第56話 戦後処理は大変ですね。


 なぜアナベルからの転移先を、ランドサム辺境砦じゃなくトレンの森にした?


 それはランドサム砦が陥落したことが獣人王国軍に知られるのは、遅かれ早かれ時間の問題だったから。


 念話を使えるのは俺たちだけじゃないからね。

 魔道具さえあれば誰でも使える。

 でもって戦争ともなれば、当然のように念話装置が使われるんだって。


 砦の陥落を知った獣人王国軍の主力部隊は、間違いなくラミア狭路から撤退する。

 ぐずぐずしてると逃げ道がなくなっちゃうから、そうするしかない。


 そして……。

 ラミア狭路から主力部隊がもどってくれば、城壁を失ったランドサム砦なんて一瞬で制圧されちゃう。


 なんせ俺たち奇襲部隊は、召喚獣の8割近くを失ってる。

 そんな状況で、砦に居座るのは無理。

 しかも捕虜まで守らなきゃならないなんて話の外……。


 幸いにも捕虜は100名ほどだったから、1回の長距離転移でトレンの森へ移動が可能だった(現在の【空間転移7】だと250名まで集団転移が可能)。


 となれば、アナベルに行く前にサクッとやっちゃおう……ってわけ。


 それに……。

 ランドサム砦を制圧したのが俺たちパーティーってのも秘密にしておきたい。


 もし知られると、間違いなく勇者パーティーなみに祭り上げられるから。

 そうなっちゃうと、今後の行動が激しく制限されるのは確実……。


 だから擬装する。


が砦を襲って、砦は大混乱。


 丸腰で遁走した敵の首脳部と近衛部隊100名は、トレンの森方面へ逃げている途中で、こっちの傭兵部隊の前衛に捕縛され捕虜になった。捕虜たちの口裏合わせは、イメルダの魅了でなんとかしてもらった。


 大多数の獣人部隊は、獣人王国にむけて一目散に遁走……。


 これらの辻褄を合わせるため、いろいろ小細工が必要だったのよ。


 まずイメルダが魅了したクラウゼント第二王子たちに命じて、『スケルトン軍団を中心とする魔獣軍団だけで砦を急襲、遁走したクラウゼントたちが捕まったせいで獣人部隊が崩壊してしまった』ことにした。


 同時にセリーヌが、トレンの森にいる仮指揮官のA級魔導師アンリーナに連絡して、傭兵部隊にニセ情報を信じさせた。


 内容は、『トレンの森で戦ってた召喚獣部隊が暴走して、一部がランドサム辺境砦方面へ突撃した。召喚術を使った春都隊長は、あわてて後を追ったが見失った……』。


 つまりランドサム砦に召喚獣が現われたのは、すべて偶然の産物プラス俺の失態。


 暴走したスケルトン軍団中心の召喚獣部隊は、最終的に8割もの大被害を出した。かなり強い魔獣が全滅同然まで戦ったんだから、それ相応の戦果を得られたのは当然ってことにした。


 俺たちパーティーは、暴走した召喚獣の制御を取りもどすため右往左往していただけ……。


 これがプラナール伯爵を通じて、セントリーナ王国へ出した正式の報告になった。





 翌日……。

 ようやく獣人王国軍が完全に撤退したことが判明し、セントリーナ王国軍もまた、『不可解ながら大勝利』の思いを胸に、ムーランから公都ゴートムへの帰路へついた。


 ただし、行きは転移魔方陣による移動だったけど、帰りは急ぐ必要がないため、全軍が通常の行軍で戻ることになった。


 行軍なんて、やってられねー!

