第55話 一件落着……とはいかないよねー。
鬼人の婦女子8名を引き連れて、アナベルの町に長距離転移したのはいいけど。
いつのまにか、いろいろ笑っちゃうくらい変わってた……。
なにが変わったって?
まずセリーヌの兄――ルフィル守備隊長が、正式なカンザキ近衛隊の隊長に就任していたこと。
考えれば当然なんだけど、アナベルはカンザキ勲功爵の領地になったんだから、そこを守る守備隊は勲功爵に雇われている私兵になる。それなのに、いまもって町の自警団扱いなのはけしからんと、クラベール町長とギルマスのアンガスさんが、いろいろ手続きして勝手に近衛隊に昇格させたらしい。
はい、たしかに……。
二人を町の代官に任命したのは俺です。
だから町の運営をどうしようと、報告さえやってれば彼らの勝手。
しかもその報告。
よほどの緊急事態でもないかぎり、月末の定例報告にまとめるよう言ってある。
たぶん……。
今月末の報告に、遅ればせながらと昇格の件が書かれてるんだろうなー。
まあ、当人たちにとっては、ささやかなサプライズのつもりかも知れないけど……。
つぎの驚きはこれだ!
クラベール町長に、鬼人婦女子たちを町営農場で働けるようにと掛けあってたら、おなじみ鍛冶屋の主人――ドワーフ族のベグル・ボグラーさんと、錬金術師のスターラさんが慌てふためいてやってきた。
まずボグラーさんが開口一番、
「おい、こら! 公都の鍛冶屋組合から、ちっともおまえが来ないって文句言われたぞ! どうしてくれる!!」
「あ……忙しくて、つい」
本当は戦争に参加する前に行くつもりだったんだよー。
でも、なんだかんだで忙しくて……はい、全面的に俺が悪いです。
「まあいい。話は変わるが、例の神鋼剣の件だ。あれからドワーフ・クラフト同盟に、神鋼剣の量産に関するもろもろの手続きやら同意やらを掛けあったんだが……やっぱあのレベルの神鋼剣を一般に売り出すのは無理があるという結論に達した」
「え……ダメなの?」
俺の顔、しょぼーん。
「そう露骨にめげるな。あの真性神鋼剣は、総合レベル1のド初心者にも使えるやつだから、格付け的にはウルトラスーパースペシャル……USS級になっちまうんだ。USS級ともなると国宝級だから、王族以外には売っちゃなんねえ決まりなんだよ」
「じゃ、王族に売れば?」
もう、なんか投げやり。
「もちろん売ったさ。でも、10本だけな。王子や王女用と宝物として10本。外国の王室に売るのは問題ありすぎだから、これは国内限定だ。だから次に売れるのは、国王が代替わりして次世代の王子王女が生まれてからになる。こんなんじゃ商売にならんから、クラフト同盟のほうで劣化版を試作してみた」
「劣化版? これまで神鋼剣って呼ばれてたのが劣化版じゃないの?」
「あれはもう生産中止だ。なんせおまえが教えてくれた鍛造方法だと、同じS級劣化版神鋼剣が、神鋼の割合が2割だけで出来ちまう。これまでは8割必要だったんだから、旧作1本の材料で4本も新作が作れるんだよ。でもって値段は半額……こいつが上級冒険者に売れて売れて……」
というとボグラーさん、背負ってた雑嚢をドンとテーブルの上に置いた。
ってか……。
上級冒険者に売れたって、あれレベル1の初心者用なんだけどなー。
「ほれ、新型劣化神鋼剣の売り上げのごく一部だ。大白金貨で10万枚ある。もってけ、ドロボー!」
「10万枚!!」
えーと、大白金貨1枚は白金貨10枚換算。
白金貨1枚は大金貨10枚換算。大金貨1枚は金貨10枚換算。
金貨1枚は、だいたい日本円で10万円くらいの価値だから……あー、算数キライ!
