第8話 これから続いていく話

 放課後までサナは校舎裏の草の生い茂った場所に隠れていた。

「お待たせ」

 そして、ラクとキョウコがやってきた。


 小学校から、地下鉄に乗る。

 和風な音楽に続いて、轟音と共に列車は滑り込んでくる。

 キョウコの家は学校の近くのはずなのに、駅までついて来た。

「キョウコ、最近七条に引っ越して、途中まで一緒に帰れるようになってんで」

 ラクが嬉しそうにいった。

 ドアが開き、ヒトを吐き出し終えるのを待ってサナたちは乗り込んだ。

 キョウコはドアの近くの手すりに掴まる。

 地下鉄は轟音と共に走り出す。

 サナは一瞬よろけ、慌ててつ手すりにつかまった。

「サナちゃん。一回だけ、手紙くれたよな」

 キョウコが静かにいった。

「キョウコ、返事くれたよな」

 サナはそうった。

 そこで、会話は途切れた。


 丁度一年ほど前、キョウコは学校でイジメられていた。

 そのことを知ったサナは、いじめっ子たちに対して“力”を使いキョウコを助けたのだが、キョウコ自身がサナを恐れるようになってしまい、サナとキョウコは疎遠になった。


 途中の駅で地下鉄の別路線に乗り換え、数駅先で降りた。ここで私鉄に乗り換える。

 地下にあるホームに降りると、特急と準急が並んでいた。

 特急の座席は全てうまりちらほらと立ち客もいたが、準急は空席があった。

 サナたちは準急に乗り込み、ラク、キョウコ、サナの順で並んで座る。

『三番線、特急の扉が閉まります』

 放送が流れて特急の扉が閉まり、滑るように走り出す。

 会話のないまま、数分がたった。

『四番線、準急の扉が閉まります』

 電車のドアが閉まり、轟音と共に走り出す。この辺りは地下を走っているから、一層音が響く。

「あの、サナちゃん、さっきの話の続きなんやけど」

 そう切り出したのはキョウコだった。

「さっき……コンの事か?」

 サナは訊き返すが、キョウコは首を横に振る。

「ううん。それじゃなくて、サナちゃんがピィちゃんを食べた話」

 サナは無意識に、指先を唇にあてた。

 丁度一年ほど前、サナはピィちゃん――生きたニワトリを食べた。

 イジメの末に、重症を負ったキョウコを助ける為、生贄が必要だった。

 口に刺さる羽毛。

 鉄臭い血の臭い。

 ヌルリとした内臓。

 体温が残る肉。

 生き物だったものが、口の中で死んでいく感覚。

「サナ、大丈夫?」

 ラクが心配そうに声をかける。

「うん。大丈夫」

 以前は思い出すだけで強い吐き気に襲われたし、実際に吐いてしまうこともあった。しかし最近では、少し気分が悪くなる程度で済むようになってきた。

 次の駅までは距離が短い。

 電車はブレーキをかけて減速する。

『祇園四条、祇園四条です』

 ドアが開くと、多くのヒトが乗ってくる。

 そして、すぐにドアを閉め発車する。

「サナちゃん、やっぱり、あのときのこと思い出すの辛いんやね。ごめんな」

 キョウコはうつむいていった。

「……キョウコ。辛かったろ? 恐かったろ? ごめんな」

 電車の音にかき消されそうなサナの声。さらにこう続ける。

「ベットの中で思い出して眠れなくなったりしてないか? 時々、急に不安になったりしてないか? なにをやっても楽しくないなんてことはないか?」

 轟音を響かせ、電車は走る。

「うん。眠れへん。不安になる。楽しくない。そやけど、それはサナちゃんも一緒ちゃうん?」

 キョウコは訊き返した。

 地下を走る列車。

 ゴーッと音が響く。

「うん。私も」

 考えた末の、サナの答えだった。

「私、酷いヒトやんな。サナちゃんに二回も助けてもらったのに、サナちゃんのこと恐いと思ってしもた」

 キョウコの言葉。

 サナは、視線をキョロキョロとせわしなく動かす。

 そして、口を開いた。

「それが、普通だよ。キョウコ。お前が悪い訳じゃない。あんなの見せられて恐がらない方がおかしいよ。私も、今だからわかる」

 電車にブレーキがかかり、減速する。

『清水五条、清水五条です』

 駅に滑り込み、ドアが開く。

 乗客の乗り降り。

 そしてすぐに発車。

「手紙くれたの、嬉しかった」

 キョウコがいった。

「返事くれたの、嬉しかった」

 サナがいった。

「ねえ、サナちゃん。ごめんなさい。それから、おおきに」

 キョウコは伏し目がちに、遠慮がちに、サナを見た。

「サナちゃん、私のこと、許して。身勝手なことかもしれんけど、前みたいに仲よくしてくれへん?」

 サナはキョウコを見て、すぐに目線をそらす。それを何度か繰り返してから、口を開いた。

「キョウコ。私はキツネだ。どう頑張ってもそれは変えられない。キョウコとは根本的に違う生き物なんだ。それでも、私とこうして並んで、話してくれて、仲よくしていっていってくれて、とっても嬉しい。これからも、よろしくな、キョウコ」

 電車はブレーキをかけてホームに滑り込む。

『七条、七条です。丹波橋まで、この電車が先に到着します。左側の扉を開けます、ご注意ください』

 アナウンスが流れ、ホームに滑り込む。

「じゃあ、後でな」

 キョウコはそういって降りていった。

「後で?」

 サナは首をかしげる。

「今夜、泊まりに来るんやって」

 ラクはどこか嬉しそうにいった。

 ドアが閉まり、電車は走り出す。

 ホームを離れると、サナはゆっくりとうつむく。

「サナ、大丈夫? 吐きそう? 次の駅で降りる?」

 気付いたラクが声をかける。

「……ったんだな」

 サナは小さくいった。

「サナちゃん?」

 ラクは首をかしげる。

 七条駅を出ると、電車は地下を抜けて地上に出る。

 窓の外が、パッと明るくなる。

 サナは、顔をあげた。

「こんなに、簡単だったんだな。キョウコと、仲直りするの」

 窓の外から差し込んだ光が、サナを照らす。

 その頬には、涙が光っていた。


 よみがえる、記憶。

「えっと、キョウコ、です。よろしく」

 はじめて会った日。

「ニワトリのピィちゃん。可愛いやん」

 好きなものを知った日。

「ブロッコリー、苦手で……」

 嫌いなものを知った日。

 笑った日、泣いた日、そしてもう一度笑った日。

 サナの脳裏に、沢山の景色が浮かぶ。


 サナとラクが降りる伏見稲荷駅はもう少し先。

 先へと続く線路を、電車は走っていった。

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