第53話 もうこのクソ展開、イヤー!
2階に登る階段は、正面玄関に続くホールの左右に2つある。
そして正面玄関は言葉通り、石組みと木造の複合建築となっている砦の真ん中にある。
ということは……。
地下から1階に上がって、ほぼ巨大な砦の半分にあたる距離を影飛びしながら移動しなければならないんだけど、いま1階は大乱戦の真っただ中。
解放した捕虜が1階になだれ込み、さらには西門を突破したスケルトン軍団の一部が正面玄関までたどり着いてる。
もっとも大半のスケルトン軍団は、砦の外の南側と北側を廻りこませ、東門の外で野営してる敵の大軍に突入させてるから、砦内部に侵入しているのは10匹くらいだ。
でも、その10匹が強い!
小隊長のレイスの指揮で、1匹のスケルトンが長槍を突き出し獣人兵士を牽制するやいなや、2匹のスケルトンが左右から剣で切りかかる。
確実に相手1人に3匹で対応するもんだから、数秒に1人の割合で獣人兵士が倒されている。
これに対し、捕虜たちは圧されている。
慣れない武器や防具を使っているせいもあるけど、直前まで過酷な牢獄に閉じこめられていたせいで、本来もってる力が発揮できないらしい。
「イメルダ。素通りすると後が面倒そうだから、片っぱしから倒して行くぞ!」
「承知!」
返事をした途端、イメルダが影の中から躍り出た。
目の前には、1人の捕虜と対峙している兵士2人がいる。
イメルダは躊躇することなく跳躍、兵士たちの頭上まで舞い上がった。
「はっ!」
小さな息を吐く音。
その瞬間、両手からクネクネと棘だらけの尾鞭が伸びる。
――ザリッ!
耳障りな音と共に、敵兵士の首に巻きついた尾鞭が肉を削り落とした。
こ、これは痛い! しかもエグい!!
尾鞭で2人の首を削り落としたイメルダ。
あっけに取られている捕虜を無視し、次の獲物に焦点をあわせてる。
「影縫い」
今度の獲物は、通路で戦っている数組の男たちだ。
当然、敵と味方ごっちゃまぜ。
そんな状況なのに……。
10メートル以上先にいる敵だけ、一括で【影縫い】する。
動きを封じられた者たちの影に、魔力針がいくつも刺さっている。
そう……。
【影縫い】は複数の相手指定が可能な範囲スキルなのだ。
「春都様、始末願います。私めは先へ」
そう言い残すと、正面玄関めがけて風のように走りはじめる。
戦闘メイド服の裾が軽やかにはためき、いや……マジでカッコイイ!!
「おっと、見とれてると影縫いが切れる……昏睡!」
下手な魔法を使うと、捕虜たちも巻きこんじゃう。
なるべく殺したくなかったので、獣人兵士だけ眠ってもらうことにした。
いや……。
自分が殺さなくても、捕虜たちの前でいきなり眠ったら、彼らに殺される。
だから偽善ってわかってるけど……いまはストレス溜めたくないの。
出会う敵を片っぱしから眠らせながら、イメルダを追いかける。
すぐに正面玄関にあるホールへたどり着いた。
「盾隊、前へ!」
あ、これはマズイ。
獣人王国の近衛騎士団がいる。
「貫通・切断・破防・空斬・乱撃!」
久しぶりに腰の剣を抜く。
それに武器付与スキルを被せていく。
「瞬間加速」
乱撃6は、1秒間に10撃を実行できる。
瞬間加速で相手に肉薄し、その場で切りまくる戦法だ。
いまみたいに敵が密集してると、ものすごく効率がいい戦いかたができる。
「はッ!」
ひと呼吸で、八名いた盾隊と指揮官一名、横にいた騎士1名を切り倒す。
切断と空斬スキルのおかげで、騎士のフルプレートが紙切れみたいに切り裂かれる。
「ぐわあ……!」
おそらく彼らは、何が起こったかすら理解できなかったはずだ。
いきなり両足を甲胄ごと切断され、その場でのたうちまわる結果になった。
――キン!
左の階段で、澄んだ金属音がした。
イメルダの投げた必殺のはずのクナイが、1人の男の短剣で弾かれたのだ。
見れば黒装束に身を包んだ、怪しげな姿……。
これ、見覚えがあるぞ。
前にアナベルの町で戦った、鬼人ラガルクの手下ども……ゼアルード結社の構成員だ。
となると、イメルダではヤバい!
「イメルダ、下がれ!」
俺の命令に、イメルダが瞬時に反応する。
牽制のため【毒ブレス】を吐きつつ、【俊足】を使って一気に距離を取ろうとした。
「……!」
安全圏に逃れたとイメルダが思った瞬間。
彼女の背後に別の男が出現する。
これは瞬間移動だ、マズい!
