第58話 次の目標が決まった!


 翌日の昼前、俺たちは睡眠不足で眠い目をこすりながら起きた。


 なぜ睡眠不足なのかって?

 そりゃ……。


 昨夜の祭り宴会のあと、ヒナを除くパーティー全員が酔っぱらってベッドに倒れこんだ。


 そこまでは覚えてるんだけど……。

 その後にどうなったのか、すっきりめっくり記憶にないのですよー。


 で、目を醒ました途端、強烈な頭痛と吐き気……あんだけ呑めば当然か。

 ということで、まず最初に治癒系魔法で二日酔いをなおす。


 その後……。

 パーティー全員が集まって、屋敷の食堂で昼食。

 食後に今後のことを話しあうことになった。


 でもなんでか、食事中のセリーヌが恥ずかしそうにしてる。

 俺と目があうたび視線をそらすし。


 なんで? 俺、なんかした?

 まったく記憶ないんですけど。


 ま、まさか、寝てるあいだにヤバイこと……げふんげふん。

 動揺を取り繕うため、ともかく口を開く。


「ええと……アナベルにいるあいだに、いろいろやり残してることを終わらせたいんだけど……みんなはどう思う?」


 屋敷といっても、そんなに広くない。

 勲功爵の体裁を整えるためだけに、旧守備隊長宅を改装して用意したものだから。


 当然、子爵になったら釣りあわない。

 そういうことで、昨日の会議で子爵邸を新築することが決定してる。


 町にいる職人総出で建てるみたいで、なんとしても叙勲に間に合わせるんだって。

 なんと2ヵ月間で完成予定!


 俺の地形改変スキルと重力系魔法を使えば数日で完成させられるけど、それは指導者会議全員から強く拒否された。領主様に対する住民の感謝を無にしちゃいけないんだってさ。


 それに、いまのアナベル特有の事情もある。


 なんでも移民の大幅増加によって、各ギルド所属の職人が激増してるって。

 すべての工場や農場で、必要な人数を上回ってるらそうだ。


 とどのつまり、失業者対策としての働く場所が必要なわけ。

 そこで熟練の者たちを子爵邸建築に回し、既存の現場では、あぶれている者たちの実地研修を一気にやってしまう魂胆らしい。


 こうしておけば、新工場とか新商会・移住者用の仮住居の新築や農場の拡張がスムーズにいくんだってさ。ようは俺をダシにして、町の発展を加速させるつもりなんだ。


 まあこっちも、めったに町に戻らない不良領主だから黙認するしかないけど。


 リアナは食事を終えた直後ってのに、もぐもぐとお菓子を頬張ってる。

 堕天した女神の体って、もしかして太らないのか?


 食事の時はなぜか恥ずかしがってたセリーヌも、いまはテーブル椅子に腰掛けたまま、自慢の武器――【蒼輝斬そうきざん】の手入れに余念がない。


 イメルダはメイドとしての仕事が忙しいと言って、そもそも一緒に食事をしていない。いまも目だたぬ位置に立って全員の行動を監視中だ。自分の食事は、あとで暇を見つけて食べるそうだ。


 ヒナは満腹で眠くなったとかで、さっさと俺の寝室に行ってしまった。

 ……って、さっき起きたばっかだろ、お子様か?

 いや、体は間違いなくお子様だった。


 ところで……。

 セリーヌには、そろそろ次の武器を用意してやらないと。

 いまのレベルだと力負けして、へたすると折れる恐れがある。


 でも【蒼輝斬】を越える剣となると、もうこれは魔剣レベルになっちゃう。

 具体的には、【完全非破壊】【全魔力一撃変換】【全属性貫通】を常時付与した状態。


 【完全非破壊】は文字通り、どんな破壊的行為を受けても絶対に壊れない。もちろん刃こぼれとかの劣化もなし。つねに新品同様の手入れ知らずというスーパーチート。


 【全魔力一撃変換】は、持てるMPすべてを一撃で相手に叩き込む究極技。いわゆる渾身の一撃とかトドメの一発とかいうやつ。セリーヌの現在のMPは8390だから、Sクラス冒険者でさえ一撃でおだぶつ……。


