第14話…「魔王の新しい日常」


 魔王は、体の節々の痛みと、妙に暑くその寝苦しさに引っ張られて、眠気もまだまだ残る中、目を覚ました。

 そんな彼の目に入ってくるのは、見慣れてはいるものの、寝起きとして見るには、違和感のある部屋。


「ふぁ~…」


 一瞬、なんで…と、意識の覚醒がハッキリとしない中で疑問を浮かべるが、ソレはすぐに自己解決で晴れていく。

 寝つきが悪いから…とここに来て、居心地の良さに、体が彼の意思を無視して、その安らぎを受け入れてしまった。

 状況を理解し、体の節々の痛みに納得をし、凝り固まった身体を解しながら立ち上がる。

 いつもと比べて、なかなか頭が覚醒しきれてくれない事を証明するかのように、何度も何度も欠伸が出た。

 彼は部屋の外へと顔を覗かせてみる。

 まだまだ夜は明けきらない時間。

 彼はその光景に、普段の見慣れたモノを見る。

 部屋を照らす灯りの数々、ソレは時間帯によって、光の具合が変わるし、光を灯す数も違う。

 クレイドルの地下の天井を照らす太陽と月、それらと同じような仕組みだ。

 そしてその灯りの量は、普段から魔王が起きていつもの日課を熟し始める時間帯のモノ…。

 意識の覚醒がまだまだでも、それでも体内時計は正確に、その役割を果たしているらしい。

 融通の利かない事だ…と、その正確さに頭の中で悪態をつく魔王。

 基本、いくら酒を飲もうと、次の日までソレが残る事は一切無い彼だが、意識がハッキリしていく中で、体に怠さがある事に気付く。

 あり得ない話だが風邪でも引いたか…、彼は額に手を当てるが、そんな様子は無い。

 先ほどから感じている暑苦しさも、ソレに起因するものかと思っていたが、当てが外れた魔王は、ハッキリとしない気持ち悪さに気分を害しつつ、時間が時間だからと、その日の始まり…、日課の卵へ血を与えるべく、その方へと向き直る。



