その日も電車は人で満杯だった。

yasan8

(本編)

その日も電車は人で満杯だった。

公園のベンチから見上げると、窓から見える乗客は、ぎっしりと車内を埋め尽くしていた。

毎年のように例年にない猛暑といわれた夏はあっという間に過ぎ去って、心地よい風が公園の砂場をなぞった。


私も数ヶ月前は、あの中にいた。

年末年始の長期休暇がはじまる前日、同期にさそわれて宝くじを買った。

「連番とバラを10枚づつ」

このふたつを頼んでいればいいというので、従った。

ふとみると同期はいくつも買っており、重ねると文庫本のようだった。

はじめて触る宝くじは、お札のようなサイズで、ペラペラで薄かった。

10枚はセットにされていて厚みはあるものの、なんだか心もとなかった。

これで、六千円か。ランチ何回分だ?

宝くじがあたったらどうするかという、話しをして、良いお年をと別れた。


今の会社に新卒として入社してから、一人暮らしを始めた。

実家は近く、年末年始だからといって特別に帰る必要もなかった。

同じように実家に帰らなかった友人が数人と我が家で集まり、鍋を囲んでいた。

狭い部屋は鍋の湯気と暖房で、じんわりと汗をかく暑さになっていた。

「え、意外。宝くじなんて買うの?」

「あーーさっき話した、同期に誘われて、仕方なくね」

言われて、郵便物の上に置いて、それっきりだった年末の買い物を思い出した。

興味ないことに手を出すもんじゃないな。

セットには最低でも1枚あたっているらしい、最下位の300円。2セットを買ったから600円か。ランチ1回にも満たない。

高い勉強代だ。

「これ当選しているの?」

「いや、まだみてない。今日発表だったかな」

「私が調べてあげよう」

発表されているネットのページをみながら、友人たちは私よりも楽しそうに、1等あたったらどうするかと話していた。

600円の使いみちなど、ランチの足しになるしかないのに楽しそうなことで。

台所で雑炊の準備をはじめた私の耳に、友人たちの叫び声が聞こえた。


仕事やめた。

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