第52話 思いもしない寄り道


 ランドサム砦の一階にある兵士用のトイレ。

 そこに短距離転移した俺とイメルダは、ただちにスキル【影隠密4】を使って【影入り】態勢に入った。


 影入りとは言葉通りの意味で、影の中に潜んで姿をくらますことだ。

 【影隠密4】ではこの他に、現在潜んでいる影から離れた別の影に飛ぶ【影飛び】、影の上にいる敵を引きずりこんで始末する【影落とし】が使える。


 さらにスキルレベルが上がれば、もっと凶悪な技も使える。

 だけど……いま言っても仕方ないよな。


「イメルダ、これから1階の武器庫に行って根こそぎ武器と防具を奪う。それから地下へむかうぞ。地下にある牢獄に囚われている捕虜たちを解放するんだ。彼らに武器と防具を渡して暴れてもらう。彼らの奮闘で砦内が混乱したら、それに乗じて俺とイメルダで指揮官連中を倒す。これで作戦終了だ」


 戦争になれば捕虜が発生する。

 獣人王国軍は、ラミア狭路で獲得したセントリーナ王国軍の捕虜を後送して、ランドサム辺境砦の地下にある大規模な監獄に詰めこんでいる。


 武器庫や捕虜の存在は、セントリーナ側が事前に行なった魔導索敵で判明していた。

 出陣前にそれらの情報を小耳にした俺は、砦を攻めるついでに捕虜も解放しようと思っていたんだ。


「承知しました」


 戦闘用の黒いメイド服を着込んだイメルダが、影の中――影空間内に溶けこんだまま答えた。俺はいつもの革製の軽装具だけど、これは隠密仕様じゃない。


 最初は忍者姿になろうかとも思ったけど、慣れない服装はかえって危険とイメルダに言われて諦めたんだ。


「それじゃまず、トイレから一階通路に出たとこにある影に飛ぶぞ」


 影飛びは転移と違って、いったん影の中に沈んだあと、影の中を飛ぶようにして移動する。


 じつは離れている影も、影空間の中では、インベントリと亜空間の関係みたいに繋がってる。あ、いや、影空間も一種の亜空間なのかな? あとでヒナに聞いてみよう。


 ただし飛び先の影といまいる影を影空間内で連結するには、多少の慣れが必要だ。

 最初はなかなかうまく行かなかったけど、ヒマな時に練習しまくったら出来るようになった。


 移動している途中も、砦を揺らすほどの轟音と振動が聞こえてくる。


「セリーヌ様たち、なかなか派手に立ち回れておられるようですね。でも、やりすぎて手駒の召喚獣を使いきらなければ良いのですが……」


 影の中で俺の前を飛んでいるイメルダが、振りむきもせずに軽口をたたいた。

 彼女は天性の暗殺者だから、警戒を緩めず軽口をたたくくらい朝飯前なのだろう。


「広範囲攻撃用のアースドラゴンと爆撃用の翼竜はレベル40そこそこだけど、どちらも後方支援だから、そう簡単にやられないさ。砦に突撃する主力部隊のダークスケルトンはレベル45、それを指揮するレイスは48だから、たとえ相手が獣人兵士でも、平均するとレベル30台の連中なんだから楽勝だ」


 獣人国軍の基本的な情報は、傭兵部隊を率いることになった時、伯爵からレクチャーされたものだ。もっとも、セントリーナ王国の軍関係者なら誰でも知ってる常識なんだけどね。


「敵の有象無象は確かにおっしゃる通りだと思いますけど……さすがに指揮官や隊長クラスになると、そうも行かないのではないでしょうか?」


「それについては、リアナのレベルが52だから、使役する鋼鉄人形や木人形のレベルも52だ。レベル50越えなんて騎士団長クラスだぞ? それでもダメなら、レベル57のセリーヌがカタを付けてくれるだろうさ」


 俺たちのレベルが馬鹿げた値になってるせいで、時々この世界の常識を思い起こす必要がある。


 レベル45でA級冒険者クラス。55でSクラス。SSは60。

 一国に数名しかいない【英雄】クラスで70から80。


 これ以上はもう、勇者パーティーに参加できる大賢者とか剣聖とか大魔導師とか聖女とか……ともかく一般化できない連中なんだって。


 まあ、仲間になって日が浅いイメルダでも突貫のレベリングで50になってるから、俺たちが異常ってだけの話なんだけど……。


 一階通路には等間隔で松明が設置されている。

 だから、かならずどこかに影が揺れている。

 その影を点々と飛びながら、ものの数分で武器庫の前に到着した。


 事前に行なった精密索敵では、武器庫の前には警備兵が2人いた。

 でも今はだれもいない。


 どうやらセリーヌたち陽動班が西門を絶賛大破壊中なため、大半の警備兵が西門近くに行ってしまったようだ。むふふふ……思惑通り。


「収納」


 容量無制限の亜空間倉庫に、武器や防具を片っぱしから入れていく。

 時間は一分も掛からない。


 ――ドッゴ――ン!!!


