第2話 鬼雨
期末テストの一週間ほど前だった。
ある晩、私はお母さんと喧嘩した。高校生になって喧嘩することが増えたのだが、あのときもまた例の眠れないことが原因だった。なぜ、私の眠りを差し出すなどという無責任な取引をしたのか。怒りが止まらない。お母さんは「それでもあなたに会いたかった」と言うが言い訳じゃないか。
いや、本当はわかってる。お母さんもお父さんも私を大切に思ってくれているってことを。
でも、この怒りはどこにぶつければいいのか。
その後とった行動に深い訳などなかった。
ただ、ふと外に出たくなったのだ。暗闇の中はどうなっているのか知りたくなった。怒られてもいいやと思った。ただ無性に外に出たかった。ひとりの夜に耐えられなかった。
夜、ひとりで外に出ない。
これは、私が親としている唯一の約束だ。我が家には門限も、スマホの使い方も、細かいルールは一切ないがこれだけは物心ついたころからの約束だったし、破ったことはもちろんなかった。
お母さんもお父さんも寝ているのを確認して、玄関のドアをそっと開けた。少し歩くと黒しかないと思っていた「夜」は明かりもあり、色もあることに気がついた。何だか変な気分だ。
午前三時を過ぎているというのに意外にもたくさん人がいて、周りの視線が痛かった。ジャージ姿で未成年が歩いていたらそりゃあ思わず見てしまうだろうと私も思う。今さらながら悪いことをしている気がしてきて、下を向いて行く当てもなくふらふらと歩いていると誰かにぶつかった。カラカラという音がして何かが落ちる。顔を上げると知ってる顔があった。驚いた。クラスの男子に会ってしまった。しかし、名前が思い出せない。
「ごめん、前見てなかった」
「いやこっちも前見てなかったからごめん」
とりあえず謝ると向こうも謝り返してきた。彼は落ちたものを拾い上げる。何だろう? 気になってしまい思わず目で追うと、それはお面だった。真っ黒のお面。夜で周りも十分暗いのに、お面は不気味なほどに黒かった。こんな時間に何をしていたのか? 聞きたいけれど、聞かれたくはない。彼も同じだったのだろうか?
「じゃあ……」
と言うと彼は私の横を駆け抜けて行ってしまった。
思わぬ遭遇で少し冷静になった。こんな時間に外にいてどうする? 親にばれたらたまったもんじゃない。帰ろう。まだ明けてない空を見上げると悲しくなった。
ああ、ひとりぼっちだ。
家に帰ると意外と時間が経っていて、もう五時になろうとしていた。いつものようにとりあえず布団に入って横になり、さっきのことを考える。誰だっけ? よく授業中寝てる人なんだけど名前がやっぱり出てこない。仕方がないのでクラスLINEで名前を調べてみる。
ああ、思い出した。
あんな時間に何をしていたのだろう? あのお面は何だったんだろう? 暗くてよく見えなかったが、何のお面だったんだろう?
そんなことを考えていると目覚ましがなった。やはり気持ちのよい目覚めというのはわからない。
外に出たことがばれていないだろうかとひやひやしながら階段を登り、リビングに入る。
「お母さん、お父さん、おはよう」
「おはよう」
いつもと変わらない返事が返ってきた。どうやらばれていないようだ。朝食を食べ、歯を磨き、セーラー服に袖を通す。
「行ってきます」
午前七時。家を出る。曇り空だ。
結局お母さんには謝れなかった。うーん、どうしたもんかね。
私は、重い足取りで学校に向かった。
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