で入ったことは申し訳なく思います。不可抗力ではありましたが。なるべくなら私も、早く家に戻りたいのです。竜の姿に戻ることができればよいのですが……」

「塔が原因だとしたら、そこから離れればなんとかなるんじゃないかしら」


 ルチアが言った。そして、ユンを促す。


「違う場所へ行きましょうよ。また竜に戻れるかもしれないわよ」




――――




 とはいえ移動は簡単にはいかなかった。他の者に見つかれば、面倒なことになりかねない。ゲオルクが数歩先を行き、安全を確かめながらその後を二人がついていく。ルチアははしゃいでいて、この状況を面白がっているようだった。


「困ったことになってしまったわね!」


 口ではそういうものの、表情はまったく困っていない。それにつられて、次第にユンも楽しい気持ちになってきた。ルチアの笑顔に感化されてしまったのだ。見ると、ゲオルクもそれなりに楽しんでいるようだ。


 塔から離れるにつれて、予想通り、幸いなことに、肌を不快にさせる謎の違和感は薄れていった。ユンは身の内に力が戻ってくるのを感じた。これなら竜に戻ることができそうだ。


 ユンがそれを口にすると、ルチアは言った。


「でも竜に戻るにはそれなりの広さがあって、人が来ない場所が必要ね。……城の屋上などはどうかしら」


 そこで三人は今度は建物内に入ることにした。使用人用と思しき小さな扉を開け、そっと中に滑り込む。さらに狭い階段を急ぎ足でのぼっていく。


 広い屋上に出た。暗い階段からいきなり光あふれる場所となったのだ。少し面食らい、そして意気揚々とした気分でユンは思った。身体の状態は万全だ。これなら、難なく竜に戻れるぞ!


「姫さまがた、ありがとうございます」


 ユンはそういうと、二人から離れた。十分に距離を取って、心の中で念ずる。竜の姿に戻れ、と。たちまち淡い光がユンを包んだ。身にまとっていたシーツが落ち、膨れ上がるようにユンの身体は大きくなっていった。


 ルチアとゲオルクは声もなく、それを見ていた。ユンの身体が完全に竜となる。ユンは二人を見下ろした。今ではもう、ゲオルクに見下ろされることもない。こちらのほうが大きいのだ。自信と安心がユンの

心にふつふつと湧き上がり、全身をめぐっていった。


 二人は大いに驚いていた。ルチアの目がこれ以上ないくらいに開かれ、そして、ゲオルクはやや気圧されているようだった。ルチアが頬を上気させ、その両手が合わさり、とびあがらんばかりの勢いで、ユンに向かって声をあげた。


「すごーい! なんてすごいの! 竜だわ、ほんものの竜!」

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