だい14わ サナおねえちゃんとあそんだはなし

 秋も終わりに近づき、山々を染めた鮮やかな紅葉も、風に吹かれて落ち葉となる。

「うん、大丈夫だと思う」

『和食処 若櫻』の店内。ウカはコンを一通り調べるとそういってうなずいた。

「よかったな、コン」

 心配そうに様子を見ていたサナの表情が、パッと明るくなる。

「ごめんね、私がなんとかできればもっとシンプルに終わったんだろうけど、どうしても会議を離れられなかったの。許して」

 コンは小さく首を横に振る。

「いえ。私があんな呪いに捕まってしまって、しかも、その呪いを強くしてしまって、ごめんなさい」

 ウカは、そっとコンの右手を握った。

「コンちゃん。前にサナちゃんに噛まれたでしょ?」

 ウカの問いに、コンはうなずく。

 以前、コンは巨大なキツネの姿になり激昂したサナに腕を噛まれたことがあった。

「神獣の牙や爪には、穢れを祓う力がある。詳しくはわからないけど、たぶん、その力が働いて呪いから抜け出せたのよ」

 コンはサナを見た。

「そっか。サナちゃん……おおきに」

 サナは照れくさそうにコンから目をそらす。

「たまたま、だよ」


 夕方なり、ウカは帰っていった。

「大丈夫だと思うけど、コンちゃんの魂はかなり消耗しているから、しばらくは無理しないでね。呪いの反動で思いがけないことが起こるかもしれないし、当分は注意してね」

 去り際に、ウカはそういい残していった。

 コンとサナは顔を見合わせる。

「そろそろ、私らも帰ろか」

 コンがいって、サナはうなずいた。


 いつも通り店を閉めて、二人一緒に家に帰った。

 二人一緒にお風呂に入って、家族全員でご飯を食べて、それからサナは宿題をした。わからないところはコンが教えてくれた。

 でも、コンも特別、勉強が得意なわけではないから二人で考えた。

 そして、一つのベットで眠った。

 サナが一緒に寝たいといった。

「もう、今夜だけやで。サナちゃんの甘えんぼ」

 コンは笑いながらそういった。

「コンだって、私に甘えていいんだぞ」

「それはちょっと、はずかしいかな」

 コンははにかみながらいった。

 まもなく、一つのベットから二つの寝息が聞こえ始めた。


 朝。

 サナは目を覚ました。

 サナの腕の中、抱かれるようにその子は眠っていた。

「……コン?」

 サナは声をかける。しかし、よく見るとそれはサナの知っているコンではなかった。

「えっ!」

 サナは思わず飛び起きた。

 サナの横で寝ていたその女の子は、コンはもちろん、サナよりもずっと幼い。おそらくまだ小学校にも入っていないくらいの年に見えた。

 しかし、その顔は幼いながらもまぎれもなくコンだった。左頬の火傷の痕もある。

「コン……なのか」

 サナがつぶやくと、その声で幼いコンは目を覚ます。

「コン、どうしたんだ? 大丈夫か?」

 サナが声をかける。

 コンは眠たそうに眼をこすった後、周囲を見渡し、そして、

「ママ―、マァマー!」

 いきなり号泣し始めた。

「お、おい、コン。どうしたんだよ、泣くなよ」

 サナは慌てていったが、コンは泣き止む気配がない。

「大丈夫だから、な」

 サナはなだめようとするが、コンは泣き止む気配がない。

「えっと、えっと、ほら、キツネさんだよー」

 サナはとっさに狐の耳と尻尾を出して、ピコピコと動かす。

「ほら、キツネさんだよー、コンコン」

「おキツネ……さん?」

 コンは目に涙を貯めたまま、首を傾げる。

「うん、おキツネさんだ。コンコン」

 すると、コンは徐々に笑顔になる。

「おキツネさん、おキツネさーん」

 そして、サナの耳や尻尾を触る。

 サナはくすぐったかったが、我慢した。

「なんでこれで泣き止むんだよ。子供はよくわからないな」

 サナはつぶやく。

 その時、部屋のドアが開いた。

「泣き声が聞こえたけど、どうしたの?」

 サナの母だった。

「えっと、これってどういうこと?」

 母は困ったように苦笑いを浮かべた。


 リビングで、母とコンはむかいあう。

「お名前、いえる?」

 母が尋ねると、コンはうなずく。もうすっかり落ち着いたようだ。

 サナはキツネの耳と尻尾を引っ込めたが、コンはチラチラとサナの頭を気にしている。

「八重垣コン」

 コンはそう答えた。

「コンちゃん、今何歳?」

 母はさらに尋ねる。

「四歳」

「お家の場所、わかる?」

「京都のアパート。近くにおキツネさんの神社あんねん」

 母は何度かうなずくと、分厚い本を開いた。

 それは、呪術に関する辞典だった。

 しばらく辞典をめくったあと、母はこういった。

「あった、これね。『呪いによって魂が消耗した場合、稀に幼児退行する場合がある。何もしなくても、概ね一日程度でもとに戻る』だって。特別なにもしなくていいみたい」

 サナは首を傾げる。

「幼児退行って、精神的なものじゃないのか?」

「私もそういうものだと思っていたわ。サナもコウが生まれた後、嫉妬して赤ちゃんみたいになってたもんね」

 サナは恥ずかしそうに目をふせる。母はいたずらっぽい笑顔でこういった。

「まあ、とりあえず、これはこれとして受け入れるしかないわね。コンちゃんは家で面倒見るから、サナは学校にいってきなさい」

 サナは時計を見る。もう家を出ないといけない時間だった。


 あわただしく準備をして、サナは家を出ようと玄関までやってきた。

「じゃあ、気をつけてね」

 母とコンが見送りに来た。

「うん、いってきます。コン、いってくるな」

 サナはコンの頭をなで、ドアノブに手をかけたそのときだ。

「おキツネさん、おキツネさん!」

 コンはそういって、サナの脚に抱き着く。

「コンちゃん、サナなお姉ちゃんは学校にいかなきゃいけないから、離してあげて」

 母は優しくそういったが、コンはブンブンと首を横に振る。

「いや、いあぁー」

 そして、号泣しはじめた。

「ずいぶんサナになついてるのね」

 母はちょっと考える。

「しょうがない。サナ、コンを学校に連れていってくれる? 幽霊だから他のヒトには見えないし、声も聞こえないから問題ないでしょ」


 こうして、サナはコンと手をつないで学校への道をゆく。

「おっきつねさーん、おっきつねさーん」

 コンはご機嫌だった。

「私の名前はサナっていうだ」

「シャナ?」

 コンは首を傾げる。

「サ・ナ」

「サ……ナ。おキツネさんの、サナ」

「ああ、そうだ」

 刈り取りが終わった田んぼの中を、サナとコンはゆく。

 途中で、セリカに出会い、事情を説明しているうちに学校についた。

「じゃあ、なにかあったらすぐにいってね」

 セリカは六年生の教室へ、サナは五年生の教室に入っていった。

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