第3話

「ありゃ義賊だよう、坊主」

 髪を解し蓬髪の浪人風に髪を纏めた瑠璃べえが聞き込みをすれば、件の盗賊たちはそう呼ばれているらしかった。

「火を点けるのは質屋や庄屋、しかも適度に焼け残るような火を点けて、奪った金は近隣にばらまく。あたしゃ長屋暮らしだからおこぼれに与った事はないが、それでもああいうのを義賊って言うんだと思うねえ」

「人死にが出ててもかい? おかみさん」

「そりゃ気の毒だとは思うよう。なんでも刃物で一撃とか言うし。でも一撃で殺してくれるなら、火の中を逃げ回るよりましじゃないかねえ」

「人死ににまし悪しなんざないと思うがね」

 団子をぶちっと竹串から切り離して食うと、そりゃそうだけど、と団子屋のおかみは口ごもる。四文銭を二枚出してごちそうさん、と瑠璃べえは立ち上がる。茶もなしにみたらし団子を二本も食ってしまったからか、少々喉が渇いた、手近な井戸を探してつるべ落としの桶を落とすが、かこん、と水が尽きている音しかしない。せめて川でもあれば、と思うが、しばらくはないようだった。しかし井戸の水がこんな日和で枯れるのかと、瑠璃べえは怪しむ。周りを見渡すと商店が並んでおり、そこには質屋も入っていた。あまり良い噂を聞かない質屋ではあったが、その最寄りの井戸が枯れていると言うのは頂けない。

「おう、どしたい瑠璃」

「親分さん」

 父の十手持ち仲間だった晴日はれびの親分――雨の日は仕事を極力しないところから付いた綽名だ――に、瑠璃べえは実は、と話す。井戸端会議だった。

「そりゃ怪しいねえ、確かに」

「夜だけで良いからこの辺の見回りしてもらえるかい? 親分さん」

「そりゃあ吝かじゃないが――いやしかし、親父さんに似て来たねえ、瑠璃は」

「親子だもんよ、当たり前だろう?」

「そう言うんじゃなくて、なんて言うのかな、感じがねぇ。十手持って泣きじゃくってた餓鬼とは思えねえよ、くははっ」

「いつまで言われんだ、十年も前の事……で、親分さん。親分さんの了見ではこれ。義賊と見るかい?」

「いんや、見ないね」

 即答だった。

「適当にばらまいちゃいるが、大元の儲けはもっとでかいだろう。質屋なら質流れ品が、庄屋なら米がある。どっちも売りさばきようによっちゃ巨万とまではいかんが良い儲けだ。焼けちまったとあっちゃ誰も責められない。狡い手だよ、まったく」

 親分も頭を掻いた。ぼろぼろとフケが落ちる。自堕落な性質なので湯屋にも滅多に行かないのだ、夏以外は。

 火付強盗が義賊だと言われなかったことにホッとして、瑠璃べえは井戸の淵に腰掛けた。人死にを出す義賊なんてあったら堪らない。人死にどころか積極的に殺しているなんてのは、絶対に義賊じゃない。否、義賊なんてものをそもそも瑠璃べえは信じていなかった。小銭のために人を殺す人間の方がよっぽど分かりやすい。他人のために人を殺して小銭をばらまくのなんて、どうかしている。自分にも利がなけりゃ、やっていられない。あのうらなりも小銭で雇われた口かな、瑠璃べえは何となくそんなことを考えた。積極的に悪事をするようには見えなかったからだ。向こうの親方とやらが強引に連れて来たのかもしれない。が、そんな事は牢に入れてから訊けば良いし、本当のところは興味もない。悪人はお白州に引きずり出す。それが与力や岡っ引き、十手持ちの仕事だった。そして瑠璃べえはそれに誇りを持っていた。父が死ぬまで通した仁義だ。自分がそれを途切れさせるわけには行かない。

 それから二言三言会話をして、二人は分かれた。瑠璃べえは夜の為に早寝をし、晴日の親分は情報共有に他の十手持ち仲間と連絡を取りに先手組の詰め所に。必ず誰かが質屋周りにいるように。枯れ井戸には蓋をして、使えないように。


 そうして三日間が経った後、事件は起こった。

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