第12話 円環の因果の話 後編

 家を出ると、そこで男の子に出会った。そう、××だった。

「お、お前、昨日のキツネのバケモノ……なにしに来たんだよ」

 ××はわかりやすくうろたえる。

 サナは視線を泳がせ、言葉を探す。

「別に、お前のことをとって食おうってんじゃない。なぁ、お前、コンのことを恨んでいるのか?」

 サナは、そう尋ねた。

「当たり前だ。アイツはボクからなにもかもを奪ったんだ。パパも、ママも、全部、全部アイツが奪ったんだ」

 絞り出すように、××はいった。

「コンの料理に、漂白剤を入れたのはお前じゃないのか? 原因をつくったのは、お前だろ」

「アイツを追い出したかったんだ。あいつはパパにもママにも愛してもらえて、そんなのおかしいよ。学校の成績だってボクほうがよかった。あいつは学校に遅刻してたけど、ボクはそんなのめったにない。優秀な人間はボクだった。ボクが愛されるべきなんだ。僕だけが!」

 サナは短く息を吐いた。

「そもそも、コンは愛されていたのか? お前は愛されていなかったのか?」

 ××は間髪挟まずいいかえす。

「パパとママは、恵まれない子供を愛してあげなさいといっていた! 愛を知らずに育って可哀想だから、優しくしてあげなさいって」

 サナは××に背を向けると、その場を立ち去る。

「お前の両親が愛したのは、コンじゃない。コン愛しているフリをしている自分たちだ」

 最後に、そう言い残して。


 ラクの家に帰ってくると、ラクは気まずそうにサナにむかいあう。

「会議、終わったって。それでな、あの、あのな、コンさん、完全に呪いに取り込まれてて、分離は不可能ということで、コンさんごと封印するって」

「コンごと、封印?」

「うん。コンさんは、救出しない。呪いは強力で放置もできないから、コンさんごと封印するって」

「……そっか……そうだよな……取り込まれてたら、分離できないこともあるよな。呪いを放置したら、関係ないヒトが、巻き込まれるかもしれないもんな。封印しないといけないよな」

 サナは必死に自分にいいきかせた。

 神獣たる者、ヒトを守らなければならない。

 だけど、全てを守れるわけではない。救えるわけではない。

 過去にも、呪いに取り込まれた魂を、呪いごと封印した事例がいくつかあるのを知っている。

 今回が、なにか特別なわけじゃない。

 呪いを放置すると、どんどん肥大化し、関係のないヒトを無差別に取り込み始めるようになる。

 だから、呪いを封印することは多くのヒトを救うことになる。

 きっとコンも、封印されることを望むはずだ。

 そう、何度もいいきかせた。


「ええんやで、サナちゃん」


 きっと、きっとコンならそういって、いつもの優しい笑顔をむけてくれるはずだ。そういいきかせた。


 サナはふらふらと家を出て、気が付くと駅に来ていた。

 なぜ駅に来たのか覚えていない。

 ただ、コンが封印される。

 それだけが頭の中でグルグルと渦をまいていた。

 コンとはじめて言葉を交わしたのは、この駅だった。

 あのとき、サナは死のうとしていた。

 それに気付いたコンが声をかけてくれた。

 あのときは朝だったが、今は夕日が差し込む。

 列車が通過するというアナウンスが流れた。

 その瞬間、

「酷い顔してるけど、大丈夫?」

 後ろから、声をかけられた。優しい声だった。

 振り返ると、そこには中学生くらいのお姉さんがいた。サナには見覚えのない

「えっと、あなたは……?」

 お姉さんはニコニコと笑顔を浮かべている。

 その笑顔が、サナの脳内でコンの笑顔と重なった。


 お姉さんはサナをベンチに座らせた。

「ごめんな。なんかすごい悲しそうな顔してたから、大丈夫かなって思って」

 お姉さんが尋ねると、サナは小さくうなずき「大丈夫です」といった。

「なんかイヤなことでもあったん?」

 サナは口ごもった。

 お姉さんに、洗いざらい全部、話してしまいたかった。

 だけど、ほとんど関わりのなかったこのヒトに話を聞いてもらうのは、迷惑じゃないだろうかという気もした。

「あの、その……」

 サナが口ごもると、お姉さんはリュックサックからタッパーを取り出した。

「今日のお昼ご飯ののこりやけど、まだおいしいと思うで」

 膝の上でタッパーを開く。ぎっしりと詰まったきつね色がお目見えする。

 いなり寿司だ。コンが一番自信があると語っていたのもいなり寿司だった。

 サナはそっといなり寿司に手を伸ばし、掴むと口に入れた。

 その瞬間、サナの目から涙がこぼれた。

 次から次へと流れ出る涙を拭うことなく、一心不乱にいなり寿司を口にほうりこむ。

 一個食べ終わると、すぐにタッパーに手を伸ばし、次を頬張る。

「ちょ、ちょっと、そんなに急いで食べたら……」

 お姉さんが慌てた様子でいった途端、サナは喉をつめた。

 苦しそうに胸を抑えるサナの背中を、お姉さんはやさしくなでる。

「ほら、いわんこっちゃない」

 サナはのどに詰まったいなり寿司をむりやり飲み込むと、涙を流しながら叫ぶ。

「やだよ! まだお別れなんてしたくないよぉ!」

 そのいなり寿司は、コンがつくっていたものと同じ味がした。

 醤油の辛さ具合も、砂糖の甘さ具合も、寸分たがわないコンの味だった。

 お姉さんは、そっとサナの肩を抱き寄せた。

「このいなり寿司ね、とっても大切だったお友達につくりかたを教えてもらったやつやねん。そのお友達は、ある日突然死んでしもた。その日の朝、学校で会ったのに、夜に行方不明になって、見つかったときにはとっくに死んでた」

 そのとき、ホームに準急列車が滑り込んでくる。

 ピタリと止まった列車は、沢山のヒトを吐き出し、飲み込み、先を急ぐ。

「ヒトって、簡単に死ぬ。すぐにお別れすることになる」

 列車が発車し、駅が静まり返ると、お姉さんはそういった。

「遺品の中で生きてる、記憶の中で生きてる、心の中で生きてる。想いは永遠に生き続ける。そんなん、生きてるヒトが適当ゆうてるだけや。そう思いたいだけや」

 お姉さんは、サナの肩を抱く腕に力を入れた。

「私には、死んだらどうなるんかわからん。だけど、間違いないのは、その友達が死んじゃったのは、私にとってはお別れやった。突然のお別れやった。あなたの状況とか、事情とかわよくわからんけど、会いにいけるんやったら、今すぐいくべきやと思うで」

 サナは小さくうなずく。

「会うだけなら……たぶん」

「きっと、なにかを願って、それがかなえられることなんて一生のうちで本当に少ないと思う。そやけど、それでも必死に足掻けば、なにか変わることもあるんちゃうかな」

 サナは気が付いた。

 お姉さんの鞄に、手作りらしきフェルトのストラップが付いていた。

『環』

 ストラップには一文字、そう刺繍が施されていた。

「……タマキ」

 サナはつぶやく。

「あ、よう読めたな。なかなか私の名前読めるヒトいいひんのに。円環の『環』一文字で、読み方は『タマキ』や。よろしくな」

 サナは立ち上がり、お姉さん――タマキに向き合う。

「ありがとう。タマキさん。私、もうちょっと頑張ってみる」

 タマキは笑顔でうなずく。

「強い“想い”は生きている間に果たすんやで。未練残すべからず」

 そういって、タマキは手を振る。

 サナは走り出すと、ちょうどやってきた列車に飛び乗った。

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