 【全属性貫通】は、相手がどんな属性防御をしてようと完全に貫いてしまう。これがないと【全魔力一撃変換】があっても意味がないから、これはペアで付与するもんだね。


 以上、3つの常時付与スキルは強力無比なものなんだけど、これを可能とするためには【蒼輝斬】の材料にいろいろ希少素材を追加しなきゃならない。


 残念ながら、希少素材の手持ちは皆無……。

 となるとまず、素材探しの旅からはじめなきゃいけない。


 ちなみに俺の愛剣【黒震剣】も似たレベルの装備なんだけど、こちらは現状のままでいい。


 なぜなら、俺の武器付与スキルに【貫通】【破防(破壊防止)】があるし、パッシブ別枠スキルの【身体強化8倍】【魔法強化8倍】があれば、他の付与スキルと合わせると、ほぼ一撃必殺になっちゃうから。


 セリーヌが愛剣から目を離して、俺の質問に答えた。

 どうやらも払拭できたらしい。


「新米領主として、急激に発展しつつあるアナベルが気になるのは仕方ない。だがそこは、兄たちに任せても良いのではないか?」


 前にアナベルにもどった時、現在2人いる代官(ギルド長と町長)に、セリーヌの兄――ルフィル守備隊長を加えることが決まった。


 これでアナベル・ゴールデンコンビ……あ、いや、コンビは2人か。訂正、ゴールデントリオの完成だ(なんか昭和くさい言い回しだけど、元はおっさんだから許して)。


 ところでこれ、トロイカ体制っていうんだっけ?


 この3人に加え、アナベル薬師ギルド長に任命したスターラさん(錬金ギルド長を兼任)と、もとから鍛冶ギルド長で公営鍛冶工房長も兼任してるボグラーさん、そして製薬工場長になった調剤師のマイスーラ女史も、代官じゃないけど町の運営に加わってる。


 マイスーラ女史は、もとは公都プラナのA級錬金術師だったらしい。

 スターラさんが王立錬金術専門学校の学生だったころ、優秀な後輩だったそうで、かなり強引に勧誘して来てもらったみたい。


 ちょっとお歳を召した30歳台後半の美女なんだけど、40歳台後半のスターラさんからすれば全然OKなんだって。


 えっ?

 なにがOKだって?

 そんなの……知りませんがな。


 町営農場長に抜擢したブルタックさんは、もともと難民のリーダー的な役割を担ってた人だ。出身はアントハム辺境伯爵領の南東部にある小さな村で、鹿種獣人の母と人間の父のあいだに生まれたハーフらしい。


 前の農場長はルフィルさんだったんだけど、切断された手が治って戦闘職に復帰できるようになったから、このまえ守備隊長に任命しちゃった。だから急遽、農業経験者で人望のあるブルタックさんを登用したんだ。


 あと、傭兵部隊ですごい働きを見せてくれたA級魔導師のアンリーナ・スルフドガルドさんには、『冒険者ギルドに所属したままでいいから、アナベル守備隊の魔法指導をお願い』って無理強いして、とりあえず一年契約で町に来てもらった。


 ちなみにアンリーナさん、ごつい名字だけど女性です。しかもレーム保護領出身の準男爵令嬢らしい。まあ、名字がある時点で予想はつくけどね。


 彼らが、【アナベル指導者会議】の正式メンバーだ。

 公式/非公式、定期/臨時があるから、けっこう頻繁に会議が開かれる。


 話しあう場所は、急造した評議会議事堂。

 いまんとこログハウス風の公民館の一部なんだけど、そのうち本格的なやつを建てるんだって。


 全員が出席する義務があるけど、その代償として、領主から直接に給金が支払われる【町の名士】になれる仕組みだ。


 指導者会議は代官3人を補佐する町議会みたいなもん。

 けど、選挙で選ばれるわけじゃない。


 この世界は王制・帝政があるため、基本的には君主制になってる。


 君主制と貴族制度のある世界で、民主主義に基づく選挙制度を実施するのは早すぎる。

 公民権にもとづく選挙は、下手すると王制・帝政を否定しているとして国家反逆罪に問われかねない。だから全員、領主による任命ということにした。


 これでしばらくは、アナベルの町も無事に発展してくれるはず。


 セリーヌもそう判断して、俺たちパーティーは別の目的をもってもいいんじゃないかと言ってくれたような気がする。


 セリーヌの質問に答えるより早く、イメルダが口を開いた。


「そういえば春都様。鬼人婦女子の皆様にお聞きした話なのですが、あの鬼人ラガルク・バールを含むセントリーナ王国のゼアルード結社構成員もまた、多数の人質を取られているそうです」