ともかく『たくさん』だ、うん。
「ええと……町長さんとアンガスさん。このお金は、ひとまず町の運営費に当ててください」
亜空間収納庫に入れてもいいけど、いまはそんなにお金に困ってない。
ならばいっそ町の発展に役立てれば、なんちゃって領主としての面目を果たすことができる……。
「いいのか? この額だと、現在の町の年間税収の10倍は行くぞ?」
確認するように、アンガスさんが聞いてきた。
それにしても10倍って聞こえたけど、てことはアナベルの現在の税収は大白金貨1枚ってことだよね?
それ、どう考えても以前に聞いた額の100倍以上なんですけどー。
いったいこの短期間で、どんだけ税収増えたんだよ。
あ、そうか。人口が10倍以上増えて、町営農場やペニシリン、ら新型劣化神鋼剣の売り上げ税が一気に入ったのか。
「これからは鬼人婦女子も増えることだし、アレコレ必要でしょ? 遠慮なく使ってよ」
つい忘れがちだけど、俺がこの世界でやらなきゃいけないことは、世界の滅亡を遠ざけることだ。
滅亡を遠ざけるためには、ハルマゲドン・カウンターの日数を増やす必要がある。
でもってカウンター日数を増やすには、この世界に希望を与えなきゃならない。
そして俺のステータス【希望∞】は、最大効率で俺の行動を希望のプラスマイナスに換算してくれる……。
つまり今回の寄付も、ささやかながらアナベルの住民を幸せにすることで希望を増大させるためのものなんだ。
「なら遠慮なく使わせてもらうけど……あとで返せって言うなよ?」
けっこう資金不足だったらしいアンガスさん。
ささっと資金袋を抱きしめると真顔で口走った。
「言わないって! 町が予想以上に急拡大してて驚いたくらいだから、領主としての務めを果たしただけだよ。それにしても……なに、あの城壁! 前はたしか木柵だったよね?」
そう……。
なにが驚いたかって、町の防備が格段に向上してたんだよ。
町をぐるりと囲む柵というか壁というか、以前は丸太製だったのが、いつのまにか幅2メートル、高さ7メートルの監視塔付き石組み城壁にバージョンアップされてたんだ。
「それがなあ。じつは獣人王国とセントリーナ王国の戦争のせいで、獣人王国からの難民があちこちに移動してるんだ。でもってセントリーナ王国内じゃ、敵国住民ってことで差別されまくってるから、自然と差別しないうちの町に集まってくる。その中に築城職人の集団がいたんだよ」
「いや、いくら専門家でも、いきなりここまでは無理っしょ?」
「獣人のパワーは平均すると人間の4倍。築城スキル持ちの場合、サブスキルの【城壁構築】が使えるから、こいつを使うと人間の40倍のスピードで築城できちまう。他にも重力系魔法使いや土系スキル使いもいるから、そいつらが【アナベル土木組合】を作って専門にやってくれてるんだ」
なるほど……。
土木組合って枠で囲いこめば、人材の流出も少なくなる。
しかも専門家による作業になるから仕事も最大効率が可能だ。
さらには獣人のため、軒並み力持ち……。
「へー、そりゃすごい」
まあ……。
俺の【重力魔法】と神威スキル【地形改変】を使えば、それこそ一時間もかけずに同じものが作れる。
だけど一般人に同じことが短期間で出来るなんて、思ってもいなかったよー。
「農場についても同じです」
横からクラベール町長が口を挟んだ。
どうやら話したくてウズウズしてたらしい。
「いまやアナベル町営農場は、以前の16倍にまで拡張されています。このうち農地が10倍で果樹園や有用樹木園が5倍です。残りは新たに薬草園を設置しました」
「薬草園? 薬草を売ってるの?」
「いえいえ。錬金術師かつ薬師のスターラが指導して、町営の製薬工場を作ったんですよ。ペニシリンだけのために工場を建てるのは無駄だとスターラが力説するもので、それならいっそ薬草の栽培から薬品の販売まで一貫で行なえばいいってことで、あれこれ新設したんです」
「よく資金があったねー。日数的にも突貫になっただろうに」
なんせ俺たちが公都に行ってから、まだそんなに経ってない。
建物は木造バラック仕様なら、建築魔法士さえいれば数日で完成させられる。
たぶん、ここでも獣人の土木組合員が大活躍したんだろうな……。
「いまでは工場や農園で働く移民の皆さんも、総勢4000人を越えました。町の人口も1万2000名を越えてます。すべて……カンザキ勲功爵様のおかげです」
あらら、以前の10倍どころじゃなかった。
最初の砦町のころは、守備隊を含めても400人くらいしかいなかったから、なんと30倍じゃないですか!
