第57話 とりあえずアナベルへ戻ろう。
うーむ……。
なんか子爵への昇格が決まったら、これまでみたいに自由気ままが許されなくなちゃった。
ゴートムで一泊したのち、プラナール伯爵の要請で公都プラナへおもむき、伯爵邸でまた一泊。
どうしてそうなったかと言うと……。
今回の戦争でもっとも戦果を上げた俺を労わないと、伯爵としての立場がなくなるんだって。いわゆる貴族の礼儀らしい。
幸いだったのは、プラナール伯爵が転移陣で戻るということで、それに便乗させてもらた。辺境伯爵領からラナリア公領まで、公領騎士団たちと一緒に行軍で帰るなんて、それこそ拷問だよね?
そんなことになれば、また、うちのパーティーメンバーから文句を言われるって。
で、お義理でプラナール伯爵邸にお泊まりした翌日、ちょいと公都の冒険者ギルド本部に顔を出したら、今度はギルド総長に足止めされた。
なんでも今回の戦功を考慮して特別昇格が決定したらしい。
そりゃそうだ。
俺は現在、B級冒険者にすぎない。
その俺がA級冒険者を複数したがえて戦争したんだから、冒険者ギルドとしては上下関係が混乱してしまう。
そこで特別にプラナール伯爵の推薦ということで、俺をA級、ヒナ/リアナ/セリーヌをB級、イメルダは新参のためC級、パーティー【終末の希望】としては、俺がリーダーということでA級昇格となった。
そんなこんなで……昇格後はギルド酒場で即席の酒盛り。
ようやく夕方になって解放された。
本当は夜に、ギルド主催の正式な祝賀会が用意されてたけど、それは疲労を言いわけに断わった。
「……それじゃみんな、用意できた?」
「「「「はい!」」」」
プラナールの正門を出て、南街道を30分ほど自前の馬車で移動。
そこからふらりと街道を外れ、小さな森に身を隠す。
そこで馬車を亜空間収納庫にしまうと、パーティー全員に声をかけた。
「それじゃ、転移門!」
目の前に大きな転移門が出現する。
本当は空間転移を使ったダイレクト転移のほうが簡単なんだけど、これをやるとリアナが転移酔いするって怒るから、しかたなくゲート通過方式による転移にしたんだ。
「セリーヌを先頭にして、さっさと入って!」
行き先がアナベルなので、万が一にも危険はないと思うけど……。
ひとまずゲートをくぐるさいの決まりとして、前衛担当のセリーヌが先に行くことになってる。
すぐ転移門の空間をへだてる虹色の壁から、セリーヌの腕だけ延びてきた。
こっちコイコイ。安全を示す合図だ。
「じゃ、残り全員いくよ」
自分も足を薦めながら、ヒナの背を押す。
リアナは恐る恐る、イメルダは背後を警戒しながら門をくぐっていく。
「はい、到着」
「「「「「お帰りなさいませ、領主様!!」」」」」
転移門を出た途端、大勢の声に迎えられた。
あれ?
転移先は目だたないように、アナベル北門の外に設定したはずだけど……。
なんか間違ったかな。
そう思って周囲を見渡す。
いや……。
間違いなく北門の外だ。
「なんで、こんなに人がいるの?」
群集の前にいたルフィル守備隊長を見つけて質問する。
「いや、びっくりしたのはこっちですよ。近々お戻りになられるとは聞いてましたけど、いきなり目の前に転移してくるんですから」
転移した場所に人とか壁とかあったら困るんじゃないか?
そう思うだろうけど、そこはうまく回避する術式になってる。
つまり、転移先の座標になにかあれば、それを避けてすぐそばに出現するわけだ。
でもルフィル隊長から見れば、肩を並べるくらい近い距離にいきなり出現するので、そりゃ驚くはず。
「いや、なんでルフィルさんが、こんなとこで大勢の人と一緒にいるのかって聞いてんだけど……」
「この人たち、みんな新規の難民なんですよ。いくら獣人国との戦争は終わったって説明しても、誰も故郷に戻ろうとしないんです。そこで治安維持を兼ねて、守備隊をくり出しての人員整理をしてる真っ最中だったんです」
ああ……。
さっきのお帰りなさいコールは、守備隊の面々だったわけだ。
だって難民の皆さんは、まだ俺たちのことを知らないはずだもんね。
「皆さん! この方が、これからお世話になるアナベルの領主様……ハルト・カンザキ勲功爵です。近い将来、セントリーナ王国の子爵様へなられることが決定していますので、失礼のないよう注意してください!!」
あ、言わんでもいいことを……。
なんとかしてって感じで妹のセリーヌを見たら、しっかり苦笑いしてる。
でも止めない。なんでー。
「春都様。おおやけの場では、これまでのように気楽な冒険者とは行きません。窮屈でしょうけど、それなりの体面を繕って頂かないと……」
俺の背後から、そっと小声でイメルダが注意する。
なんか心の中を読まれたみたい。心話として漏れた?