 それはいつも通りの、彼にとっての日常。

 竜王の卵の横に置かれたナイフを取り、ソレを使って自身の血を卵へと分け与える…、たったそれだけの事…。

 何度も繰り返してきた日常。

 何度も何度も、見て来た光景。


「ふぁ~…」


 止まる事無く出続ける欠伸を噛み締めながら、卵の前に立った時、彼は今、自分の身に起きている違和感に、ソレを見て気付く。

 普段は白い竜王の卵が、まるで炎に熱せられた鉄のように赤く…、場所によっては白く…、その身をわずかに光らせていた。




「…え?」


 手に取っていたナイフを、魔王は床に落とす。

 彼の顔には、困惑、驚き、焦り、状況を飲み込めない事に、体が無意識に硬直してしまっていた。

 彼はゴクリッ…と喉を鳴らす。

 これはどういう事なのか…。

 まさか、自分が何かしてしまったのか…。

 眠っている間に何かをしてしまったのか…と、感情が悪い方向へうなぎ上りに上がっていく。

 全身から、嫌な汗が吹き出し始めた。

 恐る恐る、卵へと手を伸ばしたが、それに触れるよりも先に、卵が放つ熱に、弾かれるように反射的に手を離してしまう。

 それはまるで、炎を触ろうとしているかのようだった。

 しかし、それ程の熱を持っていても、揺り籠は何事もないかのように、そこに存在し続けている。

 熱による空間のゆがみも、湯気のようなモノも、何も立ち上がってはいない。

 これは本来の熱とは別物…、魔王は直感的にそう理解した。

 何より、卵に触れようとした手が、その部分にあるはず魔力を吸い取られていたのだ。

 その事実に卵が普通の状態ではないと…、彼は理解する。



 誰かを呼ばなければ…、異変に気付いた直後、すぐに動こうとした魔王だったが、時すでに遅し…であった。

 臨界点は既に超えていたのだ。

 卵に触れようとした時、魔王の指先の魔力を、卵はその身に取り入れた。

 魔王からしてみれば、全体のほんのわずかな…、ちょっとした消失。

 普段から与えている血の数滴に含まれる魔力にも満たない…、本当に僅かな…僅かな魔力。

 しかし竜王の卵にとって、そのほんの僅かな魔力は、火薬の詰まった樽に、火のついたマッチが1本…落ちて来たようなモノだった。



 長きにわたり、その垂らされてきた血によって、蓄積されてきた魔力は、既に1つの形を作り終えていた。

 後は内側からその殻を破るだけ。

 その血は、ただそれを早めたに過ぎない。



 しかし。



 そんなモノは、関係ない。



 その竜は目を覚ます。



 ドカァーンッという爆発音は城中に響き渡った。

 いや…、きっと城だけにとどまらず…、この地下のクレイドル中に響き渡っていたのかもしれない。

 幸せ…平和を証明する騒々しさが、夜という影に隠れているこの瞬間…、その音は、気持ちがイイ程に、響き渡っていた事だろう。

 もしかしたら耳の良い者達は、その音を地上からも聞いたかもしれない。



 だが…、そんなモノは些事だ。



 全てはその中心に居る者に…。



 竜王の卵の納められていた部屋は消し飛んでいた。

 隣接している部屋も含めて…。


「・・・何今の…こわい…」


 周囲には瓦礫が散乱し、上を見上げれば空…という名の地底の天井が見える。


「風通しが良くなった事で…」


 状況を飲み込めない魔王は、ただただ自分の頬を撫でる風の感想を口にした。

 しかし、すぐさま我に返る。


「・・・じゃないわッ!!」


 さすがの魔王も、感情を制御できずに、いつも以上に声を荒げた。

 普段から感情を包み隠すような事は無いものの、さすがの魔王も、今回ばかりは限界点を突破している。

 自身の体の半分以上に覆いかぶさっていた瓦礫を、一瞬にして叩き飛ばし、顔を手で覆いながら立ち上がった。

 何も見たくない…。

 そんな気持ちで、手で自分の視界を塞いだ魔王だが、彼の気持ちとは裏腹に、見えなくても、耳へと届くパラパラ…と、時にはガシャガシャ…と、何かがこぼれ落ちる音が…、何かが崩れ落ちる音が…、自身の耳へと届く。

 その度に、彼の額には汗が浮かび上がり、背中を摘めない雫が流れた。


「ん…ん~~…」


 見たくはない…見たくはないが…、魔王として見なければなるまい。

 彼は恐る恐る、その惨状を見る。

 指の間から自分の周りへと…。

 自分の身を置く場の有様を…。


「・・・」


 周りにあるのは、ガレキだ。

 ガレキの山だ。

 今まで、屋根だったり、壁だったりしたモノ達が、その役目を全うする事も出来ずに、無残な形で床に横たわっている。

 その体から吹き上げられた血とも言える砂ぼこりが、未だ収まりきっていないのは、それだけ大きな崩壊が起こった証だ。

 こんなにも景色が良く、こんなにも空が広い部屋だというのに…。

 一瞬の間に、行われた力技のリフォームに、顔を覆っていた手は、いつの間にか頭を抱えている。


『ケホッ!…ケホッ…』


 当然のように、あちこちから兵達の荒げられた声が響き、その数が徐々に増え始めた頃…。

 不気味な程に静かだった時間は、あっという間に過去のモノとなり、緊張感が張り詰め始める。


『コホッ…アァ~…ケホッ!』


 しかし、その居心地の悪さを感じなくもない緊張感の中、どこまでも場違いで、その場にいて、その場の空気の外にいるような、まさに場違いと思える可愛らしい声が、魔王の耳へと届く

 その咳は、当人にとっては良くない事だろうが、耳にした魔王は、ソレを可愛いと感じた。

 同時に、そんな声の持ち主は、この城にいないとも思えた。

 断じて、この城に可愛らしい者がいない…という訳ではない。

 美人でありながら、どこか幼さが残り、そこに可愛らしさを帯びたメイド長だって、可愛らしい声を上げる時はある。

 しかし、そういったモノとも違う。

 同じ可愛いであったとしても、違うのだ。

 その声は幼かった。

 そう幼いのだ。

 子供特有の声の高さ、その高音が耳を通じて脳へ…、脊髄へと響くのだ。



 魔王は、断続的に聞こえる咳を頼りに、その声の主を探す。

 ・・・探すと言っても、さほど手間にもなっておらず、その主はすぐに見つかった。

 部屋の…かつて部屋だった場所の中央…、丁度、竜王の卵があった場所だ。

 しかし、そこにはもう卵は無い。

 卵を包むように納めてあった籠は、その縁を四方に花を咲かせたかのように弾け、その先を黒く炭へと変えている。

 部屋どころか、城の一部を吹き飛ばしたにしては、籠への影響が少なすぎると思わなくもないが、魔王の目は、そんな事など些事にしてしまう存在へと向かっていた。

 それは赤子1人分の大きさ…、ちょうど竜王の卵に収まる程度の大きさ…。

 その身を赤い鱗と甲殻で覆う…。

 背中には、小さい体を包み込めそうな翼を二翼広げていた。



 そこには、小さな…ホントに小さな「ドラゴン」がいた。



 咳をしている張本人、咳をする度にその口から小さな火を吐き出し、一瞬だけ早朝で暗いこの場を照らす。

 それがあるからこそ、難なくその存在に魔王は気付けた。

 何かの見間違いか…。

 魔王は何度も瞬きを繰り返し、目元をマッサージして、視界の粗を直そうとする。

 しかし、そんな事をした所で、事実が変わる訳がない。

 やはり、そこにはドラゴンがいる。

 そう…、竜王の卵が孵化したのだ。

 卵から誕生した事を証明するかのように、そのドラゴンの体の所々に、砕けた卵の殻がくっついている。

 まさか…まさか…と、驚きと感動と、緊張に、恐れ、魔王本人も、混乱状態にあり、体が状況に追いつけずに、ブルブル…と震えた。

 そんなどうしていいかわからない状態に、魔王が足踏みをしている中、そのドラゴンはそんな彼を見て口を開く。



「ぱぴぃ?」



ガチンッ!

 全身を、言葉で言い合わらせない衝撃が、雷撃のように駆け巡る。

 魔王は、意識が一瞬にして、消し飛び、卒倒した。



 近寄ってくる兵士達の足音も聞こえず、小さなドラゴンが自身の胸に降り立ち、身を丸くして眠り始めるのにも気づかず…。



 ただただ、脳のキャパシティーを越え、体がシャットダウンするのだった。


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魔王様の日常…今日もまた、長い一日が始まる。 野良・犬 @kakudog3

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