「あのー、私からも御報告が……」
いつもは遠慮がちなスターラさんが、町長を押しのける勢いで前に出た。
「あ、スターラさん。ペニシリンの調子はどうですか?」
あれから日数が過ぎたけど、ペニシリンの量産は順調かな?
そう思って声をかけた。
「ペニシリンは、春都さんが出発なされて2日後に完成しました。ただ、少しばかり精製度が低いらしく、効果は春都さんの造られたものの半分くらいです。なので2倍の量を定量として試験販売してみたところ、たちどころにリムルティア創世教団から販売中止の命令が来ました」
「んん? なんで教団から?」
「御存知のように、回復系ポーションのうち高級品は、すべてリムルティア創世教団が独占販売しています。私たち小売り業者は、教団から仕入れて売ってるんですよ。なのに、これまでエリクサー以外では回復しなかった感染症の一部が、ペニシリンの服用で治っちゃうんですから、これは教団としては大問題なわけです」
「それで発売中止命令……なんか納得できないなー」
ペニシリンの製造方法を伝授したのは、この世界にも微生物による感染症が存在することが判明したからだ。
これまでは、感染症を治すには、貴族でも躊躇するほど高価なエリクサーが必要だった。なのにペニシリンは、感染症の一部だけとはいえ、中級ポーションなみの値段で買える。
そりゃ、営業妨害だよねー。
「はい、私も納得できませんでした。そこで錬金術師ギルドと薬師ギルドを巻きこんで、教会とセントリーナ王室の四者協議にもちこみました。王室は戦争直前だったもので、国王陛下もお忙しいというのに、戦争で感染症にかかる兵士が馬鹿にならないという私の話を熱心に聞いてくださり、結果的に王室が仲裁案を出してくださいました」
「仲裁ってことは、売れるようになったの?」
「はい。まず条件として、ペニシリンおよび類似薬物の製造法は最高度の国家機密とすること。次に製造はアナベルのみで行ない、他に波及させないこと。完成した薬剤は、すべてリムルティア創世教団に納入すること。教団は中級ポーション4個相当の値段で専売すること……などが決まりました」
ペニシリンの原価は初級ポーションより安い。
なんせ原材料は、それこそ腐るほどある農場から出る野菜クズだもんね。
それに青カビを根付かせて培養するだけ。
おそらく教団へ納品する値段は中級ポーション2個か3個ぶんくらいだろうから、1瓶売れれば銀貨4枚から6枚の純利益になるはず。
これって、まさしくボッタクリ!!
