第29話 二人で掴んだ幸せ
体が引っ張られている……そんな気がした。
(えっと……たしか僕は……)
翔太は朦朧とする意識の中、ノロノロと頭を回し、気づく。
(……そうだ! 今僕は夏木さんの家に!)
目を覚まし、上体を起こそうとしたところでまた気づく。
自分がやるまでもなく、すでにもう後ろにいる誰かが、翔太の両脇を抱えて上体を起こさせていたことに。
「あ……っ。ごめんなさい! 起こしちゃった!?」
頭の上から海玲の声が聞こえてきたので、思わず翔太は頭を後ろに倒して見上げようとするも、
「!?」
「きゃっ!?」
ふみゅん、と後頭部に柔らかな感触を感じたのも束の間、海玲はすぐさま両手を離して翔太から離れる。
支えを失った翔太はそのまま後ろに倒れ、
「おぶッ!?」
床に
「ご、ごめんなさいっ! 新野くんっ!」
悲鳴じみた声で謝罪する海玲に「大丈夫だから」とやせ我慢を返しながらも、翔太は今度こそ自力で上体を起こす。
周囲に視線を巡らせると、やはりというまでもなく、視界には海玲の家のリビングが映っていた。
海玲の父――
「本当にごめんなさい……。床で寝てたら体が痛くなるかもって思って、ソファに運ぼうとしたんだけど……」
そこから先は言葉を濁した切り、紡ごうとはしなかった。
そんな海玲の頬は、目に見えて赤くなっていた。
(ということは……やっぱり!?)
海玲の様子を見て、翔太は確信する。
先程後頭部に当たった、制服の上からでもわかる柔らかな〝何か〟の正体を。
そして、確信したがゆえに翔太の頬も赤くなってしまい、その顔を見た海玲が、翔太が
「新野くん……えとね……さっきのことは、今すぐ忘れてくれると……嬉しい……かな」
翔太は思い出す。
後頭部に当たった〝何か〟の感触を。
思い出した上で結論を下す。
どこがとは言わないが、「夏木さんは着やせするタイプなの
「ごめん……夏木さん。ちょっと忘れられそうにない」
「~~っ~~」
いよいよ耳まで真っ赤にして、若干涙目になりながら海玲は翔太をポカポカと叩き始める。
たいしてどころか本当に全く痛くないこともさることながら、潮に散々殴られた顔――間の抜けたことに、ガーゼと保冷剤ごと包帯でグルグル巻きにされていることに今気づいた――を避けて胸を叩いてくるものだから、叩かれている翔太は和むばかりだった。
海玲は気の済むまでポカポカと叩いた後、今度は恨めしそうな目でこちらを睨んでくる。
「一人でお父さんのところに行く時は、学校に忘れ物をしたとか言って嘘ついたのに、どうして今は嘘つかないの……っ」
潮に殴られた顔よりも痛いところをつかれた翔太は、包帯の下でバツの悪い顔をする。
「……ごめん。夏木さん。あの時は、そうでもしないと夏木さんに止められると思ったから……」
言いながら気づく。
海玲がここにいて、潮がここにいないということは、
「な、夏木さん……もしかしなくても……ここで起きたこと、全部お父さんから聞いた……?」
海玲はいまだ頬に残る赤色を濃くしながらも、コクリと首肯を返し、
「新野くん……わたしのこと……もらって……くれるの……?」
絞り出すように、訥々と、攻めてくる。
「いや……それは……その……」
どうにか言葉を紡ごうとするも、上手くまとまらない。
保冷剤で冷やしているはずなのに、顔が熱くて暑くて仕方なかった。
「もし嘘だって言ったら……お父さんだけじゃなく……わたしも…………怒るよ」
さらに攻めてきた海玲の言葉に、翔太は目を見開く。
「夏木さん……それって……?」
翔太の問いには答えることなく、もうこれ以上は限界だと言わんばかり海玲は顔を背ける。
顔はおろか、耳も、制服から露出している手や足も真っ赤にして。
その様子が、言葉よりも雄弁に語っていた。
(それってつまり、僕にもらわれても構わないってこと!?)
そうだったらいいなぁ――とは思っていた。
けど、まさか、本当に、夏木さんも僕のことが好きだったなんて!?
(どうしよう……)
とても嬉しい。
すごく嬉しい。
めちゃくちゃ嬉しい。
ほんの数週間前は自殺まで考えていたのに。
潮に向かって「殺したければ殺せばいい」と言った時は、イジメがつらくて自殺しようと考えたくらいだから、海玲のために殺されることなんて何ともないと思っていたのに。
今はもう自殺なんて考えられないくらいに、絶対に殺されたくないと思えるくらいに、幸せな気持ちでいっぱいになっていた。
海玲の気持ちに誠心誠意応えるために、翔太は正座する。
そして、潮が翔太に対してそうしたように、床に額がつくほどに、海玲に向かって深々と頭を下げた。
「あ、あの……どどどうか……! よろしくお願いいたします……!」
あらたまってかしこまって言われた海玲も、慌てて正座になり、翔太に向かって深々と頭を下げる。
「こ、こちらこそ……! ど、どうかよろしくお願いいたします……!」
それから、二人同時に、恐る恐る顔を上げる。
「その……本当に僕でいいの?」
「それ……どちらかというとわたしの台詞、かも」
わずかな沈黙。
そして、
「……夏木さん。『せーの』で答えるというのは、どうかな?」
「……そうだね。『せーの』で答えるのがいいかも」
「……それじゃあ」
「……うん」
「せーのッ!」
「せーのっ!」
「夏木さんがいいのッ!」
「新野くんがいいのっ!」
同時に言って、同時に聞いて、同時に笑い出す。
嬉しくて恥ずかしくて、包帯の下の顔は絶対に真っ赤になっていると思うけれど。
目の前にいる夏木さんも顔が真っ赤になってるから、別にいいやって思って。
かつては最低の
僕たちの、わたしたちの、幸せは
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次の更新が最終話になりマース。
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