第54話 そりゃ誤算でしょうよ!


「殲爆!」


 ――ゴオッ!


 爆砕系高位魔法の【殲爆】により、司令官室の鉄扉が粉々になって吹き飛ぶ。


「だ、誰だ!」


 扉が消滅した瞬間、部屋の中から声がした。


「悪いけどお邪魔しますね」


「な、なんでこうなる!? リピン!」


 入った途端、ひょろりとした若い男が、隣りにいた巨体で鎧甲胄を着込んだ熊人に声をかける。表情からして『誤算だー!』って顔だ。


 熊人は腰から巨大な両手剣を抜き放つと、無言のまま切りかかってきた。


 ――ふんッ!


 一息で両断する勢いに、思わず身を屈める。


「し、障壁天蓋!」


 俺とイメルダを、お馴染みの鉄壁魔法が包み込む。


 ――ガィン!


 耳をぶっ叩かれるような轟音とともに、障壁天蓋がリピンの大剣を弾きかえした。


「こりゃ問答無用だな。しかたない、イメルダ、こいつらを捕虜にしてくれ」


 俺の魔法やスキルじゃ威力がありすぎて、捕まえても後遺症が残る。

 さっき使った【時空遮断】なんかは、解放後に深刻な記憶障害が発生するから、本当の緊急時しか使えないんだ。


「麻痺、弱体」


 咄嗟に精密鑑定したけど、この場にいる者たちは、リピンと言われた熊人以外、みんなレベル50以下……つまりイメルダより弱い。


 これならリピン以外、イメルダの魔法やスキルが通用する。

 剣をはね返されて態勢を崩したリピンは、俺がなんとかするしかないな……。


「重力自在、15G」


 とりあえず重力の枷で動けなくする。

 普通の人間だと、15Gもかければ窒息するか急激な血圧低下で死んでしまう。

 でもまあ、熊人だったら大丈夫だろ。


「う、ぐう……」


 大加重に思わず膝を突いたリピン。

 そこに追い討ちをかける。


「究極整体・経絡秘孔・肉体拘束、あちょー!」


 むかし読んだマンガの奇声を真似てしまった……。


 この技、ようは体のツボを突いて、身動きできなくするものだ。

 もっとそれらしい技名を付けても良かったんだけど、咄嗟に思いつけなかったんだよー。


 後頭部の秘孔を突かれたリピンは、片膝ついた格好のまま固まってしまった。


「悩殺」


 うわー。

 イメルダ、容赦ない。


 さっきの麻痺と弱体だけでも息絶え絶えにできるのに、ここでバンパイアの魅了系スキルを使っちゃうと、もう意のままに操れる。


「誰が最高指揮官なのかしら?」


 イメルダの問いかけに、ふらふらと若い男が手を上げる。


「自己紹介してちょうだい」


「獣人王国、第二王子のガーゼスです……」


「あらまあ、春都様? 思ってた以上の大物が引っかかりました。それで、そちらのしょぼくれた司祭様は?」


「儂はカカルス軍司祭だ。獣人王国正教のバーラン教団に所属している。しかもカタン教団と繋がりを持っているから、ここでは実質的な最高指揮官だ」


 こいつが黒幕か……。

 カタン教団の名前が出たので、聞いてみる。


「カカルス。さっきゼアルード結社員と出くわしたけど、あれはお前の命令で動いてるのか?」


「ああ、そうだ。儂はカタン教団獣人王国支部の最高幹部と繋がりがある。そのおかげで、獣人王国の王室内部にカタン教団の影響力を行使できる。いまでは国王も王室も、カタン教団の傀儡と化している。そうでなければ、この時期にセントリーナ王国へ戦争を仕掛けたりするものか! それなのに……なぜ失敗する? 完全に誤算だ……」


 イメルダに魅了されてるってのに、えらい雄弁なおっさんだ。

 おそらく地の性格がとてつもなく傲慢なんだろうけど、好きになれないよなー、この手の男。地球にいたころの指導教授にそっくり。


「それじゃ……えーと、ガーゼス王子。あんたが表むきの総大将だろ? なら、ここにいる獣人部隊すべてに対し、ただちに武器を捨てて降伏するよう命令しろ」


「お前の命令に従うつもりはない!」


 おや?

 ガーゼスさん、強気じゃないですか。


「王子。この方は、わたくしの絶対的な御主人様です。従いなさい」


「はい。仰せのままに」


 あ、そういうわけね。

 直接の主人じゃないと強制できないんだ。


 ガーゼスは、ふらふらと司令長官室に繋がっている正面バルコニーへと歩いていく。


「イメルダだけ従うのが、ちょっとくやしい」


「私めに命じられれば結果は同じです」


 まあ、そりゃそうなんだろうけどねー。


「皆の者! ガーゼスだ!! 砦の司令部が敵に攻略された。よって我が部隊は全面降伏することになった。私の指揮下にある者は武装解除した上で次の命令を待て……」


 おいおい、そんな命令じゃ造反する者が出るぞ?