いや、違う。
もしそうならセリーヌやヒナも反応するはず。
ということは、超絶メイドスキルのなせる技か!
「うん……わかってるよ。でも、たまには羽をのばしたい」
「では早々に、パーティー揃って外出する算段をしましょう」
俺とパーティーのスケジュール管理は、すべてイメルダに任せてる。
そういう意味では、メイドというより秘書に近いよね。
「ですがその前に……各ギルドと守備隊本部、そして製薬工場と鍛冶工場/公営農場へ行って、最新の状況を視察してください。それが終わったら、完成した評議会議事堂で【アナベル指導者会議】の方々と今後の方針を話しあっていただきます。その後は町の中心広場で、町の有志主催による子爵様昇格祭りに主賓として参加となっております」
「うえー」
いつの間にそんなスケジュールが……。
ああ、イメルダは俺の代理だから、遠話の魔道具で代官の皆さんと毎日のように連絡しあってるんだった。恐るべきイメルダの管理能力である。
「これでも最低限のスケジュールとして調整したのですから、文句を言わないでください。スムーズにいけば今日の深夜にはお屋敷に戻れますので、そうしたらその後は自由になれます」
深夜って、あとは風呂入って寝るだけじゃん!
どうせ明日は明日で、予定がたんまり入ってるんだよね?
幸いなことに王都での子爵叙勲式は、王様のスケジュールもあって三ヵ月ほど先ってなってる。
となれば、遅くても二ヵ月半くらい先までには王都に行って、いろいろ叙勲の準備をしなきゃならない。
正式の貴族ともなれば王都に別邸を構えるのは当然のため、叙勲式前にそれなりの格の邸宅を購入しなきゃいけない。
当然、屋敷で働く者たちも募集しないといけないけど、これはアナベルにきた移民から適任者を選ぶことが決定してる。
彼らは帝都の子爵邸を守るメンバーだから、それなりに給料も高い。
だから町で募集をかければ応募が殺到するはず。そこで選定になるってわけ。
てな感じで、やることは腐るほどある……。
「春都様! 皆が待っておりますので、どうか簡単にでも御挨拶を!!」
ルフィルさんが、軽量化の魔法が付与された鋼鉄甲胄を身につけた姿で、最敬礼して催促した。
「せ、セリーヌ、代わりに……」
「ダメです。それ、領主の役目だから」
けんもホロロ……。
すがる思いでヒナを見る。
「春都、諦めて。ある程度の権力は、世界救済のためには必須。現状では、まだ足りないくらい。これから春都は、もっと偉くなる。それと同時に敵も多くなる。へばってるヒマなんてない」
おい、ヒナ。
そこは励ましじゃなく、なぐさめる場面だろ?
「おなかすいた~。あたし先に、市場の屋台でなんか食べるねー」
リアナが真っ先に裏切って単独行動に出た。
それを誰も止めようとしない。
まあリアナだけは空気みたいな存在だから、みんな基本放置なんだけど。
先日のアナベル帰還は非公式なものだったから、会うのも町の重鎮たちだけで済んだ。
でも今回は長期滞在の予定だから正式な領主帰還、しかも大勝利しての凱旋なんだから、そう簡単に放免してくれるわけないか……。
「はあ~」
諦めて、とぼとぼと歩きはじめる。
その先には、難民から移民に衣がえしつつある集団が、希望に満ちた顔で待ってる。
なんか俺、トンでもない役目を背負っちゃったな……。
こんなことなら、救世主の役目なんて引きうけるんじゃなかった。
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