最終話 「これから」も

 翌日。

 イジメの動画の件があったその週の内に、うしおに殴られてボコボコになった顔で登校するのはまずいと考えた翔太は、風邪を引いたと嘘をついて学校を休むことにした。そして、そんな彼のことが心配だった海玲もまた風邪を引いたと嘘をついて学校を休んだ。

 そうした理由で学校を休んだということもあるが、海玲のためにもあまり大事おおごとにしたくなかった翔太は病院には行かず、翌日と翌々日――土曜日と日曜日も利用して療養に努め、翌月曜日には言い訳がきく程度に顔の痣も腫れも引いたため、いつもどおり登校した。


 それからの一週間もまたボッチのままではあったけれど、イジメを受けることはなく。

 その間に潮は、翔太からハイツ百合園に空き室があることを聞き、大家の百合里ゆりさと志保里しおりと賃貸契約を交わした。


 翔太個人としては、お世話になっている志保里に店子たなこを紹介できたことは良かったが、そう手放しに喜べる話でもなかった。

 なぜなら、実質翔太の手で、海玲と潮を引き離したようなものだから。


 潮が自力でDVをやめることができない以上、こうする以外に方法がなかったことはわかっている。

 だから、自分がやったことに後悔はない。

 そもそも後悔するくらいなら、初めからそんな真似はしない。

 けれど、そのことで何も思うところがないと言えば嘘になる。

 そんな翔太の心中を察したのか、潮が賃貸契約のためにハイツ百合園を訪れた際、彼は翔太にこう言った。


 これで良かったんだ――と。


 再来週に海玲がハイツ百合園に引っ越すまでの間、同じ屋根の下にいてもまたDVを振るうだけだということで、潮はビジネスホテルで寝泊まりするようにしていた。

 あの大きな家の中で海玲一人では寂しいだろうと思った翔太は、学校が終わった後は必ず海玲の家に遊びに行った。

 けれど、家に泊まることだけは潮に禁じられていたので、夕食を食べた後にお開きにするようにしていた。


 そして、翌土曜日。

 翔太と海玲は、隣町のクレーンゲーム店を訪れていた。

 目的は勿論、


「よしッ!」

「やたっ!」


 ウサもんストラップをゲットすること。

 今まさにウサもんストラップを落とし穴に落とした翔太は、クレーンゲームの筐体の前でガッツポーズをとった。

 隣で見ていた海玲も、声を上げて喜んだ。


 取り出し口からストラップを回収し、海玲に渡す。


「はい。夏木さん」


 海玲は、どこか感極まった顔をしながらも受け取り、


「今度は……今度こそは、大事にするね」

「僕も、大事にする」


 言いながら、スマホに取りつけていたウサもんストラップを海玲に見せる。

 海玲はますます感極まった顔をしながらも、受け取ったばかりのウサもんストラップを、自分のスマホ――潮に壊された翌日に買い換えてもらった――に取りつけ、ニッコリと笑った。


「これでまた、お揃いだね」


 よせばいいのに、海玲はそんな台詞を添える。

 当然のように、頬に朱を差し込ませながら。


「そ、そうだね」


 と応じながらも、ストレートに「お揃いだね」と言われた翔太もまた、嬉しさと気恥ずかしさのあまり頬に朱が差し込んでいた。


 そんな小っ恥ずかしいやり取りの後、クレーンゲーム店を出た二人は、特に目的地も決めずに町を歩くことにする。


「それじゃあ、お父さんとは……」

「うん。月に二、三回くらいだけど、お外でご飯を食べることに決めたの。人の目がある状況なら、お父さんも暴力を振るうことも怒鳴ることもないから」


 暮れなずむ空を見上げながら、海玲は言葉をつぐ。


「わたしね……お父さんのことを〝あの人〟とか〝この人〟とか、他人のように思おうとしたこともあったけど……やっぱりわたし、お父さんのことは〝お父さん〟って、思いたいみたい……」