 ひときわ大きな爆音。


「――西門が破られたぞーっ!」


 遠くから悲痛な叫びが聞こえてきた。


 セリーヌたちには、西門と砦を囲む城壁を完全に破壊するよう頼んである。


 城壁と門を壊せば、砦の中にある建物がむき出しになる。

 これでは砦の意味をなさないので、もしラミア狭路にいる獣人国軍の主力部隊が戻ってきても、ここを拠点にできなくなる。それを狙っての破壊なんだ。


「いいタイミングだ。それじゃ地下に行くぞ」


「了解です」


 まだ俺たちは、一人の敵兵も倒していない。


 いくら厳重に隠密行動してても、相手に手練の索敵スキルをもつ者がいれば、俺たちの痕跡くらいは掴めるはずだ。


 見つかってしまえば戦うしかない。

 だからいまの混乱状況は、俺たちにとって必要不可欠なものだった。


 地下への石階段は、砦の西端と東端の二ヵ所にある。

 俺たちは武器庫に近い東端の階段にむかって影飛びし、途中で数名の敵兵に影を踏まれたものの、ついに見つかることなく地下の牢獄区画へ到着した。


「イメルダ、監獄の看守を眠らせてくれ」


「殺してはダメですか?」


「できれば避けたい。無理ならしかたないけど」


「では、できるだけ……」


 そう応えるや否や、イメルダの気配が消えた。


「……う、がっ!」


 まず牢獄区画の入口にある東側の詰所で、くぐもった声があがった。


 詰所内には、天井に灯火用の魔道具が設置されている。

 そのため、通路の松明とは比べものにならないくらい明るい。

 そのぶん看守たちの影もくっきりと形成される。


 イメルダは倒す相手の影に直接飛んで、一瞬だけ背後に現われる。

 直後、スキル【刺針8】と魔法【毒牙6】を併用して、あっという間に6名いた看守を倒してしまった。


「即効性の毒ですので、瞬時に体の自由がなくなります。ですが、死ぬまでには丸一日かかります。その間に解毒すれば助かります。ただし記憶はすべて飛びますけど」


 うーむ。

 たしかに殺さないでと頼んだけど、なんか生殺しの上に、助かっても悲惨そうなんですけど……。


 通路をはさんで、左右に大部屋になってる牢屋がずらりと並んでいる。

 そのため最深部にある西側階段まで丸見えだ。


 俺たちは西側階段のそばにあるもうひとつの詰所に急ぐ。

 ふたたびイメルダが看守全員を無力化した。


「……えっと、牢屋の鍵束は手に入れた、と。それじゃイメルダは北側の牢屋を解放してくれ。俺は南側をやるから」


「春都様。あちらを御覧ください」


 イメルダは俺の指示をさえぎり、西側詰所の奥にある鉄格子を指さした。

 扉ひとつぶんの大きさしかない鉄格子だったので見逃してたけど、さすがイメルダは気づいてたようだ。


「あれって……やっぱ牢屋かな?」

「中に数名の気配がします。ただ……いずれも弱いです」


 俺たちが他人の気配を読むとき指標にするのは、おもに体内魔力だ。

 それが弱いということは、魔力が枯渇しつつあるのか、魔力を作り出す根元である生命力が尽きようとしているかだ。いずれにしろ、ろくでもない状況には違いない。


「わかった、俺が見てくる。それじゃ悪いけど、イメルダは南北両方の牢屋をすべて解放してくれ。ええと……武器は廊下に出す」


 そう言って亜空間倉庫から、さっき入れた武器を適当に放りだす。


「承知しました」


 あとの説明とか誘導は、イメルダに任せて大丈夫だろう。

 俺は踵を返すと、一挙動で詰所奥にある鉄格子の前まで飛んだ。


「重力自在、1万G」


 鉄格子全体に、センチあたり1万Gの重力をかぶせる。

 一瞬で鉄格子がぺちゃんこの鉄塊に変わった。


「灯光、うわ……」


 生活魔法の【灯光】で、真っ暗だった牢内を照らす。

 そして声を失った。


 そこには8名の女や子供が、全裸のまま鎖に繋がれていた。

 しかも壁に張りつくようにして、立ったままの姿だ。


 食事どころか、排泄すらそのままやらされていたらしく、足もとにはそれらの残滓が積み重なっている。