 これ、うちのパーティー全員の意見。


 ということで傭兵部隊と捕虜は行軍、俺たちは短距離転移を重ねて帰還(実際は長距離転移一発)することになった。


 セントリーナ軍の全部隊がゴートムに帰還するまで三日かかる。

 その時間的な猶予をつかって、傭兵部隊とは別行動で帰ることにしたんだ。


 別行動の言いわけは、留守にしてるアナベルの町へ転移したのち、あらためてゴートムへ向かうため。


 領主が戦争で領地を留守にしたんだから、戦争が終われば真っ先に様子を見に帰るのは珍しくない……そう聞いたから、さっそく利用させてもらった。


 三日後……。

 日数調整してゴートムに到着。


 立ち寄ったアナベルでの話は、俺単独で行った時のものと重複するので、ここでは省略する。


 まあ、いろいろ算段したり悪巧みを追加したり……。

 どうせ近いうちにまた戻らなきゃいけないから、その時にまとめて報告するね。


 ゴートムに着くと城門でいきなり呼びとめられ、すぐさま辺境伯爵邸まで出頭するよう告げられた。


「到着早々呼び出して、まことに申し訳なかった」


 伯爵邸の正面玄関で出迎えてくれたのは、プラナール伯爵。

 背後にはグラディス・バード・ダリアス辺境伯爵が立っている。


「ほう……貴公がウワサの勲功爵か。たしか名前は……」


 巨体に髭面のダリアス辺境伯爵、先王の弟というより山賊の親玉みたいだ。

 細作りのプラナール伯爵が横にいるせいで、なおさらその感が強い。


「お初にお目にかかります。ハルト・カンザキ勲功爵です。どうぞよろしく」


 お、俺だって、これくらいは言えるようになったんだぞー。

 思えば長い道のり……でもなかったか。


「うむ。まあ、立ち話もなんだ。中に入って話そう」


 王族に連なる者しかなれない辺境伯爵の地位は別格だ。

 そのせいか同じ伯爵のプラナールさん、ずっと口を噤んだまま、ダリアス伯爵のことを上に扱ってる。


 執事長らしい素敵なオジサマに案内された場所は、まさしく貴賓室と呼ぶに相応しいところだった。


 ダリアス伯爵は質実剛健を好み、自分の執務室やプライベート空間には、必要最低限の装飾しか施していないらしい。


 それを考えると、この部屋は来客をもてなすためだけに、わざわざ作らせたんじゃない? ただし当人は、いらぬ出費だとしか思ってないらしい。


 腰の半分まで沈む豪奢なソファーに座ると、すぐにダリアスが話しかけてきた。

 ちなみにプラナール伯爵は、ダリアス伯爵の隣りのソファーにちょこんと座ってる。


「カンザキ勲功爵。こたびの貴公の活躍、見事であった。それを鑑み、セントリーナ国王の命により、貴公をセントリーナ王国の子爵に正式任命することになった」


「ええーっ!」


 驚いて腰を上げそうになった。


 悪いことに、この場にパーティーメンバーはいない。

 俺一人が入室を許されたから。


 ということは俺が不始末しでかしても、たしなめてくれる者がいない……。

 失態を演じたら、それこそ大変。あわてて身を引き締める。


 いくら世間にうとい俺でも、一代限りの名誉職である勲功爵から、正式の世襲可能な貴族職である子爵への昇格が、希にみるトンデモ待遇ってことはわかる。


 だいいち勲功爵は準貴族ということで、プラナール伯爵でも任命できる。

 これに対して、正式の貴族となる子爵は国王にしか任命権がない。


 セントリーナ王国の貴族制度はごく一般的なものだから、上から国王/皇太子/大公/王族/公爵/伯爵/子爵/男爵となってる。地球の爵位だと公爵のつぎに侯爵が入る場合が多いけど、こっちではなぜかない。上に大公があるからかな?


 ちなみに大公は立国の大英雄の子孫が代々受け継ぐことになっているが、この職、ただの名誉職じゃない。


 セントリーナ王国の北辺にあるラーニア大公領は、北にある魔王国に平野で地続きになっているため、王国でもっとも長期かつ激烈な戦争が行なわれているからだ。


 現職のグラディス・ラーニア・アルシュタイン大公は、若干24歳。

 それでいて魔王国の軍を撃退すること7回の英傑だ。


 まさに武勲のみが大公継承の条件と言われるいわれ……とかなんとかいう話をどっかで聞いた。


 それから……。

 男爵の下には準男爵と勲功爵があるけど、どちらも手柄をあげた平民用の《《なんちゃって準貴族位》だ。


 だから今回の昇格は、俺を本物の貴族として迎え入れるという証明みたいなもん。


 しかも男爵を飛び越して子爵なんだから、場合によっちゃ既存の貴族たちから妬まれる可能性すらある。


「……とはいっても、いまは戦後処理でごたごたしているから、任命式は貴公が王都セントリアへ来た時に改めて行なうらしい。むろん国王みずからの任命となる」


 王国の正式な貴族である子爵ともなれば、アナベルの町ひとつが領地というわけにもいかないだろう。


 おそらく迷いの森や南のバルムント山地を含む一帯が新領地として与えられる可能性が高い。それに関しても、王都の王宮で任命される時に処理されるらしい。


 それまでは暫定子爵となるが、各貴族には事前に通達がなされるから、カンザキ子爵の誕生は事実上確定したことになる。


「ハルト殿?」


 ふいにプラナール伯爵が声をかけてきた。


「はい?」

「思うところは色々あるだろうが、これは王室案件だから慎んでお受けしたまえ」


 やんわり『断るな』と釘さされた。

 勲功爵に任じたのはプラナールさんだから、どうやら俺の後見人みたいな立場になってるらしい。でもって……この手のものは断わっちゃいけない決まりのようだ。


 となると、あまりムチャ言うと迷惑かかる。

 そう思って即答した。


「承知しました」


 本物の貴族ともなると、色々と面倒なことがあるかもしれない。

 でも、ここで断ると後が怖そう。

 なので、とりあえず受けることにした。


 結局のところ、その後は戦話いくさばなしに花が咲いて、無事に放免されたのは夕食後のことだった。


 それからも大変で、パーティー全員、傭兵部隊の解散式とその後の打ち上げに突きあわされ、ゴートムに用意された貴族用の宿に帰れたのは日をまたいだ後だった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る