第7話 小さかった者たちの話 後編

 サナは学校中を歩き回り、コンと一緒にいたという男の子を探す。

 顔も、名前も、そもそも何年生かも知らない。

 それでも、学校内を歩き回って目的の人物を探す。

 授業中に廊下を歩いていたら不審に思われるので、その間は校舎の裏やトイレに隠れていた。

 特に手がかりも得られないまま、昼前、給食の時間になった。

 もちろん給食なんてあるはずがないから、サナは昼食をとらなかったが、特に困ることはなかった。

 それでも、特に空腹を感じなかった。

 校庭のすみにやってきた。

 かつてあった鳥小屋は撤去され、跡形もなく整地されていた。

 サナはしばらくその光景を見た後、校舎内に引き返した。


 給食の時間が終わり、昼休み。

 校舎内はたくさんの子供が行き交う。サナもそれに混ざって廊下をゆく。

 階段を登り踊り場に差し掛り、大量のプリントを抱えた若い女性教員とすれ違う。

 その直後、バサっと音がした。

 振り返ると、プリントを落としたらしい。さっきの女性教員が床に散乱したものを拾い集めていた。

「大丈夫ですか」

 サナは駆け寄り、プリントを拾い集める。

「ありがとう。助かったわぁ。あなた、クラスは?」

「ご……四年三組です」

 その途端、教員の表情が変わった。

「もしかして、八重垣コンさん?」

 どうして、名前を知っているのだろう。サナは不思議に思ったが、首を縦に振る。

「朝、校門のところで先生に声をかけられたよね。体調悪そうな子がいたって、知らせてくれたの。私、四年三組の担任だから」

 サナは拾ったプリントに目をむける。そのタイトルは『4年生 国語』だった。

 しまった、と思っても

「あなたは誰? どうして四年三組ってウソついたの?」

 教員は優しい口調で尋ねる。

「もし、なにか事情があるなら力になるから」

 教員はサナの手からプリントを抜き取る。

「あの……その……これは」

 サナはどう切り抜けるか、必死に考えるが案が出てこない。

 そのときだ。

「あ、先生ここにいた」

 階段の上から声がした。

 そこにいたのは二人の女の子。

 サナはその二人をよく知っていた。

 そう、それはかつてのクラスメイト――ラクとキョウコ。

「教頭先生が探してましたよ」

 ラクがいった。

「そう……わかった。すぐにいくって伝えてくれるかな?」

 教員はなおもサナのことが気になるようだった。その様子を見たラクは慌てたふうを装う。

「でもでも、すぐに呼んできてほしいって。なんか怒ってはるみたいで」

 教員は少し迷うような表情の後、「後で話、聞かせてね」といい残して足早に去っていった。

「さてと」

 教員が見えなくなると、ラクはそういってサナにつめ寄ってくる。キョウコも後からついてくる。

 サナは後ずさりするが、すぐに壁にぶつかる。

「まさか、こんなかたちで会うとは思わんかった。サナ」

 ラクは片手を壁にドンと突く。鋭い視線がサナに刺さる。

「サナって……それって、誰だよ」

 サナは目をそらした。

「人間やったらギリギリごまかせるかもしれんけど、私は匂いでわかんで」

 ラクは手を伸ばし、サナの眼鏡とマスクをとる。

「久しぶり」

 そして、ラクは優しい声でそういった。

「ラク……私はやらなきゃいけないことがある。そこをどいてくれ」

 サナは低い声でいった。

 ずっと黙っていたキョウコがゆっくりと口を開く。

「やっぱり本物のサナちゃんやねんな。そのヘンなしゃべり方」

 キョウコは静かにいった。

 サナはラクをすり抜け、キョウコの正面に立つ。

「ヘンってなんだよ。私はずっとこのしゃべり方だ」

 キョウコは半歩後ろに下がって、こういった。

「私、知ってんねんで。サナちゃん、転校してきたときは普通の喋り方やったもん。三年生の六月くらいに、ハマった漫画に影響されて、その主人公の口調を真似しはじめたってこと」

 サナは恥ずかしそうに顔を赤らめたが、すぐにムッとして大声でいいかえす。

「それは今、関係ないだろ。だいたい、それなら私だって覚えてるぞ。キョウコが二年生の十月の遠足のとき。バスの中で漏らしたの。私が水筒をこかしたことにして、ごまかしてやったの、忘れたとはいわせないぞ」

