第4話

 瑠璃べえが長屋を根城にしている猫と遊んでいる時の事だった。かんかんかんかん、半鐘が鳴る音がした。実は瑠璃べえは種をまいておいたのだ。放蕩者の父のお陰で飯もろくに食えない、刀を売るしかないと。すると向こうも心得たもので、お腰が寂しいのは嫌でしょう、竹光などいかがか、と、さらに値切って来たのだ。なくなく竹光と僅かな銭を手にした娘――瑠璃として芝居をしてから、こそりと質屋の連中を見る。丁稚は風呂場で見た中にいた男だった。おそらくは引き込み役なのだろう。確認をしてから瑠璃べえになり刀を取り返してくる。しかし竹光は返さなかった。これはこれで、使い道がある。

 はかま姿で走って行くと、案の定質屋の一部が火を上げていた。だがそれはすでに消し止められかけている。晴日の親分さんに、なるべく濡らした手ぬぐいを持ち歩かせるように頼んだせいだろう。一斉に集まってきた十手持ちがその湿気で火を止めたのだ。幸い怪我人も移り火もない様子で、瑠璃べえはホッとする。だがそれで終わり、と言う事でもないようだった。

「おい! さっさと出て来ねえか、てめえらのやったことはすっかりお見通しなんだよ!」

 馬に乗って来た与力仲間から自分の馬を受け取った時、うるひぇ、と幾分ひっくり返った声が聞こえた。

 盗賊団だった。火に紛れて強盗をしようと思っていたのだろうが、それがいち早く見つけられ消し止められたことで質屋の中に袋の鼠状になっていたのだ。質屋夫婦を人質に立てこもっているらしい。だが人数は多くない、五人――否、一人足りない。

 瑠璃べえはふと、見物人を睥睨した。そこにはあの火付け役のうらなりがぼんやりと突っ立っていた。馬の鼻をそちらに向け、瑠璃べえは怒鳴りつける。おい。

「ひえ」

 身体の大きな馬に驚いたものか、男は声を上げた。

「火付け役。てめぇどうしてここに居る」

「ひ、火付けなんてあっし、あっしは」

 ざわざわと人垣が揺れる。火付け、火付け。一触即発の空気に、どうにでもなれとでも思ったのか店の奥から親方がそうだ、そいつが火付けだ、と声を上げた。

「そいつのしたことに比べたら俺達なんて安いもんよ! 金を盗んで市井に返す、義賊だ! 盗賊なんてとんでもねぇ!」

「ふざけるな! 小銭ばらまいただけで殺した十何人の命が償えると思うんじゃねぇ!」

 瑠璃べえは啖呵を切ったが、いかんせんまだ子供の声では大した威力にもならなかった。

「だあってろひよっこが! こっちだって身代賭けてんだ、儲けがあって何が悪い!」

「何もかもだよすっとこどっこいが! 身代賭けるならまっとうに働け! 盗み働きなんて働きに入らねえんだよ!」

 そうだ! と声が上がり、広がっていく。うらなりは町人たちにふんじばられ、涙目だ。たのみの世論にも否定された四人の強盗は、ぐぬぬと呻いている。人質にされた質屋夫婦は生きた心地がしないだろうが、ここはしばし辛抱してもらうしかない。親方が白刃を閃かせた瞬間。瑠璃が投げていたのは腰に差していた竹光だった。鋸で歯を作ってあったそれは、掠れるだけでも痛い。もしかしたら白刃ですっぱりやられるよりも、ヒリヒリとして痛いだろう。その隙に岡っ引きたちが質屋になだれ込み、まずは質屋夫婦を逃がす。それからの取りものには市井の連中が騒ぎ立て、馬が興奮して大変だった。と、そこに岡っ引きたちをすり抜けて親方が長ドスを持って向かって来る。

「瑠璃!」

 思わず飛んだ晴日の親分の声に、しかし瑠璃べえは落ち着いて馬から飛び降り、懐の十手で長ドスをさばいた。安物だったのかぽきんとすぐに折れてしまったそれに、しかし盗人は残った刃を向けて来る。

 それを弾いたのは太刀だった。

「長谷川様!?」

 驚いたのは瑠璃べえの方だった。

「見苦しいぞ小悪党どもが!」

 キンと響く声は二十代半ばながら貫禄がある。男は良いよな、声変わりがあって、などと瑠璃べえはとんちんかんな方向に考えながら、代官・長谷川信忠の登場にわっと沸く市井を遠くに感じていた。余計に興奮しかける馬の背をよしよしと撫でてから、晴日の親分が盗賊の頭目に縄をかけ、ついで市井に捕らわれていたうらなりにも縄を打つ。大手柄だった。そこまで追い詰めたのが誰にしろ。

「者ども、ひっ捕らえた者を連れて来い!」

 目鼻立ちもはっきりして眉目秀麗な若き代官に、五人の盗賊は連れられて行った。瑠璃べえも馬を戻すためにそれに続く。あのうらなりは拷問部屋に入った途端に小便ちびってすべてを告白するだろうな、などと思いながら。

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