 イメルダは暗殺者としての才能だけでなく、諜報員としての才にも長けてる。

 メイドの仕事がてら、常日頃からあれこれ聞き込みしてるみたい。

 それだけに彼女の情報には信憑性がある。


 今回の情報も、セントリーナ王国内に潜伏してるカタン教団に関するものだから、おそらくラナリア公領では機密事項として扱われているものだろう。


「また人質かー。鬼人は圧倒的に強いから、カタン教団の連中が無茶しても手駒にしたいってのは判るけど……人質とらないと鬼人は使役できないのかな?」


「鬼人種は本来、鬼神様にすべてを捧げ、家族ともども生涯にわたり祈りの生活を実践する者たちです。そのような者たちを、邪神を信仰する教団に所属させるには、信仰の次に大切な家族を人質にするのが最も効果的と判断したのでしょう」


 宗旨変えさせるのは無理だけど、脅迫して従わせるのなら可能ってわけか。


「洗脳とか魅了とか、魔法やスキルで強制的に従わせるほうが、もっと効率的じゃない?」


「鬼人種は生まれつき、精神系の魔法やスキルに対する耐性を持っています。とはいっても、相手が20レベル以上うわまわっている場合には掛かりますけど。ただ、鬼人は総じて幼い頃からレベルの上昇が顕著なため、魔族をのぞく他の種族だとレベルで上回ること自体が困難です」


 同年齢の鬼人のレベルは、おおよそ人種の2倍から3倍にもなる。

 聞いた話では、一般的な鬼人でも英雄クラスの80レベルがごろごろいるそうだ。

 事実、ラガルクは並みの勇者を凌ぐ100レベル越えしてた。


 この世界でこれほどチートなのは、他には四大魔族の貴族……いわゆる【魔貴族】と呼ばれる連中と、あとは竜の聖域で古竜とともに暮らす竜人種、伝説にあるハイエルフ/ハイヒューマン/ハイドワーフの三大古代種族くらい。


 まあ、俺も人種的にはハイヒューマン(しかも世界唯一の進化した第2段階)だけどね。


「それじゃ邪神の力を借りれば? あー、そういやカタン教団って、生贄の儀式とかもするの?」


「そのように聞いております。そもそも各国で軒並み邪教扱いされているのも、若い生娘だけを狙って誘拐し、彼女たちを邪神の供物として捧げているせいですから。ただ……鬼人種の家族に関しては、人質としての有用性があるため、生贄には使用していないと聞き及んでおります」


 あ、いや……。

 いま聞いたことって、もしかして。

 公領どころか王国の国家機密じゃ……。


 イメルダって、どこまで世界の闇を知ってるんだろう。

 もしかすると元伯爵家のメイドってだけじゃなく、伯爵家直轄の暗殺者兼諜報員としても働いてたんじゃなかろうか?


「んー。聞いておいてなんだけど、話が横道に外れそうだから、生贄の話はこれくらいにしとくよ。で……カタン教団について、もっと別のこと知らない?」


「話の信憑性はともかく、公都プラナの貴族に流れているウワサでは、セントリーナにおけるカタン教団の本拠地は、北部のガンディール山脈のどこかにあるらしいとのことです。ただし鬼人種の人質の幽閉先はそこではなく、西のアルムント子爵領にある、【シュバイアー古代遺跡】の地下ダンジョン内らしい……そう聞いたことがあります」


 さりげなくウワサ話あつかいしてるけど、たぶんこれ伯爵限定の極秘事項だ。


 本来なら生涯漏らしちゃいけない部類の情報だけど、事前にプラナール伯爵から、『必要なら春都に打ち明けていい』って許可されてるはず。これ、イメルダを俺に譲ったついでの貴重なお土産かも。


 まあ、イメルダを与えることで恒常的に伯爵家との結び付きを確保できるんだから、悪意のある言い方をすれば、俺を丸ごと伯爵の手駒にするつもり……とかなんとかだろうけど。


 もしかして俺、まんまと伯爵の罠にはまった?