 ただし臭気だけは魔道具で消されているらしく、詰所も牢内もまったくの無臭だった。


「おい、大丈夫か? 俺のこと、わかる?」


 比較的大丈夫そうな大人の女に近づくと、まず状況を確認することにした。


 すぐ解放してやりたけど、事情がわからないと後で問題になるかもしれない。

 なにせ特別室みたいな牢屋に閉じこめられてるんだから、きっとワケアリだ。


「……お、お水を……」


「あ、ああ。水だな。はい」


 生活魔法の【飲料水】で水を生成して、手のひらをつかって飲ませる。

 相手が一息つくのを待って、ふたたび声をかけた。


「……見たとこ人間種みたいだけど、どっかで獣人どもに拉致されたの?」


 やや大柄だが、ざっと見るかぎり人間にしか見えない。

 獣人部隊が付近の村を襲って、略奪と陵辱をおこなった末に、非戦闘員の彼女たちを拉致したんだろうか。


。でも頭の角は神通力の源なので、根元から切り落とされました。角を無くした鬼人は魔法が使えない上に筋力も半減しますので、いまは無力です……」


「鬼人種? なんでまた?」


 俺の予想、丸はずれ……。

 たしか鬼人種は、セントリーナ王国には住んでいない。

 ていうか彼らは魔族の一員だから、基本的には魔王国の住人だ。


「私たちはカタン教団の下部組織……ゼアルード結社に属する者です。とはいっても、結社員は夫や息子たちですので、私たちはただの家族なんですけど……」


 この世界では、部族丸ごと秘密工作に従事してるなんて、かつての日本の忍者村みたいなことがよくあるらしい。おそらく彼女たちの村も、そういった類のものなんだろう。


「ん~、カタン教団? あっ!」


 すぐにはピンと来なかったけど、鬼人のラガルクが言ったことを思いだした。

 それって、この世界を滅ぼそうとしてる邪教集団で、まんま俺の主敵じゃないか。


「んん~? 鬼人が獣人王国軍に捕まってるってことは……もしかしてカタン教団と獣人王国って敵対してるの?」


 状況を見るとそうとしか思えないけど……なんか腑に落ちない。


「いいえ、私たちは人質なんです! カタン教団とゼルアード結社は、夫や息子を言いなりにするため、構成員の家族を人質にしています。なおかつ男たちにも、【死属の首枷】で絶対服従を強いているんです……そしてカタン教団は、獣人王国の王子と秘密の契約をしてるんです!」


 気力体力ともに底をついてるだろうに、鬼人の女は声を強めて言いはってる。

 そういえばラガルクも、人質を取られてるとか何とか言ってたような……。


「ってことは……隠密行動してる鬼人たちって、じつは邪神の忠実な信者とかじゃなくて、人質取られた上でイヤイヤ従わされてるの?」


「はい。もともと鬼人種は、魔王国の辺境に住む魔族の一種族でした。でも優れた肉体を持っているため歴代の魔王様に取り立てられる者も多く、それなりに栄えていた種族でもありました。でも……」


「でも?」


「いまから数十年前、私たちの一族の村にカタン教団の司祭が来て、魔王軍で最強の力を欲しくないかとそそのかし、邪神ラゴンの信者になるよう改宗を迫ったのです。力が絶対の鬼人種の中でも、私たちの種族はその傾向がものすごく強かったので、みずから信者になる者も多かったことは確かです」


 それまでは鬼神様の信者だっただろうに、力欲しさに異界の邪神に鞍替えしたのか。


 でも、あのラガルクは鬼神様への信仰を捨ててなかったから、全員が全員、心底から鞍替えしたとは思えないよな……。


「でも……そうじゃない者もいたってことか」


 だから人質が必要になる。

 ようやく俺の推理が追いついた。


「はい。まず信者になった者たちが、強大な異界の能力を授けられました。そしてその力で、信者にならなかった者を強制的に従わせるようになりました。強制された者は家族を人質にとられた上で、絶対服従させるため、異界の技術で造られた【死属の首枷】を強制させられたのです。この首枷をつけた者が支配者に逆らうと、自動的に首が切断されてしまいます。だから誰も逆らえません」


 人質を取るだけじゃ安心できないってか?

 まったく最低の連中だな。


「事情はわかった。いま砦は、解放した捕虜たちと俺の仲間の働きで大混乱だ。この隙に乗じて逃がしてやってもいいけど……あんたたちの夫や息子は、いま戦争に駆りだされてるのか?」


「ここにいる者たちの夫や息子は、すべて砦の中にいます。カタン教団の偉い人が言ってましたが、夫たちは、のため、砦の中に控えさせているそうです」


「うわ……こっちも策略を練ったけど、獣人国もそれなりに謀略を練ってたのねー」


 戦争に汚いもへったくれもないけど、それを目の当たりにすると、平和ボケしてる俺はドン引きしてしまう。


 こんなとこをセリーヌに見られたら、また鼻で笑われるんだろうなー。


「あの……お願いです。夫たちに伝えてください! もう私たちのことは忘れて欲しいと……。種族の掟を破り鬼神様を裏切ることは、鬼人としてもっとも恥ずべきことです。私たちが人質になってるせいで、夫たちの尊厳が地に落ちるくらいなら、私たちは喜んで死を選びます。それに……異界の邪神に従うなんて、死ぬより恐ろしい結果を生むはずです!」


 女の叫びに近い声を聞いて、うなだれていた他の女子供たちも、必死に気力をふり絞って声を上げはじめた。


「……お願いします」

「あたしたちは覚悟を決めてます!」

「もう殺して!」

「死にたい……」


 たとえこの場は助かっても、女子供だけで砦の外へ逃れられる可能性は低い。

 さらに言えば、夫たちは首枷で拘束されているため、一緒に逃げようとすれば即死させられる。まさに、どうにもならない状況だった。


『ヒナ……聞こえるか?』


 たまらず俺は、パーティー念話を使って呼びかけた。


『うん、明瞭。どうしたの?』


 俺は圧縮思念で事のあらましを送った。

 ヒナならうまい解決法を知ってるかもしれない……そう思ったんだ。


『現物を見ないと判らないけど……もし本当に異界の技術で造られた【死属の首枷】なら、春都のいまの能力では解放できない。異界の神の力を無効化するには、こっちの神の力が必要。それができるのは女神リアナだけ。でも今のリアナは制限されてるから無理』


 リアナは女神の力を失ってる。

 すべてを取りもどせたら助けられるみたいだけど、いまそれを望むのはムチャだ。


『わかった、こっちで何とかする。そっちは予定通り進めてくれ』


「春都様、捕虜の解放を終えました。こちらも早々に行動すべきです」


 牢内にイメルダが入ってくるなり報告した。

 ここの惨状を見ても、まったく動じないのはさすがだ。


「彼女たちを解放してやりたいけど……解放しても根本的な助けにはならないんだよなあ。どうしたもんか……」


「事情は知りませんが、春都様の御意志のままでよろしいのでは? それよりも今は、即断即決で行動することが重要です」


 たしかに、ここでうだうだ悩んでいるヒマはない。

 俺は決断を迫られた。


「わかった。ともかく彼女たちは解放する。どのみち砦内は制圧する予定だから、しばらくここでじっと隠れていてほしい。砦内の始末が済んだら、かならず何とかするから、いまは我慢してくれ。それじゃ……【隷属・拘束解除】!」


 パキンと澄んだ音がして、全員の手枷と足枷が弾け飛んだ。

 【拘束解除】は俺の特殊スキル【隷属】のサブスキルだ。


 【隷属】は奴隷を束縛する魔法や通常の拘束魔法の最上位スキルだから、格下となるそれらで囚われの身になった者なら無条件で解放できる。


 それでも【死属の首枷】だけはダメらしいから、もうどうしようもないな。


「ええと……【清浄・範囲】。【大治癒・範囲】と【大回復・範囲】」


 【清浄・範囲】で牢内を完璧に清浄化した。

 同時に彼女たちの肉体も、すべてぴっかぴかにしてやった。


 それが終ると、怪我の治療と半病人からの完全回復だ。

 またたく間に彼女たちは、鬼人種特有の、張りのあるつややかな肌を取りもどした。


「それから……これもあげる」


 インベントリを通じて亜空間倉庫にアクセスして、きれいな大テーブルを取りだす。

 そのテーブルの上に衣服やら靴やら食料やら武器防具、魔法玉やらと、ともかくこの場にしばらく篭城できるだけの物品を山積みし、自由に使っていいと言い残す。


「それじゃイメルダ。一気に2階へ飛ぶぞ」


「承知しました」


 後ろ髪を引かれる思いだけど、彼女たちのことは本来の目的とは異なっている。

 そう自分に言い聞かせると、ふたたび俺たちは影の中の人になった。


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