 その表情は、現状における父親との関係について喜んでいるのかも悲しんでいるのかもわからない、ひどく曖昧なものになっていた。


「……ごめんね。ちょっと暗い話になっちゃって」

「それなら、僕から明るい話題を振ってもいい?」

「明るい話題?」


 訊ね返す海玲に、翔太は意地の悪い笑みを返す。


「今月の二八日に、夏木さんの誕生日があるっていう、とっても明るい話題」

「~~っ」


 ある意味、先程よりも曖昧な表情を浮かべる海玲。

 例によって、お互いの誕生日は今までのLINEのやり取りで確認済みだった。

 ちなみに、翔太の誕生日は六月六日なので、今年はもう祝えないが、


「その分、目いっぱい夏木さんの誕生日を祝わせてもらうから、楽しみにしてて!」

「た、楽しみにはしてるけど……なんか恥ずかしい……」


 と、恥ずかしがっていた海玲だったが、突然考え込むように顎に手を当てる。

 そして、先程の「お揃いだね」発言の時よりも顔を赤くしながら、どう考えても誕生日云々よりそっちの方が恥ずかしいだろうという問いを翔太にぶつけた。


「わたしと新野くんって、付き合ってるん……だよね?」

「はいッ!?」


 思わず、声が裏返ってしまう。


「な、夏木さ――」

「そこなのっ!」


 最早顔を真っ赤にしながらも、海玲は翔太に人差し指を突きつけながら力説する。


「つ、付き合ってるならっ。名字じゃなくてっ、お互いにっ、な、な、名前で呼び合うべきだと思うのっ……」


 海玲はそこから沈黙という名のモダモダをたっぷりと挟んでから、先程までの語気の強さが嘘のようなか細い声音で、翔太の顔を真っ赤にさせる言葉をつぐ。


「翔太……くん……」


 いつの間にか二人は、道の端で足を止めていた。

 

 海玲が視線だけで訴えかけてくる。


 わたしは言ったから翔太くんもっ――と。


「じゃ、じゃあ……」


 翔太もまた、沈黙という名のモダモダをたっぷりと挟んでから、意を決して名前を呼ぶ。


「海玲……さん……」


 だが、なぜか、海玲はどこか不服そうな顔をしていた。


「あの~……何が駄目なんでしょうか?」


 思わず、敬語で訊ねてしまう。

 すると海玲は、少しだけ拗ねたような顔をしながら、


「なんか……『さん』付けって他人っぽい……っ」

「いや、でも、呼び捨てはまだちょっと……。な……じゃなくて、み、海玲さんだって『くん』付けだし……」

「それは……そうだけど……」


 今度は、その名のとおりの沈黙が二人の間に横たわる。


「じゃ、じゃあ……海玲、ちゃんは……?」


 翔太は、おずおずと訊ねてみる。

 今度は、海玲はとろけそうなほどに頬を緩めていた。

 どうやら、お気に召してくれたようだ。


 これで晴れて恋人らしくなった気がする。

 けど。

 海玲に攻められっぱなしなのもどうかと思った翔太は、今度はこちらからも攻めることを決意する。


「み、海玲ちゃんッ」


 無駄に語気を強くしながら、海玲に掌を差し出す。

 

「つ、付き合ってるならッ。て、て、手を! 繋いで歩いてもいいよね!」


 今までのような、咄嗟だったり感情の勢いに任せて手を握った時とは違い、明確に手を繋ぎたいという意思を伝える。海玲はモジモジモジモジした後、いまだ真っ赤になったままの顔を満面の笑みに変え、


「うん!」


 そして二人は、仲良く手を繋いで歩いて行く。

 その際、初めて海玲の手を握った時と同じように手汗が気になった翔太は、うっかりそのことを彼女に訊ねてムードを台無しにしてしまったことは、翔太にとってはちょっと笑えないけれど。

 二人にとっては、それはそれは楽しい、思い出の一ページだった。


=====================================================

最後までお付き合いいただきありがとうございマース。

気に入っていただけたならば、ブクマやらレビューやらいただけると幸いデース。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

自殺未遂から始まる恋物語 亜逸 @assyukushoot

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