 まあ、素敵満載のイメルダといっしょにいられるから、それでもいいけど……。


「シュバイアー古代遺跡?」


 初めて耳にする名前。

 思わず聞きかえしてしまった。

 すると愛剣を磨いてたセリーヌが、表情ひとつ変えずに口をはさむ。


「シュバイアーのダンジョンは、高ランクのA級遺跡型ダンジョンとして有名だ。現在は38階層まで攻略されているが、その下に何階層あるかは不明。遺跡型ということは、迷いの森にある古代神殿遺跡と同じく、がなされているダンジョンではないか……そうプラナール伯爵様は申されていた」


「封印のダンジョン? ってことは、例の【根元宝玉】があるってこと?」


 迷いの森では、ダンジョンボスのスカルドラゴンを倒したら、ダンジョン・コアを兼ねてる【根元宝玉】が手にはいった。


 それを遺跡の祭壇に捧げたら、【女神の加護1】をはじめとする特殊能力が付与された。


 あのときヒナを通じて、天界システムが『勇者専用の』って教えてくれたんだっけ。


「それについては、ヒナのほうがよく知ってるはずだが?」


 セリーヌが、なに場違いなことを聞くといいたげな、醒めた目をしている。

 ここらへん、ベッドの上とは大違い……。

 あっ……すこし思いだした。


「ただ……いまは熟睡してるから、無理に起こすのは鬼畜の所業だがな」


 セリーヌって、ヒナには優しいもんなー。

 となれば、詳しいことはヒナが目を醒ましてから聞こう。


「わかった。ただ、いまの話じゃ人質がそこに囚われてるって情報、確定的とは言えないよね?」


「伯爵様も、そこまでは御存知ないと思う。さらに言えば、春都が独自に入手した情報として、人質の件を伯爵様に伝えても、遺跡ダンジョンのどこに人質が幽閉されているのか判らなければ何の意味もない」


 セリーヌの返事に、イメルダが重ねるように追加する。


「おそらく現在わかっている38階層までの階ではなく、その先のどこかに閉じこめられている可能性が高いと思うのですが……」


「そりゃ並みの冒険者より格段に強いゼアルード結社員、それを操ってるカタン邪神教団なんだから、もっと深い階層の魔物でも楽勝で排除できる手段くらい持ってそうだね」


 カタン教団が自分たちの身辺保護を、部外者のゼルアード結社に頼りきってるわけがない。まちがいなく教団内部にも、なんらかの戦闘集団を持ってるって考えるべき。


 それがどれくらいの規模で、どれくらい強いか、いまはまったくわからない。

 ならば用心するに越したことはない……。


 ふたたびイメルダが口を開いた。


「そう考えますと、ダンジョンを攻略しながら幽閉場所を探らねばなりません。これを冒険者ギルドや騎士団にやらせるとなると、かなり厳しい状況におちいるのではないかと」


 イメルダの意見に、セリーヌが応える。


「わたしもそう思う。というより、だれも手が出せない高難度階層だからこそ、カタン教団も安心して、人質の婦女子を幽閉する場所にしているのだろう。しかもそれは最下層ではなさそうだな」


 A級ダンジョンといっても、A級冒険者なら踏破できるってもんじゃない。

 あくまでA級は最初の1階層めに突入できる目安であり、実質的にはS級冒険者御用達になってるってセリーヌから聞いた。


 事実、38階層まで踏破したのは、王国直轄領所属のSS級冒険者パーティー【まどろみの深淵】たちだそうだ。


 ちなみにS級冒険者は、王都セントリアにあるセントリーナ冒険者ギルド統括総本部、そこにいる総本部長の推薦と国王の任命が必要だそうな。さらに上のSS級は、国家に多大な貢献をした者が子爵位を授与された上で任命されるんだって。


 あれ?

