第3話 エピローグ
窓から西日が差し込む。外はすっかり夕暮れである。
誰もいない教室でふたりきりだった。
「りんご怒ってたな」
彼の唇が動いた。大きな欠伸をして彼は眠そうに目元を擦る。所作ひとつひとつがゆっくりで優しい。
「なまらのせいだからな。村人なのに狂人みたいなことするから」
スマホの画面を見ながら彼は不満そうに声を漏らす。
「ごめんって」
昼休みに行った人狼ゲームで本来なら村人の勝利で終わったはずが、人狼の勝ちで勝負がついた。私が人狼にではなく、村人側に、りんごに票をいれたことで村人は負けてしまったのだ。
勿論、りんごは怒り、彼女と同じクラスだったむすびと私は昼休みが終わった後も文句を言われつづけた。私はともかくむすびに関しては完全にとばっちりである。
「……なんでオレにいれなかったの」
むすびは人狼だった。りんごとの決選投票でむすびに投票すれば村人は勝てたのだ。
「いれたくなかったから」
そう、いれなかったのではなく、いれたくなかった。むすびが処刑されるくらいなら負けてもいいからそれ以外に投票しようと思った。
「答えになってねぇし」
静寂が流れる。
私はこの時間が好きだ。他のみんなといるときとは違ってむすびとの時間は静かな時間が多い。普段はふたりとも口数が少ない方なのである。言葉を交わさなくても、いっしょにいられるだけで心地よかった。
夕陽に照らされて、むすびの表情に茜色が重なる。
いつからだろう、むすびから目を放せなくなったのは。
いつからだろう、むすびのことばかり考えるようになったのは。
いつからだろう、こんなにもむすびという存在に夢中になったのは。
のびた前髪の細い毛先や俯いたときの伏せた目、薄い色素の頬に少しだけ乾燥している唇。意外と体躯がしっかりしているところとか、くっきりと血管がみえる骨ばった男らしい手とか、彼を形成するパーツのひとつひとつが余すことなく愛おしい。
「好きだから」
顔を上げてむすびはスマホの画面から私へと視線を移す。
「むすびが好きだから処刑したくなかったんだよ」
彼は瞠目する。僅かに開いた瞳孔が私をしっかり捉えていた。けれど、そんなのは一瞬間のことで、すぐに顔を逸らされてしまった。
「それ、どーゆう意味で言ってんの」
低い声が私の耳に届く。
彼を見ていたら、思わず私の気持ちを伝えたくなってしまった。ただ、それだけ、たったそれだけのことなのだ。
「……つーか、ゲームだし」
ぼそりと呟いた彼の横顔がほんのり朱に染まっていたのも、きっと夕やけのせいなのだろう。
夕やけ狼 衣瀬有 @iseyuu615
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