第9話 歩いた足跡の話 前編

 誰かに体を揺り動かされる感覚で、サナは目を覚ました。

 一瞬、ここはどこだろうと考えたが、ラクの家だった。

 ラクの家の、サナの部屋。

 若桜町に帰るとき、多くの物を置いていった。だから、サナが暮らしていた頃と、ほとんどなにも変わっていないし、微かにサナの匂いも感じた。

 床で寝ていた。

 どうして床で? と考えたが、思い出した。

 サナ、ラク、キョウコ、三人は一つのベットで眠ろうとしたが、狭すぎて、結局サナが追い出されてしまったのだ。

「おはよ。サナ」

 サナをおこしたのは、ラクだった。

「うん、おはよ」

 サナは目をこすりながらいった。

「あ、おはよう」

 キョウコも目を覚ましたようだった。

「朝ごはん食べたら、出掛けんで」

 ラクはそういった。

「出かけるって、どこに?」

 ねむけまなこでサナはいった。

「決まってるやん。コンさん、探しにいこ」

 ラクはいった。


 今日は土曜日。

 サナとラク、キョウコは着替えが終わると、リビングにいった。

 サナとラクは神の使いといえども、一見するとごく普通の人間だ。

「おはよう、三人とも」

 ラクの母親は笑顔でそういった。


 朝食の後、三人は家を出てた。

「とりあえずさ、タマキさんってヒトを探してみよ。タマキさんがコンさんを引寄せた可能性もあるし、そうじゃなくてもコンさんと関わりのあったヒトみつけられるやろ」

 ラクがそういって、サナとキョウコはうなずいた。

「コンが通ってた中学にいってみよう。部活で来てるかもしれないから」

 サナはそういった。


 かつて、コンが通っていた中学校は歩いていける場所にある。

「え、キョウコのお父さん、退院したのか?」

 雑談しながら道を歩く。

「うん。それで、引っ越してん。気分を変えるというか、新しい生活をしようってことになって」

 キョウコははにかみながらいった。

「よかったな」

 サナは自分のことのように、嬉しかった。


 道中、道端でうずくまって、泣いている女の子を見つけた。二人よりも幼い、小学校一年か二年くらいの子だ。

「どうした?」

 駆け寄るサナとラクとキョウコ。

「転んで、怪我してん」

 女の子の膝には擦り傷があり、血が出ていた。

「うん、もう大丈夫だ」

 サナはそういって、女の子の傷口に手をかざした。すると、見る見るうちに傷はふさがっていってった。

「治った。痛くない。お姉ちゃん、おおきに」

 女の子はそういって、走っていった。

「走るとまたこけるぞ」

 サナは笑顔で女の子を見送った。

「サナちゃん、相変わらずやさしな」

 ラクがいった。


 こうして中学校にやってきた。

 グラウンドでは、運動系の部活動のヒト達が、それぞれ練習をしていた。

「これ、入っていいんかな?」

 キョウコが校門から校庭の様子をのぞき込む。

 サナとラクは顔を見合わせる。

「いこう。コンを助ける為に」

 サナが先頭で、三人縦並びで校門をくぐる。

 校庭の端っこをこそこそと歩き、玄関へ。

 靴を脱いで校舎に。

「コンとタマキさんは料理部だった。部室を探そう」

 サナはそういった。

 玄関を入ってすぐのところに、大まかな校内の地図があった。その下には『ご用の方は職員室まで』と書かれている。

「職員室、いってみる?」

 キョウコがいった。

「そうやね……」

 ラクがそういいかけたときだ。

「あなた達、どうしたの?」

 女性の先生が声をかけてきた。

「あ、あの、えっと……」

 サナはたじろぐ。

「あの、料理部のタマキさんって方にお会いしたくて」

 すかさず、ラクがいった。

「料理同好会ね。ここの廊下をまっすぐいったところが家庭科室なの。そこで活動してるはずだから、いってみて」

 先生はそういって去っていった。


 いわれた通りまっすぐいった突き当りに家庭科室があった。

 扉が閉まっていて、中から談笑する声が聞こえる。

 サナはゆっくりとドアの取手を握り、開けた。

「失礼します」

 中にいた数人の生徒たちは全員女子で、制服の上にエプロンを着けている。そして、皆一様に驚きと困惑の表情をサナたちにむけていた。

「えっと、どうしたの?」

 一人の生徒が声をかける。雰囲気からして、部長らしい。

「あの、タマキさんにお話ししたいことがあるんですが」

 ラクが全体を見渡しながらいった。

「あー、タマちゃんな。一年くらい前から、あんまり顔出さへんようになって、今日も来てへんねん」

 部長の返事はそんなものだった。

「そうですか。サナ、どうする?」

 ラクはサナに尋ねたが、サナの意識はそこに無かった。

 調理台のすみに,一冊のノートが置いてあった。

 サナは近付き、手に取る。

 表紙をめくると、中には料理の手順が書かれていた。丁寧な字で、イラストなども織り交ぜられ、わかりやすく伝えようという努力がうかがえる。


『料理のさ・し・す・せ・そ、とは……』

『出汁をとるときは、昆布は水のうちから、削り節は沸騰してから鍋に入れる』


 サナは一文字一文字、丁寧に追いかける。

「料理に興味あんの?」

 部長が声をかける。

「……のだ」

 サナはつぶやくようにいった。

「へ?」

 部長は首をかしげる。

「この字、コンのだ。コンが書いたやつだ」

「ああ。確かにこれ書いてくれたんコンちゃんやけど、コンちゃんのこと知ってんの?」

 部長が尋ねると、サナは、静かにうなずいた。

「知ってるんです。よく、しっているんです」

 部長は優しい声で「そっか」といった後、こう続ける。

「これなあ、ホンマに役に立ってんねん。わかりやすいし、これに書いてある通りにしたら間違いないし、ホンマに、コンちゃんには助けてもらってる。お礼がいえたら、どんなによかったか」

 サナは少し考えた後、「きっと、このことを知ったら喜ぶと思います」といった。

 

「あの、私たちタマキさんに会いたいんですが、家の場所教えてもらえませんか?」

 キョウコが部長に尋ねた。

「うん。ちょっと待ってな」

 部長はポケットからメモを取り出すと、簡単な地図を描いた。


「これ、近くやな」

 校門を出ると、ラクは地図を見ながらいった。

「いってみよう」

 サナは少し考えてそういった。

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