 ってことは、俺ってSS級扱いってこと?

 まあ、正式に子爵に任命されたら判るか。


 そして冒険者の最高峰は、いまのところ現勇者が任じられてるSSS級。

 これはセントリーナ王国の勇者の話だから、他の国には別の基準がある。


 けど、セントリーナ王国と同盟を結んでいる国家(南西のバルシアン帝国と北東のルルニナ部族連合国)では同じ仕組みになってるそうだ。


 ちなみにバルシアン帝国は、セントリーナ王国のあるセントエルム大陸で最大版図を誇る帝国で、昔は3つの王国だったのがひとつの帝国に統合されたという。


 反対にルルニナ部族連合国は、全土が広大な北部大森林に覆われた国だ。


 そこには各種妖精族が住んでいて、それぞれ種族単位で小さな集落国家を営んでいる。その中でも最大勢力の白エルフ族の集落――世界樹の都【リナール】が部族連合の首都扱いされているんだって。


 話をもどそう。

 人質の幽閉場所が最下層じゃないってセリーヌが言ったことに、ちょっと違和感を感じたので聞いてみた。


「ん? なんでそう思ったの?」


「だってそうだろう? もし最下層までカタン教団が攻略できているのなら、すでに【根元宝玉】を手に入れているはずだ。そして【根元宝玉】を入手したら、かならず邪神復活の妨げになる奉納と解放の儀式をできなくするはず。具体的にはどうすればいいか判らんが……」


「あれ? たしかカタン教団って 古代神殿を封印した張本人だよね? 神殿を封印したのは女神リアナの神力を衰えさせるためで、邪神が世界の破滅をもたらすための重要なステップだって……その封印って、ダンジョンを踏破しないで可能なの?」


「カタン教団にそれほどの力はないと思う。言い伝えによると、古代神殿の封印は、神話時代に勃発した【聖魔大戦】の最中に、邪神が異次元世界から直接的に力を送って行なったとなっている。聖魔大戦は、邪神ラゴンが次元の壁を切り裂いて大量の魔物を送りこんできたことが発端だから、封印も、その【次元裂孔】から直接的に力を送って行なったのだろう」


「でも結果的に、次元の裂けめは閉じられたんだよね? そのままだと無限に異次元からの侵略が拡大するはずだもん。そんなことになったら、とっくにリムルティア世界は滅んじゃってるはず。もしかしてそれ……ダメ女神のリアナが閉じた? マジで?」


 当人、そばでお菓子食ってます。


「いや、女神リアナは、しかたなく上級神である星系神カミエラ様に助けを求めたとなっている。そしてカミエラ様は絶大な星系神の力をもって次元裂孔を封鎖し、邪神の直接侵攻を阻止したと伝えられている」


 おい、なんかリアナ、昔のほうがマトモなんだけど。

 って……当人、食うのに夢中で話なんて聞いてない……。


 と、その時。

 ヒナが寝室から戻ってきた。


「起きた。でもって今の話、すこし間違ってる。。そこで怒ったカミエラ神がしかたなく介入して、世界の理を乱す次元裂孔のみを封鎖した。それ以外は惑星神であるリアナの専任事項なので、たとえ上級神でもこの世界に介入できなかった。だから、もとはといえばヘタレのリアナがぜんぶ悪い」


 おお!

 久しぶりにヒナのリアナ罵倒キター!

 お昼寝からの寝起きで機嫌が悪いのかな?


 でも今の説明はナイスだぜ。

 だって、あのリアナが『雄々しく戦った』なんて、それこそ天変地異級の異常事態だもん。


「あ、おはよう……じゃないか。ちょうど良かった。ちょっと確認させて。ええと……古代神殿を封印したのはカタン教団って聞いてたけど、実際は邪神ラゴンの直接介入で行なわれた、これで合ってる?」


「うん、合っている。ただし封印は魔法じゃなく、一種の呪いだった。古代神殿を丸ごと呪いの波動で染め上げ、そこにいた古代人の神官たちもろとも滅ぼした。そして神殿の地下にダンジョンの種を植え付け、自然型ダンジョンが成長する基礎を作った。だからダンジョンコアでもある【根元宝玉】を奪取して神殿の祭壇に捧げないと、邪神の呪いは半永久的に続くことになる」


「神殿のダンジョン自体が後付けだったのか……で、古代神殿は世界各地にあるって聞いたけど、そのうちの一部だけ邪神の呪いを受けたって認識でいい?」


「正確に言えば、古代神殿は女神リアナの力を増幅するパワーアンプみたいなもの。そして古代神殿同士の連携により、世界全体を安定させるエネルギーネットワークを構成していた。だから中継している神殿をいくつか封印すれば、ネットワーク全体が機能しなくなる。邪神ラゴンは、短い時間でそれを看破し、次元裂孔が塞がれる前に呪いを完成させてしまった」


 ヒナの声が、久しぶりに平坦化してる。

 ということは、これは天界システムからの返答だな。

 それなら、聞けるだけ聞いとくべきだよね?


「ってことは、封印された神殿をぜんぶ復活させれば、天界のエネルギーネットワークが復活するってこと?」


「その認識で正しい。というより、それが春都の当面の目標。古代神殿を復活させるたびに、【女神の加護】が解放される。そして【女神の加護】の解放は、リアナの能力限定も解放する。すべての神殿を解放すれば、リアナは女神としての全能力を取りもどし、晴れてリムルティア世界の創造神として復帰できることになる」


「うーん……。世界を救うって件は引きうけたけど、正直、リアナの復権まで手助けしたくないよなー。だって当人、まるでやる気ないんだもん」


「それに関しては気の毒に思っている。しかしリアナを別の女神と交代させることは、この世界を消滅させて別の世界を再構築することと同義。この世界はリアナ専用の世界。そして春都は、この世界専門の救世主」


 どうにもならんか……。

 そう思ってリアナを見たら、ショートケーキを丸ごと頬張ってる最中だった。

 当人、まるで自覚なし。


 まあ、いいか。

 再覚醒してくうちに、もしかしたら女神の自覚も戻ってくるかも。

 それに期待するしかない。


「ところで……神殿を解放すると、そのぶん邪神の影響が払拭され、大幅なカウンター日数の増加につながる、これで合ってるよね?」


「合ってる。呪われた古代神殿は、ひとつの国にひとつかふたつ。だからセントリーナ王国では、シュバイアーを解放したら、王国全体がエネルギーネットワークの庇護下に入る。ひとつの国が丸ごと【希望】に満たされることになるから、これはカタン教団としても絶対に阻止したいはず」


 絶対阻止するっていっても、それ以前にダンジョ攻略っていう難関がある。

 いまは未踏破階層の攻略が先……。


 でもシュバイアーのダンジョンは、高難度のA級ダンジョン。

 しかも前人未到の未踏破階層まである。

 つまりダンジョンそのものが、カタン教団の要塞みたいになってる。


 プラナの地下ダンジョンはC級の中難度だったから、俺たちパーティーでもサクサク先に進めた。けど今度は、簡単にはいかないんじゃない?


 実際問題、プラナダンジョンは最下層の20階層まで攻略されてるって聞いた。

 通常、ダンジョンは最下層にあるダンジョンコアを破壊すると、ダンジョンそのものが消滅する。


 なのにプラナダンジョンが攻略後も存在してるのは、プラナール家代々の家訓によりダンジョンコアの破壊を絶対禁止にしてるせいなんだって。まあプラナの稼ぎ頭なんだから、そう簡単には潰せないよね。


 あそこでさえ俺たちは、たった5階層しか踏破していない。

 いくら鬼人ラガルクとの遭遇で中断したとはいえ、中級ダンジョンの4分の1しか踏破してないのが実状なんだ。


 プラナダンジョンを踏破したのがレベル100未満のSS級パーティーということを考えると、たぶん今の俺たちだと、俺は大丈夫でも、メンバー最上位のセリーヌでさえレベル62だから、かなり踏破は難しい。


 対するシュバイアーは、踏破されたのが38階層まで。

 A級ダンジョンってことを考えると、最低でも100階層はあるはず。


 これを冒険者ギルドや騎士団の探索隊にまかせると、下手すると攻略には100年くらいかかるかもしれない。


 となると……。

 やっぱ俺たちで攻略するしかない……。


 それにはセリーヌたちのレベルを、最低でも100突破させなきゃならない。

 だとすると、いきなりシュバイアー挑戦は、かなり無理!


