白き偽りの純潔、赤き女に染めて

衣瀬有

第1話

 

 え、待って、ちょ、えっ、待って待って? え? え、ちが、え? 嘘でしょ?


 ――生理がきた


 予定日にはまだ何日かある。そもそも予定日なんて参考程度でその日に確実に生理がくるわけじゃないから当てにはならないけど。数日から一週間、一か月とかズレるのは当たり前。当たり前なんだけど、なんだけども……。

 ここ学校だし、ナプキン持ってないし、保健室行かなきゃ。え、でも、そういえば、なーちゃんが保健室でナプキンもらったとき保健の先生からすごい嫌味言われたとか言ってたっけ。えー……だるいなぁ。でもな、ずっとトイレに籠もるわけにもいかないし。どうしよう。

 悩んだ末に私は下半身に細心の注意を払いながら保健室へ向かった。


 なんで保健室って一階なの? なんで? マジでキレそうなんだけど。

 ナプキンがあっても生理中の階段はだいぶ鬼門である。歩くのですら不安になるのだ。立ち上がる動作やちょっと座る向きを変えただけで、膣口から経血がどばぁっと出ることがある。ナプキンがなく、トイレットペーパーで応急処置を施した私にとっては生きるか死ぬかの瀬戸際だ。

 案の定、保健室でナプキンをもらったら嫌味をしこたま言われた。

 なんで持ってこないの、普通生理中じゃなくても持ってるはずでしょ、保健室でいつでも貰えるとか思わないで、予定日くらい把握しときなさい、中学生ならまだしも高校生なんだからちゃんとわかるでしょ。

 あーあ……、きもい。きもいきもいきもいキモいキモいキモい。気持ちわりぃ。

 別に好きで女に生まれたわけじゃねぇよ、糞ババァがよ。なんだ、おめぇはもうババァだから終わってかもしんねぇけどよ。誰も好きで女で、子どもができる身体で、子宮なんて余分に内蔵増やしたわけじゃねぇよ。できるなら私だって子宮も卵巣もとり除いて血たらたらしない身体にするわよ。まあ、子宮なくなっても月経がなくなるなんて保証ないけど。

 あー、もう、胸糞わりぃな。


 生理二日目、最悪です。今日は二時限目に体育があります。つみました。お腹ぐるぐるです。気持ち悪いです。正直、学校すら休みたいです。

 んなことが叶うはずもなく、私は鉛のような身体をどうにか動かす。

 クローゼットの引きだしから白のブラジャーを取りだした。今日はなんとなく白の気分だった。それを布団に放ると、気だるげにパジャマを脱いでいく。小さくもなく大きくもない膨らみとその先にある突起物が露出された。寝るとき私はブラジャーをしない。睡眠時はできるだけ楽な状態で寝たいからブラジャーはつけないようにしていた。乳房をカップに納め、背中のホックを止める。

 次にクローゼットから白いワイシャツを出し、袖を通した。ボタンをしめる手が下腹部の位置にきたとき私はふと姿見に映る自分へ視線をやる。

『制服っていいよね』

 誰かがそんなことを言っていた。誰だっけ、わからない。

 ワイシャツの真っ白さは一見、清らかで純潔そのものにみえた。けれど、それはワイシャツが白いだけで自分自身の清らかさはどこにも証明されていない。私だって処女じゃないことをずっとこの白で隠している。

 誰も知らない、私だけの色を制服という白で上書きしているの。可愛いからという理由で短くしたプリーツスカートも淫らに濡れた痕跡を覆い隠すためのもの、少しでもおしゃれにこだわって結ぶリボンタイは密かに触れた温もりを誤魔化すための装飾品にすぎないし、紺のハイソックスだって愛され悦ぶことを覚えた足先を抑制しているのよ。

 他校の彼氏に生理がしんどいって言ったら、じゃあ止めてあげようか? って笑いながら返してきた。冗談だってわかっているけど、半分本気で頼もうかなって思っちゃうくらいには彼のことが好きで、無責任で性悪なことを考える女だから、私は制服しろいろで自分を塗りつぶしている。

 けれど、たまに。本当にたまにね、なにもかも全てリセットしたくなるときがあって、そんなときね、思うのは制服の白さを無くしてしまおうってこと。ワイシャツを赤く、赤黒く、それこそ経血をべっとり染みこませて、女の色をつくるの。それを身に纏って、私は清らかでも純潔でもなくて、十五歳で処女を捨て、十六歳で売春経験を積み、十七歳の今も他校の彼氏がいながらネットで知り合った女の子とセフレ関係にある、極々普通の女子高生でーすなんて、嘯いてみせるの。

 星の数ほどの色が溢れている中で、制服は白く、私は赤く、理想は赤黒くってことだけが確かだった。赤を隠すために白で重ねて偽りながら、赤黒さを求めている。そうやって、毎日を生きている。でもそれはきっと私だけじゃない。

 世の中には一体どれだけの女の子がその白さで自分をいろどっているのだろう。

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