 こいつ、無能だな……。


 案の定、まだ戦っていた兵士や騎士の中から怒号が巻きおこる。

 そして少なからぬ者たちが、武装解除せずに逃走しはじめた。


「春都様。どうなさいます?」


「逃げる者は好きにさせるよ。俺たちがじかに獣人王国まで攻め入るわけじゃないから、あとは国と国の交渉に任せる。俺たちは、侵略してきた敵軍を阻止しろって命令されているだけだからね」


 戦争が終われば、それでいい。

 それよりも、捕らえたゼアルード結社員たちのほうが重要だ。


 彼らの家族たちも、このまま放置できない。

 だから、ドサクサに紛れてどこかに移動させる必要がある。


『念話行使。ヒナ、聞こえるか?』


『感度良好。なに?』


『聞こえたと思うけど、こっちはケリがついた。そっちはどうだ?』


『召喚獣部隊の損耗率70パーセント。セリーヌが穴のあいた部分をカバー。予想外だけど、リアナの鋼鉄人形と木人形が大活躍。いま敵軍は、近衛騎士団員だけ白旗を上げた。残りの将兵は、砦を廻りこんで東門の外にいる部隊へ合流しようとしてる』


 あー。

 やっぱガーゼス王子に従ったの、近衛騎士団だけか……。


『了解。東門の外の敵部隊は、スケルトン部隊の殴り込みで大被害を与えた。いまは逃亡する者と降伏する者で大混乱中だ。逃げる者は追わなくていい」


 このぶんだと、捕虜の数は100人くらいしかないだろうな。

 あまり多くても困るから、いっそ全員逃げて欲しいくらいだ。


『ん……? 春都、なにかボクに言うことあったんじゃないの?』


『おおっと! 忘れてた!! そっちはセリーヌとリアナに任せて、ヒナはすぐにこっちへ短距離転移してくれ。ヒナの魔法玉が必要なんだ。東門の外にいる降伏した者だけ、拘束魔法玉で捕虜にしてほしい。もうここでの戦いは終わった。ごくろうさま』


『了解。春都の魔力を検知して転移する』


 1秒後、目の前にヒナが出現した。


「急かせて悪い。ちょっと俺、出かけてくるから、この場をイメルダと一緒になって処理して欲しいんだ」


「お出かけ?」


「ああ、詳しいことはイメルダに聞いてくれ」


 そう応えると、イメルダを見る。


「これから捕虜になってた女子供たちを、ちょいとアナベルの町まで送ってくる。しばらくは男たちの空間隔離を解除できないから、彼らの家族を安全にかくまう場所として、俺の領地になったアナベルは最適だと思うんだ。1時間くらいで戻るから、その間にセリーヌたちと合流して、いつでも捕虜たちを移動させられるようにしておいてくれ」


 このまま砦に居座ってると、間違いなくラミア狭路にいる敵軍本隊が異常に気づく。


 戦っている背後で本陣と本陣部隊が壊滅したのだから、ラミア狭路にいる敵軍は完全に包囲されてしまったことになる。


 ふつうの頭があれば、これがどれだけヤバいことが判るはずだ。

 おそらく敵の本隊を指揮してる最高指揮官は、ただちに全力退避を決断する。


 ランドサム辺境砦が落ちた以上、そこを突破しなければ自分たちの国に戻れない。

 となれば、もはや戦争の勝敗など二の次。


 ともかく砦を迂回するなり強行突破するなりして、一刻もはやく獣人王国へ戻らなければ、最悪の場合、侵略した全軍が壊滅する可能性すら出てくる……。


 なんか日本の戦国時代、信長軍があわてて戦地から引き返した戦いがあったように記憶してるけど、まさにあの状況だよねー。


「はい、確かに引き受けました」


 イメルダって、俺の命令に逆らったことがない。

 もしかして、何でも言うこと聞いてくれる?

 いやいや……いくら奴隷でも、そんなはずないか。


「じゃ、しばらく任せた」


 そう言い残すと、地下の詰所牢屋に転移する。

 おっかなびっくり武器を構えてた女たちに声をかけ、これからアナベルの町まで長距離転移する旨を知らせる。


 そして、詳しい説明はあとにして、直ちに実行……。


 数分後――。

 俺たちの前には、あんぐりと口を開いたアナベル守備隊長のルフィルがいた。


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