「よし、決めた。まずは手頃な場所でレベル上げだ! いまのままじゃシュバイアーで立ち往生しかねない」


「春都。それなら【迷いの森】の先にある【バルムント山地】が最適。春都には物足りないかもしれないけど、他のメンバーには適地だし希少素材もある」


「ヒナ、ナイスな提案ありがと! 希少素材があるのは助かる。このさい全員の装備を刷新すべきって思ってたんだ」


 うう、最近なんかオッサンくさい言い回しになってる……。

 まあ元いた地球世界じゃ、モテないコミュ障36歳だったから仕方ないか。


「あの鬼人ラガルクをこれ以上敵に回さない意味でも、ダンジョンに囚われてる鬼人婦女子を救出するのが最優先だと思うけど、自分たちの実力が足りないんじゃ意味がないもんね」


「現時点での最大の脅威はゼルアード結社。結社とカタン教団の繋がりを断ち切れば、リムルティア世界にとって得難いメリットになる。でも……春都は最後の希望なんだから、パーティーが全滅したら世界は即座に破滅する。だから用心すべき」


「よき判断だと思います」


 さっそくイメルダが同意してくれた。

 セリーヌのほうは、まだ何か考えがあるらしく即答しない。


 しばらくして、イメルダが『しかたなく』といった感じで口を開いた。


「どちらにせよ、未踏破ダンジョンを攻略するためには準備が必要です。いまセントリーナ王国は、戦争の後始末で大変な時期ですので、事を起こすのであれば、国や侯爵様には内緒で行動なされるほうがよろしいかと。それに……素材集めは冒険者としての務めですので、日常業務として行なったと言えば通ります」


「それ、いいね。バルムント山地がどんなところか知らんけど、ヒナが薦めるんなら大丈夫だろ。よし、それで行こう!」


 俺たち冒険者パーティー【終末の希望】が、冒険者家業として素材採取を営む。

 これなら誰も怪しまない。


 まあ、なんか希少な素材を手に入れたり、未知のモンスターを狩ったりしたら、それなりに話題にはなるだろうけど……その時はその時だ。


「セリーヌ様は、春都様の御決断に同意なされますか?」


「パーティーのリーダーは春都だ。だから春都がそう決めたのなら異論はない」


 いや、なんか迷ってなかった?

 どうせプラナール伯爵に相談すべきかどうか、悩んでたんだろうけど。


 でも、いまは公領騎士団員じゃないって、あらためて気づいたんだろうな。


 いまのセリーヌはただの冒険者で、俺たちパーティーの一員。

 ただ、それだけ。

 それに気づいたから、いまの返事になったんだよね?


「リアナ様は、いかが思われます?」


 イメルダの容赦ない催促が、我関せずの態度のリアナにも向けられた。


「あー、もぐもぐ……いーんじゃなーい。それでー」


 テーブルの上にある、イメルダ謹製の【最中】に手を延ばしながら答える。

 まったくもって他人事。


 この最中、こっちにも小豆そっくりの豆があったから、速攻でイメルダにのレシピを教えて作ってもらんたんだ。最中の皮も、小麦からグルテンを取って作ってもらった。砂糖は砂糖ダイコンから。


 いずれも農場で大量栽培中だから、たぶんあんこと最中は、アナベルの名物になるはず。


「ヒナは?」

「もとから春都の決断に任せると言っている」


 うん、知ってた……。

 でも一応は聞かないと、ヒナに無理強いしてるみたいじゃない?

 ともかくこれで、だいたいの方針は決まったよね。


 よしよし、それじゃ準備して、バルムント山地に挑戦だ!


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

『ハルマゲドン・カウンターが止まらない!? ~このままだと1ヵ月で滅ぶ異世界だけど、能力【希望∞】で回避してみせる!』 たいら由宇 @yutaira

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