「うーん。売れるようになったのはいいけど、製造がアナベルだけっての、かなりキツい条件だよねー」
それを聞いたスターラさん。
にんまりを悪い笑顔を浮かべた。
「じつは王室と教団の双方から、かなりの資金援助を受けられました。そのお金で、突貫で薬剤製造工場と薬理研究所を建設しました。工場で働く従業員は、秘密厳守を魔法契約で守らせた上で、町の住人から採用しました。薬理研究所のほうは専門家が必要なので、錬金ギルドと薬師ギルドに頼み込んで、アナベルへ定住する条件で優秀な者を勧誘してもらいました」
「ええっ! そんなの聞いてないよー?」
「今月末の報告に書いてあります。報告が届く前に春都さんが来ちゃっただけです」
また月例報告の弊害かー。
でも町をほったらかしにしてるのはこっちだから、あんまり文句も言えないし……。
「それで、生産態勢は充分なの?」
「今のところは受注数を満たしてます。それに研究所で新たな抗生物質とサルファ剤の合成方法を確立しましたので、そちらでも需要を満たした結果です。抗菌剤以外でも、スッキリ草を原料にした痛み止めやアサツユ草を使った解熱薬なども新規に製造しています」
「……!! サルファ剤って、なんで知ってんの?」
いきなり飛び出てきた地球の薬学用語に、正直おどろいた。
「春都さんが町を出られる時、私に『有機化学サブノート』っていう秘伝書を複写したものをくれたじゃないですか。ペニシリンの製造に難航していた私を見かねて、なんだかちょちょいのちょいって感じで亜空間倉庫から取り出されたアレです」
あー。
そんなこともあったっけ。
別れ際のドサクサに紛れてだったから、すっかり忘れてた。
『有機化学サブノート』は、ヒナに頼み込んで、特別に【異世界取りよせ玉】を使って地球世界から転送してもらったんだっけ。
これって天界案件でもかなりギリギリの線だったみたいだけど、薬剤による文明加速の度合をゆるやかにするという条件で、なんとか許可してもらえたんだ。
そのうち俺のスキルでも地球のネット通販が可能になるらしいけど、いまはまだレベルが足りないらしく、ヒナの神威級魔法玉に頼るしかなかった。
ただし、この世界を根底からくつがえすような品物や知識は、天界システム側で未然にシャットアウトするらしいけど。
「も、もしかしてコピーした中に、ペニシリン以外の製造方法もあったの?」
「ええ、そりゃ色々と。抗生物質だけでなく広い意味での抗菌剤のあらかたが載ってました。その他も、石炭や石油からプラスチックを合成する方法とか、有機触媒のいくつかの製造法も。まったくもって、有機化学ってのは錬金術と相性がいいんですよね、これが」
ああー。
なんか俺、この世界の根本的なとこに、えらい影響を与えちゃったみたい……。
こりゃ早い段階で、文明加速に関するタイムチャートを作らないとダメかも。
「あのさ……なんか作るときは、事前にかならず相談してね? 俺じゃなくても、ヒナでもいいから。でもって、許可されたものしか造っちゃいけない。へたに作ると、世界が滅ぶ可能性があるから」
偶然に高性能火薬なんか発明されたら、どうハルマゲドンカウンターに影響するかわかったもんじゃない。危ない芽は先に摘むに限る。
「そ、それは……承知しました!」
「ふう……あぶないとこだった」
そうため息ついて、恐る恐るメニューに表示されてるカウンターを見た。
【156日増えて219日】
うわー、やっちまった感ありあり。
ま、増えるぶんは、いいんだけどね。
おそらくこの大幅増は、戦争関連を含んだ数字だと思う。
そうじゃないと恐い……。
「と、ともかく、順風満帆ならそれでいいや……」
なんか鬼人婦女子の世話を頼みにきただけなのに、えらいことになってる。
このままアナベルが成長し続けると、そのうちセントリーナ王国だけじゃなく、近隣諸国も黙ってないんじゃないかな。
うーん……。
なんか頭が痛くなってきたので、いったん考えるのヤメ。
1時間でもどるってヒナたちに言ってあるから、そろそろ帰らないと。
すでに2時間近くたってるもんなー。
「……えっと。いろいろ話はあると思うけど、まだ出先じゃ戦争中だから戻りますね。そのうちまとまって時間を作るから、それまで皆さんは、いつも通りにしててください。でもってなんか緊急事態が起こったら、使い捨ての念話玉をたくさんアンガスさんに預けてあるので、それで連絡してください。ということで、それじゃ!」
「「「「「「あっ、待って……」」」」」」
多数の重なる制止の声を振りきって、ふたたび長距離転移した。
だって……。
これ以上いると、なに無理難題言われるかわからないんだもん。
ヒナたちに伝えておいた集合場所――トレンの森の野営地に転移したら、100名あまりいる獣人将兵捕虜のド真ん中に出現してしまった。
「うひっ!」
「あ、春都。こっちこっち」
いきなりビビッた俺を、ヒナが呼んでくれた。
捕虜にした張本人がビビリなんて、捕虜の皆さんにはバレなかったよね?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます