第51話 ランドサム砦


「た、大変です!」


 ランドサム砦……。

 ここは現在、獣人王国軍の総司令部が据えられている。

 そこの二階ににある元守備隊長室に、血相を変えた獣人兵士が駆け込んできた。


 元守備隊長室には、最終防壁用の特級魔道具【空間遮断機】が設置されている。

 なので駆け込むといっても、扉のところで空間遮断機を止めないと入れない。その作業は、扉を守っている衛兵が行なった。


「何事だ、騒々しい! いまは作戦会議中だぞ!!」


 たちまちガーゼス王子の怒号がひびく。


「まあまあ……せっかく報告にきたのですから、聞くだけ聞いてみませぬか?」


 カカルス軍司祭が、率先して進言した。

 他の者たちが黙りこんでいるのとは対照的だ。


 皆の口が重いのは、戦況が良くないせいだ。

 下手なことを口走ると癇癪を起こした王子に責めたてられる。そのせいで、軍務に直接関わっていないカカルスの発言力が増しているらしい。


「では、報告を」


 カカルスが兵士をうながして、報告の続きをするよう命じた。


「はい! 西門のすぐ外に多数の魔獣が出現しました! 魔獣の後方に人間が数名いますので、たぶん召喚魔導師による奇襲だと思われます!!」


「王国の奇襲か? こしゃくなマネを……」


 奇襲に関しては獣人国のほうが先に仕掛けている。

 この事実を、カカルスはすっかり忘れているらしい。


「そういえばリピン殿? 西門の外には、第二次侵攻軍が野営しているはずですが? 彼らは何をしてるんですか?」


 カカルスが探るような目つきで、実質的な総司令官であるリピン上級軍務官を見た。

 熊人特有の毛深く大きな顔の中で、一瞬だが小さなトパーズ色の瞳が光った。

 明らかに部外者が口を出したことに怒っている目だ。


「敵の召喚魔獣がどれくらいの戦力かわからんが、門の外にいる6000名の第二次増援部隊は、すべて臨戦態勢にある。したがっていまごろは、部隊指揮官の命令で攻撃を開始しているはずだ」


「奇襲を受けたのですから応戦するのは当然です。私めがお聞きしたのは、勝てるのかということです。本当に大丈夫ですか? 東門の外で野営している残りの部隊も、西側に回さなくてよろしいのですか?」


 軍に口を出すどころか、リピンの占有事項であるはずの采配にまで言及した。

 さすがにリピンも、小さくグルルと唸り声を上げる。


「……東門の外にいる後衛部隊3600名は、本来なら砦の中にいるべき司令部直轄部隊だ。しかしランドサム砦がせまいため、守備要員は400名しか入れられなかった。彼らまで西門側へまわすと、万が一敵が砦を迂回した場合、東門方面が無防備になってしまう。だから動かせない」


 そもそも獣人国軍は、ランドサム砦を真正面(東側)から攻め落としたわけではない。

 北にせまるプライマー山稜の南端にトンネルを掘り、砦を迂回して手薄な西側から攻めたのだ。


 自分たちが奇襲で砦を落としたのだから、同じように王国軍も、手薄な東側から攻める手を使うと考える。


 それを阻止するための東門外への布陣……たしかに動かせない。

 軍学的に見れば、リピンが行なった采配は理にかなっていた。


「それは残念です。で、勝てるのですか?」


 しつこい。

 そう感じたらしいリピンの目が警告を発している。

 ここが軍議の場でなければ喰い殺しかねない雰囲気だ。


「だから敵の規模がわからんと言っている。そこの兵士! 敵の魔獣隊の規模はどれくらいなのだ?」


「は、はい! 暗闇のため【フクロウの目】スキルを持った兵に調査させておりますが、まだ仔細報告が上がってきておりません」


 【フクロウの目】は暗視能力を強化する初歩的なスキルだ。

 だいたい肉眼の三倍くらいに増強できるが、春都の【身体強化7倍】に比べると児戯に等しいレベルの能力でしかない。


「判っているだけでいい。申せ!」


「おおよそでしたら……大型のサラマンダーもしくは火炎地竜が2匹ほど。スケルトンが数十匹ほど。レイスらしき影が20匹ほど。上空にも飛竜もしくは翼竜が飛んでいるようですが、こちらは数の確認ができていません」


「もし地竜だったら面倒だが、その他はたいしたことないな」


 すかさずガーゼス王子が余裕をかます。

 それを見たリピンが、あわてて進言した。


「ガーゼス様。レイスは魔法しか効きません。したがってレイスに対処するには、第二次増援部隊の魔術部隊が必要になります。しかし彼らには、上空の敵に対処してもらわないといけませんので、いささか魔術部隊の負担が大きすぎるかと」


「飛んでいる敵は、こちらの飛竜隊で迎撃すればいいではないか?」


「飛竜隊による夜間空中戦は、上空一帯に光源となる【光玉】を多数、しかも継続的に打ち上げる必要があります。その役目も魔術部隊ですので、閣下の案でも魔術部隊の負担はさほど変わりません」


 上空から爆撃するかぎりでは、砦のあちこちに灯されている松明の明かりが利用できる。しかし砦から見る上空は真っ暗だ。つまり敵のほうが圧倒的に有利な立場にある。


「敵は光玉なしで飛んでるみたいだぞ!? 敵にできて味方にできないはずがないだろうが!!」


 やはりガーゼス王子は、基本的なことすら理解していない。

 しかし『できないはずがない』と断定されてしまうと、部下であるリピンには反論できない。


 そこで別の観点から、遠まわしに危惧を表明した。


「そう申されましても……それに味方飛竜隊は、いま砦上空の防衛に専念させていますので、彼らを敵の飛竜隊のいるはるか上空に上がらせると砦の直近上空が丸裸になります。そこを敵の飛竜爆撃隊に突かれると、我々の頭上に物理爆弾や雷撃や火炎弾が雨アラレと降ってくる事になりますが……」


「そ、それは困るな。しかたがない、上空掃討は魔術部隊に任せる! レイスについては魔法玉でなんとかしろ!!」


 自分の身が危うくなると言われたガーゼスが、あわてて命令を下してしまった。

 だが、そもそもの大前提である『魔法部隊の酷使』という問題が解決していない。


 一般兵でも魔法玉を使えばレイスを攻撃できる。

 幸いにも砦には、カタパルトで投射するための魔法玉が100個ほど保管されている。近代戦でいえば大砲みたいな使いかたをする、いわば虎の子の装備である。


 だが、たかがレイスごときに高価な魔法玉を浪費すれば、たちまち在庫が尽きてしまうはずだ。無限に魔法玉を出せるヒナとは、根本的に事情が違っている。


 結果的にリピンの進言は、まったく役立たずに終わってしまった。


「ガーゼス様?」


 またしてもカカルス軍司祭が口をはさむ。

 しかも今度は、口を王子の耳に近づけての囁きだ。


「ん、なんだ?」


「飛竜隊も敵の魔獣部隊への攻撃に出しましょう。砦の防衛は、ですから」


「お、おう! 。しかし大丈夫か?」


「彼らと我ら聖バーラン教団とは、特別の協定を結んでおります。したがいまして、彼らが協定を破れば、たちまち獣人国を追いだされてしまうでしょう。彼らとて、それは困るはずです」


「しかし、あいつら……は信用できん。父君も邪教は認めておらんしな」


「しっ! その名をむやみとお口になさらぬように……この場にいる者には周知のことでも、表むき獣人国では邪教扱いですので」


「だが貴様は、俺の覇道を成就させるために不可欠な連中だと言ったではないか! だからこそ今回の戦争でも、取っておきの秘策として砦に呼び寄せた……そう言っただろう?」


 カタン・邪教となれば、まず間違いなく【カタン邪神教団】のことだ。

 お堅いセントリーナ王国にも潜んでいるくらいだから、宗教的な縛りのゆるい獣人国に支部があっても不思議ではない。


 しかし……。

 まさか第二王子のガーゼスまで絡んでいたとは驚きだ。


「はい、たしかに申しました。彼らは我が軍の主力部隊が窮地におちいった場合、起死回生の一手として敵本陣に送りこみ、王国軍の最高指揮官以下を暗殺するため待機させております。しかし戦線が動いておりませんので、いまは砦本体の防衛に流用して差し支えないと思います」


 ふつうの転移魔法では、厳重に展開された魔導防壁を突破できない。これは王国自慢の長距離転移陣や春都の長距離転移にも当てはまる。


 つまり、多重魔導防壁を張り巡らせた王国軍の前線基地やムーランの司令部には、ダイレクトに転移させられないのだ。


 しかし、カタン教団の長距離転移は別物だ。

 以前に春都が見た【黒い転移門】がそれである。


 異次元の邪神からエネルギーをもらい次元跳躍する方法らしく、既存の阻止手段が通用しない。簡単に言えば、魔導防壁を突破して王国軍の中枢近くまで忍び込める可能性があるのだ。


 ただし辺境伯爵や王国の王子がいる最重要区画には、この部屋と同じく特級魔道具【空間遮断機】による局所結界が張られているはず。その中への直接転移は、たとえ次元跳躍でも無理だ。


 しかし結界の近くに転移すれば、そこから最重要区画へ忍び込む方法はいくらでもある……。


「わかった、それで行こう!」


 即断即決といえば聞こえはいいが、ガーゼスのそれは軽率な判断でしかない。

 最低でもリピンの意見を聞き、この場にいる全員の同意を得てから命令を下すべきだった。


 しかし、すでに賽は投げられてしまった。

 最高指揮官が命令を下した以上、それをくつがえすには、自身の地位と命を引替えにした直訴以外ない。


 軍人堅気のリピンと言えども、家に帰れば妻と子供がいる一家の主人だ。

 それらを犠牲にしてまで、上官の暴走を止めるつもりはなかった。


 リピンが黙りこんだのを見て、残る全員もしぶしぶ顔を縦にふる。


「よし、これで決まりだ! すぐに実行しろ!!」


 ガーゼスの大声を背に受け、そそくさとカカルス軍司祭が部屋を出ていく。

 こうなるともう、誰もカカルスを止められない……。


 かくしてランドサム砦は、一気に風雲急を告げるのであった。


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