第10話 歩いた足跡の話 後編

 それから地図に従って住宅街を歩いていく。

 その途中、サナはふと足を止めた。

 こじんまりしたグラウンドを持つ、まるで保育園かなにかのように

見える建物。

 門の横には『児童養護施設 もみじの家』と書かれた板が取り付けられていた。

「なあ、ラク、キョウコ。ちょっと、寄り道させてくれないか?」

 サナは、静かにいった。

「ここって、もしかして」

 ラクも、気が付いたようだった。

「うん。コンが暮らしていた場所だ」

「じゃあ、いってみよか」

 キョウコがそういった。


 玄関から中に入ると、ほんのりと木の匂いがした。

「ごめんください」

 サナの声で、奥から初老の女性が出てきた。

「あら、どうしたの?」

 女性は優しく声をかける。

「実はですね……」

 ラクが口を開きかけたが、サナはそれを手で制し、こういった。

「私、コンに……八重垣コンさんに助けてもらったことがあるんです。それで、コンのことをいろいろ聞きたくて」

 女性は驚いたような顔をして、でも、すぐに優しい顔になった。

「おいで。ゆっくり話しましょう」


 通されたのは応接室だった。

 ドアの外から、子供の声がする。

 女性は一度出ていくと、お菓子とジュースを持って戻ってきた。

「まさか、今になってコンちゃんのお友達が遊びに来てくれるなんてなぁ」

 サナはジュースを一口のみ、尋ねる。

「コンって、どんな感じだったんですか? ここでどんなふうに生きていたんですか?」

 女性は、少し考える。

「そうね。とっても、寂しがり屋やった」

 それは、サナにとって意外な返事だった。

「寂しがり屋、ですか?」

 女性はゆっくりとうなずく。

「そう。この施設に来てすぐはね、毎日のように泣いていたのよ。それで、いつも誰かと一緒にいたがってた。私が歩いているとね、いつも後ろついて来てん」

 女性はゆっくりと、天井を見上げる。

「コンちゃんがお料理をつくるのも、ママをまた一緒に暮らすことになったとき、美味しいものを食べてもらうんだって。コンちゃんのお母さん、お料理が下手だったらしいからなぁ」

「そうなん……ですか? だってコン、自分の料理でみんなを幸せにしたいって……」

 サナの記憶のコンは、ずっとそういっていた。

 女性は、一度うなずく。

「それも、間違いなく本心やろうね。でも、家族を夢見ていたんやろうなとも思う」

 サナは、自分の手を見つめる。

「それが、コンの『想い』だったのかな?」

 サナはつぶやくようにいった。

 ふと、気が付いた。

 部屋の壁に写真が貼ってあった。

 この施設の子供と職員、みんなで撮った写真らしい。数年ごとにとりなおしているなしく、顔ぶれが変化していく。

 その中に見つけた。

 頬に火傷のある少女――コン。

 ずっと幼い姿から、写真が新しくなるにつれてどんどん見慣れた姿に近付いていく。

「コンは、ここにいたんですね」

 サナがいうと、女性はゆっくりとうなずく。

「確かに、ここにコンちゃんはいた」


 サナたちは施設を出た。

 タマキの家を目指す。

 住宅街を歩く。

 前から一人の男の子が歩いてきた。サナたちと同い年くらいの男の子だった。

 住宅街を歩く。

 アスファルト、コツコツと靴が地面を蹴る音。

 サナたち三人と、男の子はすれ違う。

 そして、ラクが足を止めた。

「どうしたの」

 キョウコ、そして少し遅れてサナも足を止めた。

「二人とも。今すれ違った男の子、コンさんと一緒にいたヒトだ」

 ラクは、はっきりとそういった。

「捕まえよう」

 サナは急いで追いかけようとする。しかし。

「待って、サナちゃん」

 キョウコが制止した。

「このままこっそり追いかけて、どこいくんか調べた方がいいで」


 男の子の後をこっそりとついていく。

 これまで来た道を逆戻りするように道を歩き、たどり着いたのは京阪電車の駅だった。

 男の子はICカードで改札を抜ける。

 ラクとキョウコも改札機にICカードをかざして駅に入る。

「ちょっと待ってくれ」

 サナは慌てて券売機で切符を買うと、改札を抜けた。

 男の子はラク達の通う学校とは逆方向へ向う列車のホームに立つ。

 サナたちは見失わない程度に距離をとり、その様子を見つめる。

 ほどなくして、電車が到着した。

 男の子は乗り込み、サナたちも隣の車両に乗り込む。

 連結部の窓越しに、男の子の様子を見張る。


 数駅先で男の子は降りた。サナたちも追いかける。

 そしてやってきたのは、ある一軒家の前だった。

 家はひと気がなく、庭は手入れされていない草が生い茂っている。壁には『売家』と書かれた板が取り付けられている。

 男の子はポケットから鍵を取り出すと、ためらう様子を全く見せずドアを開け、中に入る。

「どうする?」

 キョウコはサナとラクを交互に見る。

「こっち」

 ラクは庭を指差した。

 庭から回り込むと、大きな窓から家の中の様子を見ることができた。カーテンなどは掛けられていなかった。

 そっと室内をのぞく。

 そこは、フローリングかつてダイニングとして使われていた部屋のようだった。

 フローリング張りの床。

 家具は一切なく、広々とした部屋。照明も付いておらず、薄暗い。

 その中に一人、少女がいた。壁にもたれるように、足を投げ出し座っていた。


 その少女は、コンだった。


 虚ろな目で、どこでもないどこかを見つめ、全身赤黒いなにかで汚れ、肌には大量の傷かついている。

「コンッ!」

 サナは叫んだ瞬間、ラクの手に口を塞がれた。

「サナ、落ち着いて。ここで大声出したらさっきの男の子に見つかる」

 さっきの男の子が、ダイニングに入ってくる。その手には、鈍く銀色に光るもの、包丁が握られていた。

 男の子はコンの正面に立つと、突然、コンの腹部を力いっぱい蹴った。

 コンは苦しみの表情を浮かべた。

「なんだよ、もっと苦しがれよ!」

 男の子は突如激昂し、コンを押し倒すと馬乗りになる。

「お前のせいだ! お前が奪ったんだ!」

 そして、包丁を突き刺した。コンの胸に。

「お母さんを返せよ、お父さんを返せよ。ボクの幸せを返せよ!」

 コンは苦痛に叫ぶ。

「あ、ああ、ああ、あ」

 それは、声にならない声だった。

 男の子は刺さった包丁を引き抜くと、また突き刺す。

 刺して、抜いて、刺して、抜いて、刺して。

 コンをめった刺しにする。

「ああ、あ、あああ」

 コンは奇声をあげる。

 赤黒い血液が、床に広がる。

「返せ、返せ、返せ!」

 男の子は叫びながら、何度も何度もコンを包丁で刺す。

「やめろ……やめろー!」

 サナは制止するラクを振り払うと、一瞬で巨大なキツネの姿になり、ガラスを突き破って室内に飛び込んだ。

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