妹のコスプレ姿に惚れた俺が「同人誌のモデルになってくれ!!!!」と土下座する話

海月くらげ@12月GA文庫『花嫁授業』

妹のコスプレ姿に惚れた俺が「同人誌のモデルになってくれ!!!!」と土下座する話



「兄、さん……なんで――」


 俺を映すアーモンド色のくりくりとした瞳。

 二つに結わえた白銀の長髪が振り返りざまに宙を舞う。

 わなわなと震える桜色の唇が、この邂逅が想定外の事態であることを如実に告げていた。


 姿見の前に立ち尽くす少女が纏うのは、コスプレチックな丈の短いメイド服。

 オフショルダータイプの衣服からは肩から鎖骨のラインまでが惜しげも無く露出され、下は膝上10センチ程度のミニスカートが守るだけ。

 惜しげも無く露出された白く滑やかで瑞々しい肌は、16歳という若さもあって背徳的に映る。

 細部にあしらわれたフリルとリボンが僅かに動くだけで不規則に揺れて、蝶のように華やかだ。


「|紗夜(さよ)、これは……その――」


 有坂暁斗の脳は、現実かも疑わしい義妹の姿に理解が追いついていなかった。

 俺が知る紗夜は物静かで俗に言うオタク文化とは程遠い人種だからだ。

 それが、何故。


「――兄さん。今日は遅くなるって言ってませんでしたか……?」

「あ、ああ。実は急にサークルの飲み会が無くなってな。特に用事もないから帰ってきたんだけど……」


 じーーーっと。

 疑念を湛えた紗夜の視線が浴びせられる。

 気分は罪状の宣告を待つ罪人……いや、罪を犯したことないけど。


 じわりと背筋に滲む冷や汗。

 色々聞きたいことはある。

 けれど、それより先にやるべき事と言えば――


「――ごめんなさい!」


 五体投地からの頭を床にグリグリと擦り付けて誠心誠意謝罪の意を示す。

 謝らないよりは謝った方がいい。

 俺が20年生きてきて得た教訓だ。


 こうなっている原因は遅くなると伝えていたのに早く帰ってきてしまった俺にあるのだから。

 ……まあ、多少の理不尽は置いておこう。


 沈黙が痛いほど身に染みる。

 時間が引き伸ばされているような感覚。


 固く閉じた目、耳に届くドタドタとした足音。


 バタンっ、と扉が閉まる音がした。


 これは、あれだ。


「……嫌われただろうなぁ、俺」


 否定する材料が一切ない。

 状況を考えれば罵声の一言でも浴びせられておかしくなかった。


 紗夜のコスプレは誰にも見つかりたくなかった趣味なのだろう。

 俺がいない時間を見計らっていたのに、その時間を台無しにされれば無理もない。


「当分は顔を合わせない方が良いだろうなぁ」


 謝りたいのは山々だ。

 紗夜が話を聞いてくれるだろうか。

 結局言い訳まがいのことしか言えないのが目に見えている。


 基本的に家には俺と紗夜の二人だけ。

 父さんは海外出張中だし、母さんも仕事の都合上家にいる時間は少ない。

 つまり、実質二人暮らしな訳で。


「はぁぁ……気が重いな」


 紗夜と顔を合わせる度に気まずくなるのは精神衛生上宜しくない。

 なら、謝るしかない。

 そう思って紗夜の部屋の前に来たのだが――


「……なんて声をかけたら良いんだ?」


 ノリと勢いで生きている大学生とはいえ、この時ばかりは言葉に悩む。

 ややあって、扉を軽くノックし、


「紗夜、さっきはごめん。少しだけでいいんだ。話がしたい」


 簡潔に伝えて待つこと十数秒。

 紗夜からの返事は帰ってこない。


 それもそうだ。

 普段は大人しい紗夜が逃げるように部屋に篭ったのだから、予想は出来ていたこと。


 今日は諦めて俺も部屋に篭ろう。

 踵を返した時、静かに内側から扉が開けられた。


「兄さん」

「紗夜……」


 変わらず際どいメイド服のまま顔を見せた紗夜は、所在なさげに俯き視線を合わせようとしない。

 ほっそりとした脚を擦り合わせながら、落ち着かない素振りを見せる紗夜の頬は林檎のように紅く染まっている。


 ……落ち着け、妹にドキドキしてどうするんだよ。


 彼女いない歴=年齢の万年童貞だとしても、妹に欲情するのはアウトだろ。

 血が繋がっていなくとも、ひとつ屋根の下で暮らしている紗夜に|そういう目(・・・・・)は向けられない。


 ないけれど。


 リビングで紗夜の姿を見てから、心臓が煩いくらいに鼓動して息苦しい。

 断じて恋じゃない。

 こんなに魅力的なモデルを見てしまったら――描きたくなるのは沼にどっぷりと浸かっているからだろうか。


「……どう、思いましたか」

「何が?」

「――私がコスプレをしているのを見てどう思ったかって聞いているんですっ!」


 家中に響いた叫び声。

