第13話 情愛に飢えた亡者の話

 サナはコンがとらえられている、かつて××が暮らしていた家へとやってきた。

 昨日、サナが割った窓から中に入る。

 コンは、昨日とまるで変わらず、壁にもたれかかり床に座っていた。その周囲には血だまりが広がっている。

「コン、迎えにきたぞ。帰ろ」

 サナは優しく声をかけながら、コンに近付く。

「あ、ああ、ああー」

 コンは声にならない雄たけびをあげると、その周囲の血だまりから、真っ黒い大量の腕が伸び、サナの喉元につかみかかると、そのまま押し倒しサナの首を絞める。

「コン……呪いなんかに負けるなよ。コンは、優しくて、強くて、私、どれだけコンに助けてもらったかわからないくれいで……」

 首を絞められながらも、サナは苦し紛れにそういった。

「コン、あんなクソガキの呪いなんかに飲まれるな!」

 サナはそういって、自分の首を絞める真っ黒な腕を掴んだ。

 その瞬間、声が聞こえた。

 それは、コンの声だった。

 とても、とても寂しそうなコンの声だった。


「一人にしないで」


 それを聞いた途端、サナはハッっとしたようになり、身をよじって手を振りほどいた。

「そっか。そうだったんだな。どうしてこんなに呪いが強力なのか、どうして短期間にコンが深く飲み込まれてしまったのか。全部わかったよ」

 サナは立ち上がると、ゆっくりとコンに歩み寄る。

「これは、コン、お前自身の呪いなんだな。きっかけは確かにあの男の子の呪いだ。だけど、コンはそれ以上に強い“想い”を抱えていたから、呪いを全部飲み込んで、自分のものにしてしまった。だから、こんなことになってるんだな」

 再び、大量の手がサナにむかってくる。

「いいよ、コン。その想い、全部私に聞かせて」

 サナの周りを無数の腕は球体のようになり、サナの全身を覆い隠していった。

 真っ暗な中に、声だけが響く。


 コン、迎えに来たぞ。帰ろ。


 寂しい、寂しいよ。


 寂しい? 寂しかったのか? どうして……。


 サナちゃんも私のことを理解してくれてへんだ。


 私は……コンのこと理解してあげたいと思っていた。


 でも、私はずっと寂しかった。サナちゃんにはパパもママもいる。


 きっと、お父さんもお母さんも、コンのこと本当の子供だと思ってる。


 でも、私には本当の親やと思えへん。独りぼっちはイヤ。家族と一緒にいたい。


 じゃあ、コンにとっての家族ってなんんだ? 施設のみんなは、家族じゃないのか?


 あれも、家族じゃなかった。あれは、友達の延長。だって、同大半の子供たちは帰る場所を持ってた。一時的にあの場に来てるだけやった。私みたいに帰る場所がないのは本当に少数派やった。時間がたてば、みんな帰ってた。サナちゃん、わかる? みんなで楽しく過ごした場所から、私を残してみんながいなくなる感覚が。


 それじゃあ、里親のところに引き取ってもらえるってなったとき、嬉しかった? 今度は、コンが出ていく側になれて。


 最初は、なんで私なんやろって、思った。でも、だんだん実感がわいてくると、嬉しくなった。私の、私だけの家があって、「ただいま」って帰ってきたら、「おかえり」っていってくれて。ああ、私これから幸せになれるんだなって思った。ずっと、頑張ってきてよかったって思った。


 頑張ってきた?


 笑顔を絶やさず。ヒトにやさしく。そうすれば、いつか私にも幸せが巡ってくると思っていた。いつか、願いが叶うと思っていた。


 家族が欲しいっていうのが、コンの願いか?


 いつか幸せになれると思っていた。ずっとずっと、頑張ってきた。なのに、どうして欲しいものが手に入らへんの?


 私じゃ、ダメか?


 ……。


 コンが、生きているうちに手に入れたかったことはわかってる。でも、私にはどうしてあげることもできないから、だからせめて、コンの寂しさがいえるまで、私が一緒にいるっていうのは、ダメかな。コンの孤独が癒えるまで、コンの寂しさが消えるまで、私がそばにいるっていうのは、ダメかな。私が死んじゃって、魂だけになっても、コンと一緒にいるから。


 ……信じられへん。今まで期待させておいて、なにもしてくれなかったヒトはいっぱいいた。今は、都合のいいようにいえても、いつかは、裏切られるかもしれん。期待するだけ、無駄かもしれん。期待した私がバカだったって思うかもしれん。初めから何にも期待してへんだら、私はこの家に来てへんだ。私は、殺されることはなかった。


 コン……。


 何かに期待して、嫌な思いをするくらいなら、何にも期待せず寂しさに浸っている方がいい。


 コン! 私、手を伸ばす。コンに手を伸ばす。コンの手を掴む。だから、コンも手を伸ばして。


 サナちゃん……。


 コン、手を伸ばして!


 信じて、いいの?


 私は必ず、コンの手を掴むから。


 コンの指先が手に触れた途端、サナはコンの手を掴んだ。

 掴んだのは、コンの右手だった。

 コンの右手が光りだす。

 その光は、徐々に強くなり、そして、黒い腕ははじけ飛んだ。

 そこには、手をつなぐサナと、コンの姿があった。

「ごめんな、サナちゃん」

「コンの“想い”私が、果たすから」

 コンとサナは、お互いに笑みを浮かべた。

「おい、待てよ」

 そこに現れたのは、××だった。

「コンを、コンを返せ」

 ××はサナにむかって叫ぶ。

「悪いが、コンは私が連れていく」

 サナが立ち去ろうとしたそのときだ。

「待てよ。待ってよ。僕だってずっとつらい思いしてきたんだ。パパと、ママがいてとっても幸せだったのに、そいつのせいで全部ぶっ壊されたんだ。僕だって寂しいんだ、つらいんだ。ねえ、助けてよ。コンだけが救いだったんだ、コンがいてくれたら、僕は救われるんだ。これからは優しくするから、ねえ」

 サナは冷めた目で、××を見るとこういった。

「悪いが、私には、お前を救えない」

 その場に泣き崩れる××を残して、サナとコンは家を出た。


 家を出ると、そこには数人の大人とラクとキョウコがいた。

 大人たちはサラリーマン風だったり、大工風だったり、服装も性別もバラバラで、まったく統一感がない。

 しかし、サナは知っていた。

 彼らは呪いの封印を専門に行う神獣の集団なのだと。

「待っていて、くれたのか?」

 サナは、ラクを見ながらいった。

「私が足止めしてたん。うまくいったみたいでよかった」

 ラクはそういって笑うと、「うまくいったみたいやな」といった。

 サナとコンはうなずいた。

「じゃあ、帰ろか」

 キョウコがいって、みんながうなずいた。

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