第5話

「十二年前の火事で両親を亡くして以来な、炎の中に両親を見るようになったらしい」

 代官所の牡丹餅は美味い。思いながら瑠璃べえはうらなりの動機にへぇんと鼻を鳴らした。

「最初は小さな火だったらしいが、ある日丁稚を務めていた店を燃やしてしまったらしくてな。その時に見えた鮮烈な両親の姿が見たいと、火付盗賊になったらしい」

「こっちだって見れるもんなら見たいってもんだ。こちとらも同じ火事で母親亡くしてるってのに」

「それだけ親父殿を信頼していたと言うことだろう」

「二年でお陀仏になっちまってもかい?」

「お前は頑固な娘だったからなあ」

 はっはっは、笑う信忠の声には貫禄がある。縁側で指に着いた餡を舐めながら、瑠璃べえは父の死に顔を思い出そうとした。

 出来なかった。

 出て来るのは十手とちゃんばらで遊んでいた、楽しい思い出ばかり。

 親として接した時分は決して長いものではなかったが、それでも楽しい思い出ばかりなのだ。父も、母も。

 誰も傷付けなくて良い思い出し方を与えてくれて良かったと、瑠璃べえは胸を撫で下ろす。

「それにしても十四の娘が瑠璃べえを名乗るのは、そろそろ難しくなって来たのではないか? 頭を月代にする、などと言い出さないか、こちらは冷や冷やものだぞ、毎日」

「あら、なら長谷川様が側室に貰って下さる?」

「正室もないのに出来るか、そんな事」

 はあっと信忠が息を吐くと、

「そうでいそうでい、瑠璃っこの婿はあっしが見つけるんでい」

「いやそこはあたしが」

「いやいや俺が」

 どこかに潜んでいたものか、与力仲間や同心、岡っ引き、晴日の親分迄出て来てやいのやいのとやりだした。

「おとっつあん達が信用できないから、長谷川様に身を寄せようかってんだよ。まったく、いつまでも子供扱いして。こちとら恋を知る年頃だよ!」

「瑠璃が!?」

「お瑠璃ちゃん、誰か気に入った男が出来たのかい!?」

 居ると言えばいるしいないと言えばいない。昔から兄のように接してくれたこの代官を本気で好いているなどと、誰が言えようか。餡を舐めて、さあてねえ、とそ知らぬふりをすれば、庭には男たちの肩を落とした群れが出来ていた。これが火付盗賊改方の裏の姿などと知るものはいまい。いてはならない。こんな情けない。とっつぁんたち。

 くふくふ笑う瑠璃べえは袴に蓬髪姿だ。いつか勝山髷をいちいち崩さなくても良い日が来るのかもしれない。その時隣にいるのが今も隣で頭を抱えている人だと良いな。などと思いながら、瑠璃べえは、お瑠璃は、空を見やった。


 ――今日も大江戸は、日本晴れ。

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女与力・瑠璃べえ ぜろ @illness24

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