ゆめの世に蚊の喰処こそうつつなれ

【読み】

 ゆめのよにかのくひどこそうつつなれ


【季語】

 蚊〈夏〉


【語釈】

 喰処――虫などに刺されたあと。[参考:精選版 日本国語大辞典]

 うつつ(現)――①この世に現に存在しているもの。現実。夢・虚構などに対していう。②意識の正常な状態。正気。③(「夢うつつ」「夢かうつつか」などの形で用いられるところから誤って)夢とも現実ともはっきりしない状態。夢見心地。夢心地。④現実に生きている状態。現存。死に対していう。[参考:デジタル大辞泉]


【大意】

 夢のような世にあって、蚊に刺された跡こそは紛れもない現実なのであった。


【附記】

 「我思うゆえに我あり」ではないが、痒さのような感覚もわたしの存在を十分に証明しているであろう。


【例歌】

 夏の夜は枕をわたる蚊の声のわづかにだにもいこそ寝られね 藤原良経


【例句】

 牛部屋に蚊の声暗き残暑かな 芭蕉

 子やなかん其子の母も蚊の喰ン 嵐蘭らんらん

 群かへる蚊のかたまりややまかづら 言水ごんすい

 ゆふべゆふべ地蔵にすだく藪蚊やぶかかな 同

 山の蚊のくちばしとがる茂りかな 許六きょりく

 蚊をやくや褒似ほうじねや私語ささめごと 其角きかく

 夏の月蚊をきづにして五百両 同

 蚊柱にゆめのうき柱かかるなり 同

 蚊の声をはたけば痛し耳のたぶ 史邦ふみくに

 三日月や窓の障子の蚊の歩み 子珊しさん

 かやに蚊のふたつ三つ夜は明にけり 存義ぞんぎ

 ひるの蚊の顔に鳴りゆく広間かな 太祇たいぎ

 蚊の声すにんどうの花の散るたびに 蕪村

 古井戸や蚊に飛ぶうをの音くらし 同

 うは風に蚊の流れゆく野河哉 同

 昼を蚊のこがれてとまる徳利かな 同

 蚊の声のむら竹洩るる烟りかな 闌更らんこう

 うき人に蚊の口見せるかひなかな 召波しょうは

 蚊の声の目口をよぎるうきよ哉 同

 あぢさゐやよれば蚊のなく花のうら 暁台きょうたい

 蚊ばしらやなつめの花の散るあたり 同

 蚊の声もまばらに広き座敷かな 蝶夢ちょうむ

 竹伐て蚊の声遠き夕かな 白雄しらお

 蚊はつらく蚊遣かやりいぶせきうき世哉 几董きとう

 命也月見る我をくふ蚊まで 乙二おつに

 蚊の声やほのぼの明し浅間山 一茶

 釣鐘の中よりわんと鳴く蚊哉 同

 ありたけの蚊をふるひ出すすすき哉 同

 むらの蚊の大寄合や軒の月 同

 隙人や蚊が出た出たと触歩ふれありく 同

 おいぬれば只蚊をやくを手がら哉 同

 夕月や蚊をのむがまの口赤し 内藤鳴雪

 叩かれて昼の蚊を吐く木魚かな 夏目漱石

 蚊ばしらや名月ほそき牛の小屋 幸田露伴

 蚊柱や八幡やはた不知しらずの藪の蔭 寺田寅彦

 寝て聞けば遠き昔を鳴く蚊かな 尾崎放哉

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