第7話 曇天
次の日も、またその次の日も、私達は公園に集合しいろんな神社に向かった。生まれてからずっとこの町に住んでいるのだが、思っていたよりも知らない場所ばかりで毎晩発見ばかりだった。
だんだんとどの神様に何をお礼として供えればいいのかわかるようにもなった。
動物の神様は大抵食べ物を好んだ一方、人の姿をした神様は「今」の文化、例えば漫画やタピオカなどを喜んだ。まさか神様と漫画の話で盛り上がると思ってなかったし、ましてや神様がタピオカを飲んでいるのを見ることになるとも思わなかったがまあ面白かった。
最後に願い事を叶えてもらえるっていうのはもちろん魅力的だったけれど、それがなかったとしても、ずっとこの時間が続いて欲しいと思うくらい、とりまると過ごす夜は楽しかった。
そんなある夜のことだった。あれは確か十九回目に私が訪ねた神社だったと思うのだが、いつもの通り取り引きを済ませ、帰ろうとしていたところを神様に呼び止められたのだ。女の人の姿をした、美しい神様だった。
「小夜姫!」
帰ろうと背を向け、歩き出した私達に向かって彼女はそう呼びかけた。
いや、誰だよ。
思わずつっこみそうになるのをこらえた私は偉かったと思う。
「そこの女の子! 小夜姫ではありませんか?」
「申し訳ありませんが、私の名前は藍です。帆刈藍。小夜ではありません。人違いではないでしょうか?」
ところが戸惑う私に彼女はこう続けた。
「いや、あなたは小夜姫です! ――だってあなた眠れないでしょ?」
眠れないことを知っているのも驚きだが、いや、だから小夜って誰だよ。
「確かに、私は眠ることができませんが小夜ではありません」
「ふふっ、そうね。知ってるわ。小夜って言うのはあなたの眠りを受け取った神様の名前よ。ごめんなさい、紛らわしかったわね。私達神様の間ではあなた有名なのよ。小夜のお姫様、小夜姫って」
神様の間で有名なのはまあ置いとくとして、私、お姫様っていう扱い受けてないんだけどなあ。思わず苦笑いしてしまう。
どう答えたもんかと悩んでいたところ、
「せっかくだしもっと話を聞いてみたら? 最後に願いを叶えてもらうときの参考になるかもしれないし」
と、横で聞いていたとりまるが言うので、少しこの神様と話してみることになった。
彼女の話は主に私のお母さんがした取り引きのことと小夜についてだった。
まずはお母さんから聞いてたのと同じ話で、私をお母さんに授ける代わりに私の眠りを小夜って神様に差し出したということ。
初めて知ったのは小夜についての話だ。
なんでも小夜は神様になる前、とても眠ることが好きだったらしい。ところが神様になると眠れなくなってしまっていた。そこで小夜は、約三十年に一度(三十年というのは人間が一生で眠る時間らしい)子供に恵まれない母親と取り引きし、眠りを得ることでそれを楽しんでいるのだという。
あと、これが一番重要なのだが、小夜は私の眠りをどうも気に入ってるらしく、返してくれるかはわからないそうだ。
お母さん、なんて面倒な神様と取り引きしてくれたんだ。
ていうか、神様に気に入られるほど気持ちいい眠りとか私が経験したかったよ。
そんなことも思ったけど、不思議と眠りを返してもらえないかもしれないというのをそこまで残念には思わなかった。
きっと一ヶ月前の私ならみんなのように眠りたくて仕方がなかったに違いない。でも、眠れないからこそできたこの夜の旅は、そんな悩みを忘れさせてしまうくらい楽しかった。
「今日はありがとう。気をつけてお帰り。ひまになったら、いつでもいらっしゃい」
彼女と別れ、鳥居をくぐってもとりまるはお面をとらなかった。
「ごめんな。願い事一つ叶うとか言ったくせに、叶えられないかもしれなくて」
その言葉に驚いて、そんなことないと答えようとすると、それを遮るようにとりまるは続けた。
「きっとポカリはそんなの気にしないとか言ってくれるんだろ?
でも俺は気にするんだよ。俺が誘ったくせに俺しかいいことなくてほんとごめん」
何でとりまるがそんなことを言うの?
私はもう十分とりまるからもらってるよ。
とりまるに少しでも私の気持ちが伝わるようにと願いながら私は言葉を紡いだ。
「とりまるが気にすることない。
私は、たとえ眠りが取り返せなくても、願い事が叶わなかったとしても、この夜の冒険をやめたくない。
そもそも、とりまるの提案に乗ったのだって願い事が叶うからじゃないよ。
そりゃあ願い事が叶うのはいいなって思ったけど、それ以上に面白そうと思ったから、とりまると毎晩過ごすのが楽しそうと思ったからだよ」
ちゃんと伝わったかな。少し長すぎる沈黙に不安になっているととりまるは消えてしまいそうな小さな声で言った。
「……うん、ありがとう。俺の方こそポカリといて楽しい。……ちょっとごめん、俺今お面取れないや。きっとすごい顔してる」
「あははっ。どんな顔だよ」
恥ずかしくなって思わずとりまるのことを茶化してみたけど、自分の顔も何だか熱くて、きっと赤くなっていて、夜でよかったと思った。
静かに夜が明けていく。
行きよりも帰りが長く感じた。
公園に着いてほっとしたのは初めてだった。
「また明日」
それだけ言って家に帰った。
次の日はちょっとだけよそよそかったのを覚えている。とりまるが好きだなあ、そう思った夜だった。
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