第4話 ラクというキツネの話 前編
コンがいなくなってから、数日がたった。
料理をつくれるヒトがいないので、お店は臨時休業にしている。
サナは普段通りを装いながら学校に通っている。
「つまり、三分の二と、六分の四は、同じ数字ということです」
しかし先生の声は全く耳には届かず、虚ろな目でぼんやりと外を眺めていた。
休み時間、サナのところに二人の女の子がやって来た。
クラスメイトのリンコとアカリだ。
「サナちゃん、最近なんだか元気ないね。大丈夫?」
リンコがそう声をかけた。
「そうだよ。ずっとぼんやりして。体調悪いなら、保健室いく? ついてくよ」
続けてアカリが尋ねる。
「ありがとう。でも大丈夫」
サナは力なくそういった。
放課後、リンコとアカリは一緒に帰ろうとサナにいったが、サナは断った。
一人で校門をくぐると、そこに高校生くらいの、派手な格好の少女がいた。
「ウカ様……」
サナはつぶやく。
その少女は、ウカノミタマノカミ。稲荷神である。
「サナちゃん、お帰り。一緒に帰ろ」
ウカは笑顔を浮かべてそういった。
「ウカ様、今十月ですよ。出雲で会議があるんじゃ……」
ウカと並んで歩きながらサナは尋ねる。
道路は夕日に照らされ赤く染まっていた。
「ちょっと抜けてきた。またすぐ戻らないと駄目なの。ごめんね、本当はもっとしっかり力になってあげたいんだけど、会議をお休みするわけにはいかないから」
「いえ、わかってますから」
サナは首を横に振る。
「さっき、ちょっと調べてみたけど、多分、誰かがコンちゃんにとても強い“想い”を抱いていて、それがコンちゃんを引き寄せたんだと思う」
それは、サナも予想していたことだった。
コンを捕らえた黒い影。誰かがコンを求め、それが具現化したものだ。
「でも、誰かを一方的に引き寄せようとしても普通はできないわ。できるとしたら、コンちゃんの方も相手のことを考えていた」
ウカはそこで一度言葉を切って、息を吸いなおしてからいった。
「サナちゃん、心当たりない? コンちゃんが直前に誰のことを考えていたか」
風が吹き、赤く染まった落ち葉を舞い上げる。
「タマキさん」
サナの頭に浮かんだのは、その名前だった。
「コンの友達で、タマキってヒトがいたらしいんです。コンがいなくなる前の夜、そのタマキさんの話をしてくれていました」
ウカは数回うなずいた。
「タマキ、ね。コンちゃんのお友達ってことは、京都のヒトだよね。京都のキツネたちに調べてもらうわ」
サナは少し考えて、「はい、お願いします」といった。
その頃、京都市内。
鴨川沿いの道を、一人の少女が歩いていた。
まるでモデルのような高身長と整った体形。どう見ても成人女性のような外見だが、実は彼女は十二歳の小学六年生だった。実際、表情には幼さが見える。
彼女の名前はイマといった。
イマの横をもう一人、女の子が歩く。
こちらはイマとは対照的に、小学校低学年くらいに見える。
彼女の名前はミキ。神に使えるキツネだが、幼いイマを助ける為に死亡し、それから紆余曲折経てイマと共に暮らしている。
「全く、本当にイマはおっちょこちょいなんだから。修学旅行で班のみんなと離れるなんて」
ミキは口をとがらせる。
「だってー、京都ってヒトが多いんだもーん」
イマはそういい返したが、ミキはあきれたようにため息をつく。
「アンタ、東京、それも二十三区内の出身でしょうに」
イマは「えへへ」と照れたように笑った。
イマのズボンのポケットに入れたスマートフォンがブルブルと震える。取り出して画面を見た。
「セリカちゃん、京都駅で待ってるって」
「で、京都駅ってどっち?」
ミキがいうと、イマは立ち止まった。
「えっと、すぐ調べるね」
イマはスマホを操作し――動きを止めた。
「ミキ先輩、どうしよう。バッテリー切れた」
ミキはため息をついた。
「しょうがない。イマ、誰か適当なヒト捕まえて、訊きなさい。京都駅までの道」
ミキがそういったときだ。
「あの、なにかお困りですか?」
声をかけてきたヒトがいた。
それは、小学校高学年くらいの女の子だった。学校帰りなのか、制服を着てランドセルを背負っている。
「実は、京都駅にいきたいんですが迷っちゃって……」
イマは女の子にそういった。
「じゃあ、ご案内します」
女の子はそういって、歩きはじめる。イマもそれについていこうとしたときだ。
「待って、イマ」
突然、ミキが声をあげた。
イマと、それから女の子が足を止めミキを見る。
「あなた、私が見えてるでしょ?」
ミキの目は、女の子を見ていた。
ミキは魂のみで体を持たない幽霊のような存在だ。
「大丈夫よ。その子も、アタシのことは知っている。アタシ、その子の式神なの」
女の子が黙ったままなのを見て、ミキはさらにそういった。
女の子は、イマに視線を移す。
「ミキ先輩のいう通り、です。私、ミキ先輩が見えてます」
すかさず、イマがいった。
女の子は、何度かイマとミキを交互に見て、フッと表情を和らげた。
「実は、キツネの霊に憑かれているんじゃないかと思って、声をかけさせてもらったんです。でも、悪い霊ではなかったんですね。申し訳ありませんでした」
女の子は深々と頭を下げた。
「あなたは、神の使いのキツネ?」
ミキが尋ねる。
「はい、ウカノミタマノカミ様にお仕えしています。秦守ラクと申します。改めて、京都駅までご案内させていただきますね」
女の子――ラクはそういって微笑んだ。
ラクに案内されながら、イマとミキは歩く。
「私はイマ。小学六年生で、修学旅行で来たの」
「へ? 六ね……六年ですか」
ラクは驚いたようにイマをつま先から頭のてっぺんまで視線を動かしていく。
「ちなみに、アタシは死んだとき十四だった」
ミキがいうと、ラクはクスリと笑った。
「お二人お似合いなんですね。どちらからいらしたんですか?」
「鳥取です。鳥取の若桜町ってところです」
イマがいった途端、ラクは足を止めた。
「あの……でも……」
そして、なにかを迷っているように視線を泳がせる。
「もしかしてあなた、サナの知り合い?」
そう切り出したのは、ミキだった。
「サナのこと知ってるんですね。元気にしてますか?」
ラクは、絞り出すように小さな声で尋ねた。
「あなたがサナが京都で同居してたっていう?」
ミキが尋ねた。
「はい。去年まで、私はサナと一緒に暮らしていました。サナ、元気にしていますか?」
ラクはそういっいながら、再び歩きはじめる。
イマは少し悩んだが、ありのままを伝えた。
「サナちゃん、コンさんっていう幽霊さんととっても仲良しだったんだけど。でも、最近コンさんがいなくなってしまって、とても落ち込んでるの」
「そう……昔みたいに明るくなってくれているといいなって思ったんだけど……そのコンさんというヒトがいなくなったって、ヨモツクニへ旅立たれた、ということですか?」
ラクはゆっくりと尋ねた。
「それだとまだよかったんだけど、多分、呪いね」
こたえたのはミキだった。
「アタシが現場に居合わせたわけじゃないから確かなことはいえないけど、多分コンに強い感情を抱くだれかが、コンを惹き寄せたのよ」
「死んでしまってもなおもヒトを捕らえる想い、ですか」
ラクは、独り言のようにつぶやいた。
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