 今度はキョウコが赤面し、大声でいい返す。

「大声でいわんといてよ。っていうか、それこそ今、関係ないやん」

 だが、サナはさらに続ける。

「それだけじゃない、他にもお前の秘密は知ってるぞ。給食のブロッコリー、いつも私に押し付けてきただろ」

「い、今は食べられるようになったもん。それにお礼でから揚げあげてたやん」

 キョウコがその一言を放った瞬間、風船がしぼむようにサナの勢いがなくなる。

「そうだな……ありがと」

 沈黙。

 廊下を行き交う子供の声だけが聞こえる。

 見かねたラクが口を開きかけた瞬間、サナがいった。

「キョウコ……ニワトリのピィちゃんな、私が食べちゃったんだ」

 サナはうつむき、唇のはしっこを指先でなぞる。

 それを見たキョウコは、静かにいった。

「うん。ラクちゃんに全部教えてもらった。サナちゃんとラクちゃんが、御稲荷さんのおキツネさんってこと。サナちゃんが、私を守ってくれたこと」

「ごめんな。怖かったろ」

「……あのとき、いえへんかった。私が今生きてるのは、サナちゃんのおかげや。おおきに」

 そのとき、ラクがパンっと手を叩いた。

「とりあえず、どっか移動しよか。ウソがバレたら先生戻ってくるし」


 やって来たのは校舎裏の、草木が生い茂った一角だった。ここには休み時間でもあまりヒトがやってこない。

 ラクとキョウコ、そしてサナ。地面の比較的綺麗なところを選んで、

「今日は朝からなんとなくサナの匂いするなぁって思ってたんやけど、ホンマにいるんやもんなぁ。どうせ、お昼ごはんまだなんやろ?」

 ラクはそういって、ポケットからカップに入ったプリンを取り出した。

「これ、今日の給食のやつ」

「いいのか?」

 ラクがうなずくのを見て、サナはプリンを受け取り、xdせghふたを開けると、スプーンがないので直接容器に口をつけて中身をすする。喉にモノを通してはじめて、空腹だったことに気付いた。

「それで、コンさんの足取り掴めそう?」

 ラクが尋ね、サナは一旦カップから口をはなす。

「なんにも手がかりがない。この学校の男子と歩いてたんだよな」

「私はコンさんの顔を知らんけど、あのときいてたんはこの学校の男子やった。五年か六年やと思う」

 ラクは過去を思い出すような表情でいった。

 サナはさらにパンをちぎって口に入れ、飲み込むとこういった。

「離れた場所から、呪いで魂を引寄せたということは、相手はよほど強い“力”を持っているか、もしくはコンも相手のことを考えていたかだ」

「そっちで心当たりは?」

 ラクが尋ねた。

「コンの友達で、タマキってヒトがいたらしくて、コンが連れていかれる前の夜、そのタマキさんの思い出話を聞いていたんだ。でも、その話の中にラクが見たっていう男子らしいヒトは出てこなかった」

 ラクは「もっと知らべんとあかんなあ」と小さな声でいったあと、思い出したようにいった。

「それはそうと、サナ、寝泊りはどうしてんの? まさか観月橋の橋の下とかちゃうやろうな」

 サナは残っていたプリンを飲み干す。

「そんなこと、いくらなんでもするわけないだろ。イチキシマヒメ様が協力してくださってて、そのお使いの家に泊めさせてもらってるんだ」

「それなら、家に来ればいいのに。サナちゃんの部屋、そのままになってんで。置いてった漫画の原稿とかも」

 ラクはそういって、ポケットからハンカチをとり出すと、身を乗り出してサナの口元についたパンのカスをふき取った。

「いいのか?」

「うん。パパもママも、いいっていうやろ」

 サナは少し考える。

「うん。じゃあ、またお世話になろうかな。ありがと」

 ラクは嬉しそうに「うん」とうなずいた。

「あの、サナちゃん」

 キョウコがなにかいいかけたとき、昼休みの終了が近いことを告げる予鈴が鳴った。

「あの、えっと……また、あとでね」

 そういって、教室に戻っていった。

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