第15話 サナちゃんと遊んだ話

 一時間目、国語。

 サナはコンを膝の上にのせて授業を受けた。

 はじめはコンは大人しくしていたが、徐々に退屈しはめたのか、体を左右に動かし始める。

 すると、サナは黒板が見えづらくなりサナはなんとか授業を受けようと顔を動かす。

 コンが右へ左へ動くと、サナは左へ右へ動く。

 すると、後ろの席の子がサナにそっと声をかけた。

「サナちゃん、大丈夫?」

「あ、ごめん、大丈夫」

 サナは短く返した。


 二時間目、算数。

 退屈しつくしたコンは、教室の中をウロウロと歩き回る。

 サナは授業を受けながら、目を動かして、コンを追いかける。

 教室の外に出ないようにいっておいたけど、心配で気が気でない。

「長尾さん、聞いてる? 長尾さん? 長尾さーん」

 先生に呼ばれても、気が付かない。

「長尾さん、呼ばれてるよ」

 横の席のヒトが声をかけてくれて、はじめて気が付く。

「え、あ、ごめん。なに?」

「先生に呼ばれてるよ」

「長尾さん、聞いていましたか?」

 先生はニコニコと笑顔を浮かべていた。サナには笑えない笑顔だった。

「ご、ごめんなさい」

「じゃあ、この問題、前に来て解いて」

「……はい」

 サナは持てる知識、知能を全て投入し、全力を持って問題に取り組んだ。

 そして、見事に間違えた。


 三時間目。

 理科室で実験だった。

 サナはコンを連れて理科室に移動した。

 コンは興味深そうに室内を見て回る。

 幽霊だから、実験器具などに触れることはできない。サナは教室を出ていかないかということだけ気にしていた。

 ビーカーに水を入れ、アルコールランプで熱する。食塩の溶け方を観察する実験だ。

 サナは火を着けようと、マッチをすった。

 その時だ、コンが見当たらないことに気づいた。

 サナはキョロキョロと顔を動かしコンを探す。

「ばぁ!」

 突然、コンが机の下から現れた。サナを驚かせようと隠れていたようだ。

「うわぁ!」

 驚いたサナは火の着いたマッチを落としそうになる。反射的に掴もうとして火に触れてしまった。

「アチィ!」

 マッチの火は手に当たったことで消え、床に落ちる。

「サナちゃん、大丈夫?」

 同じ班の子が心配そうに尋ねる。

「ごめん……保健室いってくる」

 サナはトボトボと、保健室をでた。

 コンがそのあとについてくる。

「コン、火を扱ってるときに驚かせたらダメじゃないか」

 サナは廊下に出ると静かにいった。

 コンは赤くなったサナの手を見て、自分の頬を撫でて、うつむく。

「ごめんなさい」

「ま、しょうがないか」

 サナはそういって、手を舐めた。

 赤くなった手はみるみる元の肌色に戻っていった。


 火傷はどうにかなったけど、サナは保健室にやってきた。

「失礼します」

 ドアを開けると、保険のチエミ先生はおらず、代わりにキツネの幽霊、ミキがいた。

「あら、いらっしゃい。その子はサナの子かしら?」

 ミキはコンを見るなり意地悪な笑顔を浮かべた。

「そんな訳あるか。コンだよ。呪いの後遺症でこうなっちゃったんだ」

 サナはあきれ気味にいった。

「それで、保健室になんの用? チエミ先生なら、用事でちょっと出かけてるけど」

 ミキはやや真剣な表情になった。

「授業を受けながらコンの面倒を見るのが大変で、ちょっと休憩にな」

 サナはベットに座る。

「じゃあ、アタシが面倒見ておこうか?」

 ミキはそういうと、ポケットからメモ帳とペンを取り出す。

「ほら、コン。お絵描きしましょ」

 コンの注意を引きながら、ミキは目線で授業に戻るように合図した。

「ありがと、ミキ」

 サナは保健室を出た。


 四時間は体育。

 ソフトボールをやった。

 はじめはいつも通りだったが、途中からコンの泣き声が聞こえはじめた。

 ミキ、大丈夫かな?