「重力自在・1000G!」
――ズン!
一瞬で男の体が沈み、潰れた肉塊と化す。
体重が70キロなら、いきなり70トンに増えたことになる。
こうなると肉体は、自分の体重だけで破壊されてしまう。
いや……。
イメルダが窮地とはいえ、エグい技使っちゃった……。
瞬時に俺を強敵と判断した最初の男が、仲間を呼ぶため呼子を吹き鳴らす。
どうやら犬笛と同じく超音波仕様らしく、息抜きの音しか聞こえない。
だが、廻りにいた獣人兵士や獣人騎士は、溜まらず耳をおさえてる。
このままでは、仲間を呼ばれて面倒なことになる……。
そう思った瞬間、イメルダの脇に瞬間移動する。
彼女の腰に左手を回し、一気に2階のエントランスへ転移した。
だが敵もさるもの、次々と短距離転移してくる。
すぐに7名の黒装束に囲まれてしまった。
「待て! 地下にいたお前たちの家族は解放した。だから……」
いまの俺なら、戦っても勝てる。
だけどたぶん、イメルダは無傷じゃ済まない。
だから、できるなら戦わずに済ませたい……。
意表を突かれたのか、男たちに動揺が走った。
数名が横にいる仲間に視線を送っている。
「カイ……確かめろ」
隊長らしきひときわガタイのでかい黒装束に指名された男が、瞬時に転移していく。
数秒後、戻ってきた。
「その者の言ったことは本当でした。全員が枷を解かれ完全回復、武器防具を身に着けて篭城しております」
「もう戦わなくていいんだぞ? はやく家族のもとへ行くべきだ」
たたみかけるように言う。
だが隊長は、右腕を上げると自分の首を指さした。
「我々は階段の死守を命じられている。よって偵察以外でこの場を離れると、この首枷が罰を与える。それを回避するには、お前たち全員を殺さなければならない」
ああ、またかよー。
あの鬼人ラガルクと同じだ。
ラガルクは首枷こそしてなかったけど、人質を取られているせいで、自分の信念を曲げて戦わされてた。
あの時と同じ……クソすぎる。
「見なかったことには……できないよな?」
「できない。2階の奥の司令官室にいる者たちを守る。これが生きるための唯一の手段になっている。だから、君たちには悪いが死んでもらう」
「まてまてまて! 自分で言うのもなんだが俺は強いぞ! ようはおまえたちが、俺たちを認識できなければ殺すこともできない。認識できないんだから逆らう意識も起こらない。よって首枷が処罰することもない……ということで、【記憶改変2・思考停止】!」
説明するフリをして相手を躊躇させ、一気に全員の意識を停止させた。
「【時空遮断】!」
男たちの姿が、一瞬でかき消える。
女神の加護3【時空遮断】は、究極の隔離スキルだ。
彼らはいま、完全に現実世界から隔離され、俺が元に戻すまで、半永久的に亜空間で時空凍結処分となる。
事前に記憶を改変して思考停止させたのは、時空遮断から解放された瞬間に首枷が作動する恐れがあるからだ。
【死属の首枷】を解除する方法が見つかるまで、こうするしか彼らを助ける方法がない。だから、これは仕方ないよね?
「春都様、お見事です」
いつのまにか、イメルダが横に来てた。
見れば左腕にひどい切り傷を受けてる。
「不覚を取りました。腕一本使い物にならなくなりましたが、なんとか逃れることができました。自分の非力を恥じる次第です……」
きれいな唇を噛んで、自分の失態を責めている。
「大治癒……気にするな。死なないことが最優先だ」
いまの大治癒はレベルは6だから、切断してない限りは完全修復できる。
ちなみにレベル10まで進化すると全治癒レベル1になる。
全治癒は死んでいない限り有効だから、ここに至ってようやく切断した患部を復元できるのだ。
「それが春都様の御意志なら……」
賢いイメルダだけに、俺の考えたことを瞬時に理解してくれた。
イメルダは、大治癒の魔法で完全修復された腕を、確認するみたいに軽く振ってる。
「彼らと家族の処置は後回しだ。敵の首魁は奥の部屋にいるんだって。居場所がわかれば話しは早い。一気に潰してしまおう」
おそらくゼアルード結社の構成員たちは、砦の最重要区画を守るゴールキーパーだったはずだ。
それを無力化した以上、一時的とはいえ、敵の中枢区画を守る者はいなくなったはず。ならば好機だ!
「了解しました」
大怪我した直後というのに、まったくイメルダは動じない。
さすがは、『死ぬ直前まで冷静さを保つ』といわれる一流の暗殺者だ。
面倒くさいのはイヤだから、イメルダと一緒に2階最深部まで短距離転移する。
司令官室につながる鉄扉の前に出現した。
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