失われた通信手段

「電話ボックスの実地調査に行くぞ」


エヌ博士の興奮気味な突然の宣言に、助手のエス氏は面食らった。大陸沈没以前の文明発掘調査はもはや珍しいことではないが、それは大きな建築物や地形に限った話なのだ。情報通信の小さな遺物を探しに行くには、海はあまりに広く、危険である。


「行くったって、電話がどんなものかも分からないのに、どうやって探すんです」

「たった今新発見をしたのだ。大陸時代の通信手段がようやく明らかになる。古代のコミュニケーション手段研究がこれで大きく進むぞ」


そういってエヌ博士はある画像を見せてきた。


「これは通信にまつわるあらゆる史料からなんとか電話ボックスの形を特定した結果だが、どこからこの箱に入るのかも通信の仕組みも分からない。だからこの箱を海から引きずり出してきて全てを明らかにするのだよ」

「しかし、前の学会で、大陸時代の末期にはこうした固定通信手段は減っていたと言っていたではないですか。それを見つけるのは相当骨が折れるでしょう」

「その通り、長い調査になるだろうから、相応の準備をしてくれたまえ」


エス氏の不安通り、電話ボックスの調査には長い年月を要した。海中に調査可能な都市を見つけ、画像通りの遺物を探して回った。博士の発見から10年が経とうという頃、やっと電話ボックスが地上へ引き上げられる日が来た。顔を涙でぐしゃぐしゃにするエヌ博士と小躍りして喜ぶエス氏の視線の先では、一本足のついた赤い箱が、平たい口を退屈そうに開けていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

人間代表のショートショート 人間代表 @ningen_daihyo

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