第6話 晴夜

 十分ほど歩くと小さな神社に着いた。とりまるに言われてお面をつける。鳥居の前に立つと自然と背筋が伸びた。傍から見たらきっと私達は相当怪しかったに違いない。セーラー服とワイシャツ姿の高校生ふたりが変なお面をかぶっていたのだから。幸い人は見当たらなかった。とりまるに続いて、鳥居をくぐる。とりまるは慣れているようで鳥居をくぐると迷いなく本殿に進んでいく。

 本殿に着くととりまるは一礼し、夜中なのに大丈夫か? と心配になるくらい思い切り鐘を鳴らした。あれお? 参りの仕方って二礼二拍手一礼じゃ……そう思ってると、とりまるが横で見ててとつぶやいた。

 五秒くらいすると半透明の何かがぬっと現れた。狐に見える。これが神様なのだろうか。

「稲荷様、大烏の使いの者です。預かって頂いている家宝を受け取りたく参りました」

 驚く私を尻目に、とりまるは恭しく狐に言った。

「よかろう。では交換の品を」

 狐は例のガラス玉のようなものをとりまるに差し出した。とりまるはどこからともなくお稲荷さんを出すと狐に渡し、玉を受け取った。

「大烏によろしく」

 満足げにお稲荷さんを受け取った狐はそう言うと消えていった。


 鳥居の外に出ると、とりまるはお面を外して大丈夫だと言った。

「お疲れ様、ポカリ。どうだった?」

「私何もしてないけどね。何かすごかった。神様って本当にいるんだね」

「あははっ。いるって言ったじゃん! こうやって神様一体一体から神様の好物と交換で家宝を返してもらうの」

「お面は何でするの?」

「あーあれは俺らが大烏って言ううちの神社の神様の使いですよってことを示すためだよ。あれがないと神様出てきてくれないの」

「勉強になります」

「あはは、いい弟子を持ったなあ」

 とりまるが冗談ぽく言い、私の緊張がほぐれていく。

「まだ時間大丈夫? もしよかったら、また昨日の公園でポカリの話を聞かせてよ」

「うん、五時までに家に帰れば大丈夫。私もとりまるに聞きたいことたくさんあるから行こう」

「え、なに!?」

 とりまるおどけたように言うと、公園に向かって歩き始めた。

「叶えたいことって何? 昨日教えてくれなかったじゃん」

「あー隠すつもりはなかったんだけど、暗くなっちゃうかなと思って話さなかった。何かごめんね」

「いいよ、聞きたい」

 とりまるは軽く深呼吸するとゆっくり話し始めた。

「俺の母さん、もともと体が弱くて、二年前に病気で死んじゃったんだけど、死んじゃうちょっと前に母さんと約束したんだよ。うちに伝わる伝説を使って、高校生になったら元気な姿を見せに行くって。母さん、俺が高校生になるのを見れないのが悔しいって言ってて、だから……

伝説が本当かもわからないし、もし本当でも会えるかもわからないけどやるだけやりたいんだ。」

「……会えるよ、きっと。

家宝だって、他の神様だってこの目で見たんだ。願い事だってきっと叶うよ」

 これくらいしか言えなかった。私にはお母さんもお父さんもいるから、とりまるの気持ちはきっとわかってあげられない。聞きたいとか言った自分が恥ずかしかった。

「ありがとう、ポカリ。

いやー、いい弟子を持ちましたねえ」

 とりまるは軽く息を吐くと重い空気を振り払うかのように明るく言った。

「それで、ポカリさん

ポカリさんは何を叶えたいのかな?」

 ポカリさんと呼ばれて何だかくすぐったい。

「私はもちろん眠れるようにしてくださいってお願いする」

「あーそりゃそうか。

ねえ、眠れないってそんなに嫌なの?」

「いやだよ。だってひとりぼっちだし、やなことあっても考えるのやめられないし。……いいことないよ」

「そっか……

そういえば、いろいろあってって言ってたけど、どうして眠れなくなったかわかってるの?」

「なんかお母さんが私が生まれる前に神様と取引したらしいんだよね。子供を授ける代わりにその子供の一生分の眠りを差し出せって。ほんと馬鹿げてるよね。勝手に人の睡眠奪うなって」

 言ってから「しまった」と思った。とりまるからお母さんが死んでしまったという話を聞いたばかりなのにお母さんの話をしてしまった。どうしよう。私が焦ってると、とりまるはそんなことは全然気にしてない様子で続けた。

「あはは、そりゃ災難だったね。

でも、ポカリのお母さんも神様と取引なんて面白いことするなあ」

 他人事だと思って笑いやがって。腹が立つはずなのに何だかつられて笑ってしまう。


 気がつくととっくに公園についていた。

「聞きたいこと聞けたし、作戦会議しよっか」

 うんとうなずく。

「今日は近いとこに行ったけど、俺が最初の方、近いとこばっか行っちゃったからもう近場はほとんど残ってないんだよね。どこもここから歩くと三十分以上かかっちゃうから、まあ頑張ろう」

「了解。あと何ヶ所くらいあるの?」

「うーん、ざっと四十くらい?

 俺、頑張ったっしょ? 全部でもともと百ヶ所だったんだよ」

「とりまるすご! ふつうにすごい!」

 照れたように笑うとりまるがちょっとかっこよく見えた。いや、夜で暗いせいかな?

 何だか恥ずかしくなってきて、話題を変えようとずっと気になってたことを聞いてみる。

「あとさ、とりまるは毎日寝ないで夜活動して大丈夫なの? その、体調とか

ほら、もう学校休みだから授業中寝れないし……」

「あはは、ポカリは優しいな。俺は帰ったら十時くらいまで寝るから大丈夫だよ。あーでもなぁ。毎日はやっぱ辛いから、毎週日曜日は休みにしようか。週一回休みがあっても夏休み中に終わりそうだし」

「うん! そうしよ。無理しないで頑張ろう」

「おっけ。じゃあ、今日はもう解散にしてまた明日同じ時間にこの公園で!」

「うん、じゃあ」


 とりまると別れて家に帰る。初めてのミッションクリアの興奮からか、とりまるのせいなのか、顔が少し熱い。


 夜にひとりぼっちじゃないっていいもんだな。


 家に帰ると、よかった、お母さんもお父さんもぐっすり寝ていた。

 まだ五時じゃないが、ちょっと疲れたので布団に入った。

 眠れはしないけど、何だか気持ちよかった。目覚ましをかけていたのを切ってみる。今日は思う存分ごろごろしよう。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る