 スカートの裾を握り締める両手は震えていた。


 あまりの剣幕に言葉を失いながらも、床に滴る涙に気づく。

 目じりに浮かんだ透明な雫が頬を伝い跡を残して、再び落ちる。


 そこで、ようやく理解した。

 紗夜にとってコスプレは泣くほどに大事な自分を構成する要素なのだと。

 趣味と呼ぶには重すぎる大切なもの。

 失ってしまえば自分の存在意義すら怪しくなる、自分に抱くアイデンティティの一部。


 俺にだって、紗夜のコスプレと同じくらい自分の中で大事なものがある。

 全力でやっているだけに、何も知らない部外者から馬鹿にされればブチ切れるだろう。


 それと同じなのだ。

 なら、答えなんて昔から決まってる。


「素直に言って、驚いた。紗夜はそういうのに興味が無いとおもっていたから尚更」

「…………」

「でも、その驚きと同じくらいかそれ以上に――コスプレしてる紗夜は楽しそうだった」

「――っ、それは」


 紗夜は喉を詰まらせ目を逸らす。

 否定されるとでも思っていたのだろうか。


 それこそ俺に限って有り得ない。


「他人がどうこう言ってやめられるなら、とっくの昔にやめてるんだよ。そんなの承知の上で、恥も手間も惜しまず全力でやって楽しいって思えるのなら続ければいいと思う」

「……そう、ですか」


 短い返答。

 はあ、と散々悩んだ末に吐き出されたため息。

 そこにはどれだけの感情が込められていたのか、俺に推し量ることは出来なかった。


 けれど、憑き物が取れたような曇りのない目が、とても眩しく輝いていて。


「――認めてくれたのは、兄さんが初めてです」


 優しげな声音、陽だまりのように暖かい微笑み。


 手を伸ばせば届く距離。

 つい、普段とは違う妹の姿に視線があちこちへ飛んでしまう。


「あんまりジロジロ見ないでください……恥ずかしいので」

「……ああ、悪い。あんまりに可愛いから目が離せなくて」

「〜〜〜〜っ、簡単にそういうことを言わないでくださいっ! 兄さんの変態っ!」


 グサッ!

 クリティカルヒットした言葉の槍は易々と俺の精神を穿ち、同時に何かが開く音がした。


 紗夜は慎ましい胸元の前で両腕を交差させて身を引き、流れた銀髪の隙間から紅潮した頬がチラリと見える。

 申し訳ないがその表情と仕草は俺に効く。


 銀髪妹メイドなんて属性盛ってるのに恥じらう姿もビックバンレベルで可愛いとなれば俺の性癖が暴走してしまう。


「でも、兄さんには知られてしまいましたね。私の秘密」

「大丈夫。誰にも言わないって」

「約束ですよ。その代わり……私に出来ることなら一つお願いを聞きます。当たり前ですけど……エッチなのとかはダメですからね」

「その格好でエッチとか言わないでくれ。心のエチチチチコンロが点火する」

「っ、巫山戯ないでくださいっ!」

「悪い、悪い」


 ポカポカと猫がじゃれ合うような力加減で繰り出されるパンチを腹で受ける。

 正直擽ったいし、なんか気持ちいいし、ふりふりと揺れる銀髪が可愛らしいし。


 でも、紗夜にお願いをするとしたら。


 それはもう――一つしかない。


「――紗夜」

「はい」

「俺は、紗夜のコスプレ姿に惚れた。一目惚れだ」

「……えっ!? ちょっと、兄さん!?」

「ビビっと来た。これは冗談でもなんでもない」

「でも私と兄さんは兄妹で、でも血は繋がってなくて、その、ええっと……っ」

「だから――」


 すうっ、と息を吸って。


 己の欲望を吐き出せ。




「――同人誌のモデルにさせてくれ!!!!」


 響く俺の声。

 しん、と静まる廊下。


 腰を直角に折ってプロポーズのように右手を紗夜へ差し出した。

 固く閉じた瞼、心臓が早鐘を打つ。


 言った、言ってしまった。


 然して返答は――




「――ぜっっっっっったいいやです!!!!!!」


 バタンっ、と。

 勢いよく扉が閉まって。


 そりゃ断られるだろうなと思っていたけれど。

 それでも紗夜の可愛さを全世界に知って貰いたいと願ってしまって。


 断られた位では諦めがつくはずもなくて。


「紗夜! お願いだ! 後生だから同人誌のモデルになってくれ!!!!」

「いやですっ!!!!!!」


 有坂暁斗、大学生、20歳。

 趣味……ゲーム、アニメ、漫画。


 そして――同人誌作成。


 妹のコスプレ姿を全世界に発信するため、同人作家の俺は今日も扉の前で叫び続ける。


「――同人誌の!! モデルに!!!! なってくれ!!!!」

「ぜっっっっったいいやです!!!!!!」


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