第13話…「魔王様の親という悩み」


 当てもなく城内を歩く。

 廊下を歩いている時に、城内を流れる風は、冷たくも…暖かくもなく…、ただ優しく、彼の頬を撫でた。

 そういう気分だったから…、魔王は何の目的も無く歩いていた事を、軽く後悔をしていた。

 ただでさえ城内は、何の代り映えもしない、全てが置物のような場所だ…、昼間ならまだ人の動きや、物音がその動きを見せてくれるけれど、今は夜だけあって、そんなモノは一切ない。

 たまに警備兵の足音が聞こえてくるが、それ以外は、自分の足音と呼吸音だけが耳へと届くばかりだ。

 大した時間、歩いていた訳ではないが、とうの魔王は、飽きてきた…と胸の内でつぶやいた。

 いっその事、外にでも行こうか…と、魔王は近くの窓に寄る。

 月明かりモドキに松明の光…、夜という闇が支配する世界を照らす光が点々と照らし出す。

 静けさの中で、はっきりと見えるその光が、無言のまま睨みつけてくるメイド長の目に空目する。

 ゾクッと背中を嫌な悪寒が走り抜け、思わず窓から離れた魔王の脳裏に過る…メイド長の言葉…。

 外には行かないように…、別に外へ出たからと言って、何かが起きる訳ではないけれど、その言葉が胸へと突き刺さった。


「外に行くのは…やめておくか…。」


 自分は魔王なのだから、行きたいと思った時に行けばいいだろう…、そんな邪な考えが浮かび上がってきたが、ただでさえ手前勝手な事を普段からやっているのだ…、魔王だから…と何でもかんでも好き勝手にやりたい放題をするのは、さすがに忍びない…。

 魔王はそんな考えを吹き飛ばさんと首を横に振る。

 今の外への衝動は、些細な気の迷いだ。

 今朝の、メイド長からの頼まれ事を忘れてしまった罪悪感も、彼の中にはある…、罪滅ぼしとしては足りないが、これ以上、こんな事で期待を裏切るのが、彼には忍びなく…そして本意ではなかった。



 そして、外に出る事を自分の意思でも封じ込め、当てもない城内の放浪で行きついた先は、竜王の卵がある部屋だった。

 この部屋に来た所で、何をするでもない。

 卵へ血を与える…、その行為自体は早朝…日の出前に行うものだ。

 今やるにしては、だいぶ時間が早い。


「よっこらせ…と。」


 魔王は、入口の横で腰を下ろす。

 そして竜王の卵へと、目を向けた。

 大した大きさはない卵…、丁度ごく一般的な魔人の赤子をすっぽり入れられる程度の大きさだ。



 彼は、実の肉親の事など、全く覚えていない。

 前国王が一応の親ではあるが、父親なのか…それとも母親なのか…、それすらも知らず、当然顔も覚えていない。

 軍隊長は遠縁に当たるが、そこまで人数の多くない鬼人では、一族総出しても、誰かしら皆同じ血が流れているモノだ。

 魔王になるまでは、世の中で起きている事など全く興味が無く、ド田舎での生活に幸福を覚えていた事もあって、その辺の知識すら、はっきりとしていなかった。

 周りに聞いた事もあったが、軍隊長も、それ以外の古株の者達も、こぞってその話題には口をつぐむ。

 城下の民達が魔王の事に慣れ始めた頃に、同じ事を聞いてみたが、前国王は姿を見せる事はしなかったとか。

 魔王の彼が、堂々と城下におりまくっている事の方が、異常とも言えるが…。

 とにかく、前国王が父親なのか母親なのか、それは彼にはわからない…、ソレだけだ。



 それすらわからないのだ。

 親がどうあればいいのかは、育ての親である親爺を参考にするしかない。

 ただひたすらに厳しく、幼少の頃には、生き抜け…と山の奥に1人置いてけぼりにされた事もあった…。


「・・・参考にならん。」


 親爺から教わったのは、1人でも、どこであろうと生き抜ける力だ。

 魔王という肩書きを背負う育て方ではない。


「はぁ…こわい…。」


 顔に手を当て、頬を中心にこねくり回すように、自分の顔を雑に揉む。

 その頭にあるのは、次期国王を育てるという重圧だ。

 ただの子育てすらした事がないというのに…。

 国の未来に関わる事だ。

 周りの人間も全力で手を貸してくれる…、むしろ魔王のやる事なんてたかが知れている事だろう。

 でも、怖いモノは怖いのだ。

 何となく…、そして意味もなく、この部屋に足が向いたのも何か意味があるかもしれない…と、普段考えないようにしていた事…、卵が孵化した後の事に頭を巡らせる。



 ・・・が、彼の頭には何も出てこなかった。



 前国王が道半ばでいなくなり、親を亡くした卵…、その在り方はどこか自分と重なる部分があると感じる。

 卵がどうやって生まれてきたか彼は知らないが、血を分け…魔力を分けた相手…、ソレはもう血縁者と言っていい。

 その魂の…肉体の…一部に彼の血が…魔力が…存在するのだから。



 ここには彼1人しかいない…いないはずなのに、不思議と1人でいる事…孤独を感じなかった。

 それどころか、いつも以上に心穏やかになってすらいる。

 親が子供に対して感じる安らぎ…とでも言うのだろうか。

 未だ卵から出てくる事さえしない…、歴史の中で、生まれるまで…最長の時間を有している卵を見ながら、その心穏やかな安らぎに身を委ねていた魔王は、いつの間にか、眠りいっていた…。


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