 サナは守備につきながら、コンとミキのことを考えていた。

「サナ―、いったよー」

 クラスメイトの声も、耳に届かない。 

「イテッ!」

 飛んできた打球は、サナの頭に当たった。

 授業が終わる頃には、コンの声も聞こえなくなっていた。


 普段はコンがお弁当をつくってくれるが、もちろん今日はそれがない。

 サナは給食をごく少量、各品一口ずつくらいよそってもらって、それをゆっくりと時間をかけて食べた。

 そして昼休み。

 サナは保健室へいった。

「あ、サナ。大変だったのよ」

 ミキは疲れた様子でいった。

 コンはベットで、指を咥えて眠っていた。

「サナがいないって気づいた途端、泣きはじめたの。サナがいないって。アナタ相当好かれているのね。そのまま泣きつかれて眠ってしまったわ」

 サナはコンの前髪をそっと撫でた。

「ごめんな。今日は五時間目までだから、あとちょっと待っててくれ」


 そして、五時間目の音楽の授業と、終わりの会が終わり、サナは保健室にやってきた。

 コンはまだ眠っていた。

「コン、お待たせ。迎えにきたぞ」

 サナはコンをおこす。

「サナ、サナぁー」

 コンは目を覚ますなり、サナに抱きついた。

「ごめんな。寂しかったな」

 サナはコンの髪を撫でた。


 帰り道、サナとコンは手を繋いで歩く。

 ふと、公園が目に入った。誰も遊んでいるヒトはいない。

「遊んでいくか? コン」

 サナが尋ねると、コンは大きくうなずいた。

 ランドセルはベンチに置いて、二人は走り回った。

 サナは膝にコンをのせ、ブランコをこいだ。

 滑り台も滑った。

 二人で鬼ごっこをした。走り回った。

 はじめ、サナはコンを遊ばせてあげているという感覚だったが、いつしか自分も一緒になって遊びまわっていた。

 いつしか、公園は夕日に赤く照らされていた。

「そろそろ帰ろうか、コン」

 サナは笑顔でいった。

「うん」

 コンも笑顔でうなずく。


 コンとサナは手を繋いで町中を歩く。

「楽しかった。サナ、おおきに」

 コンはサナの顔を見上げながらいった。

「うん。私も楽しかった」

 サナがいうと、コンは大きくうなずいた。

 そのとき、前から歩いてくる、ベビーカーを押した女性が気づいた。

 女性はコンの生みの親、ヒトミだった。

「あら、サナちゃんこんにちは。学校の帰り?」

 サナはうなずく。

「その子が……」

 サナはベビーカーの赤ん坊を見た。

「うん。イクよ。セリカと……コンの妹ね」

 サナはそっと、イクの頬をつつく。

「よろしくな。イク」

 イクは笑った……ように見えた。

「じゃあね。コンによろしくいっておいて」

 ヒトミはそういって、ベビーカーを押しながら歩いていった。

 その背中が、徐々に小さくなる。

「ママっ!」

 突然、コンがヒトミを追いかけて走り出す。

 サナはすぐにコンの手を掴み、引き留めた。

「ママー、ママ―!」

 それでもコンは泣き叫びながらサナの手を振りほどこうともがく。

「ママ、ママ、ママ―! いかないで、ママ!」

 小さくなっていくヒト背中。コンはつかめれていない方の手を必死に伸ばす。

「いくな、コン。ヒトミさんは、幽霊が見えないから、だから、一緒に暮らしたってお前が辛い想いを残すだけだ! だから、だらか……」

「いや、ママのとこいく、ママのとこいくぅ!」

 コンはサナの手を振りほどこうと必死に暴れる。

「コン……」

 サナは一瞬、手の力を緩める。

 このまま、コンをいかせた方がいいのかもしれない。

 姿が見えなくても、声が届かなくても、コンはヒトミの傍にいるのが幸せなのかもしれない。

 ふとよぎったそんな考えを、振り払い、コンの手を握りなおした。

「コン、今日は楽しかったな。明日もまた、こんな日にしような」

 サナは優しい口調でいった。

 コンは、動きを止めた。

「そやな。また明日もこんな日やとええな」

 コンはゆっくりとそういった。その姿は、サナのよく知っている中学一年生のコンだった。

「コン。戻っとんだな」

 サナがいうと、コンはうなずいた。

「ただいま。サナちゃん」

「帰ろうか」

 コンとサナ。

 二人並んで歩く。

 照らす夕日。

 伸びる影は一つだけ。

 それでも、しっかり繋いだ手の感触は、確かに感じた。


第四章 コンと狐と情愛に飢えた亡者たち おわり

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コンと狐と情愛に飢えた亡者たち(コンと狐とSeason4) 千曲 春生 @chikuma_haruo

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