第12話…「魔王様の眠れぬ夜更け」
魔王になってからというもの…、幾度となく繰り返してきたありふれた生活。
愛犬との戯れ、土いじり、知人たちとの触れ合い、一応の仕事…、変化はあっても大きく変わる事はない。
いつも通りの日常。
今日も、いつものように軍隊長との呑みは続いて夜は更けていく。
両者ともに、いつの間にか回った酔いに飲み込まれ、その意識を大して深くも無い眠りに沈め込む。
風邪を引くからやめてほしい…、周りからそう小言を言われる事もしばしばあるが、この悪習を実行している瞬間は、彼にとって、幾分か…魔王…という役目を忘れ、心が解放される瞬間でもあった。
肉体的疲労は、寝れば寝るだけいくらでも癒せよう…、しかし心の疲労は…、その役目に縛られていては癒す事ができないのだ。
いつもなら、そのまま寝具に身を預ける事無く朝まで寝続けるのだが、その日は、不思議と夢から覚めた彼の目は、はっきりとしていた。
『起こしてしまいましたか?』
カチャカチャと食器同士の当たる音に誘われ、視線を動かした先では、メイド長がテーブルの上に並んでいた空の皿をまとめている。
「いや…。君がいなくても、酔って寝た日は、何度も目が覚める。そういうモノだからな」
椅子に座ったまま寝ていると、体勢がどうであれ、体が変に固まってしまう。
そんなギシギシと気持ち悪い鈍さを見せる体を、思い切り伸びをして伸ばした。
ボキボキ…バキバキ…と鳴る節々の音は、自分だけじゃなく、他人にも聞こえるレベルの豪快さだ。
「・・・いつもすまない」
これもまたいつも通りと言うべきか、魔王の足元に毛布がばさりと落ちる。
そんな洒落たモノを使いながら酒なんて飲む訳も無く、魔王は迷うことなくメイド長へと礼を言った。
彼女は、何か言う訳でもなく、ぺこりと頭を下げる。
寝起きと言う事もあって、彼は瞼に違和感を覚えつつも、それは一切落ちる気配を見せる事無く、常に上へ上がり続けた。
「お休みになられるのでしたら、寝室へ。ご所望でしたら、何か暖かい飲み物もご用意できますが? よく眠れますよ?」
「いや…いい。少し城内を歩いてくる」
掛けられていた毛布を畳み、自身が座っていた椅子に置くと、魔王は一際大きな伸びをした。
「お城の外に出てはいけませんよ?」
「出んわ…。出た所で何もする事が無いだろう…」
「いえ、魔王様の事ですから、もしかしたら…という事もありますので」
「我、そんなに信用ないか?」
「・・・今日も、職務放棄をして城下に下り、うら若き女子達と戯れる程度の男性…という程度に信用をしています」
「・・・」
それは信用していると言えるのか…、メイド長の言葉に思わずツッコミを入れそうになるのを、魔王はグッと抑え込む。
これぞ因果応報…、日ごろの行い…と言うべきか。
「でずが…、もし外へ出たとしても、魔王様が、民の不利になるような事はしない…とも思っております」
「・・・そうか」
メイド長の言葉に、魔王の顔には、自然と苦笑いが浮かんだ。
もともと、さほどうるさくもない城内も、こんな夜更けではさらに静寂が支配する。
空の無いこの地下の夜は、太陽を模した光こそ無いものの、夜は逆に満月を模した光が、世界を包む。
眩しくはない…、しかし、暗くもない。
太陽のような全てを垂らさんとする力強さは無いが、全ての生きるモノに対して、その眠りを見守り、優しく包み込む…暖かさは感じる光だ。
時折すれ違う巡回の兵達は、この時間に普段見る事のない魔王を見て、ビクッと体を震わせながら、その場に立ち止まって胸に右手を当てた。
自分の心臓…命は魔王様のために…、そんな意味の籠った敬礼…。
その姿を見て、魔王は軽い会釈だけして横を通り過ぎる。
あの敬礼を見る度に、魔王の眉間には、浅いシワが掘られ、口も、ほとんどの者が見分けられない程に軽く食いしばられた。
魔王はあの敬礼をよく思っていない。
彼は、自分がそれ程までに、命を預けられるほどの…価値のある者である…とは思っていないのだ。
竜の血を持ち、力こそ持っているが、それだけで、本来の魔王と比べれば…、その強さも劣る。
全員が彼を信頼し、好意を向けている訳でもない。
その身も、他者からの信頼も、全てが中途半端である彼は、自身が命を預かる資格を持っているのか…、そんな自問自答がいつまでも消えずにいる。
そんな目から逃げるため…城下に逃げている…とも言えるだろう。
民の目…城下で向けられる目の方が…、幾分か、その自身に向けられるモノが薄いように…弱いように感じるから…。
皆が、彼に話しかけてくるきっかけは、結局のところ…魔王という肩書きを持つから…という点があるのはいがめない…、それでもその大半が敬礼などせず、近所の知り合いに話しかけてくるかのように接してくれる。
下心があったとしても、そういった接し方の方が、性に合っていたし、気が楽だ。
堅苦しくない…普通の関係…と錯覚できる。
魔王という彼にとって重すぎる肩書きから、心を守るためには、大事な時間だ。
そういう意味で、彼が肩書きに潰されずにいるのは、そういう接し方をしてくれる民達のおかげ…と言えるのかもしれない。
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