昨日見た夢

@dhd5h

第1話

気がつくと、そこにいた。ピンク色の空に、白い建物、ミントグリーンの木。そして、グレーの柱と道。


私はなぜここに立っているのか。わからない。

もちろん自分がことは分かる。大学生という身分、好きな小説、好きな食べ物、苦手なスポーツまで全て知り尽くしている。自分がいる場所がどこかも分かっている。


ここは、地元のスーパーの駐車場だ。なぜだか分からないが、私はそこにいる。それに、なぜだか駅の方へ行かなければならないということも分かる。足が自然と駅の方へ向いたから。


すたすたと歩き始めた。私が歩く道は、私が知っている大通りではない。私の知らない、可愛らしい色で構成されたまち。


でも、私は疑問なんか抱かない。


駅へ行く途中、病院の前を通った。もちろん私知っている地元にそんな病院はない。でも、なぜか私はその病院があるのを当然のこととして受け入れていた。


病院の前をゆっくりと歩いていると、不意に声がかけられた。私を呼ぶ声。反射的に声の方を見ると、中学校の頃の同級生が立っていた。久しぶり、と言いながらわたしに近づいてくる彼。そんなに仲が良かった訳でもない。むしろ会話したことなんてほとんどない。だから、彼が道端ですれ違った程度でわたしに声をかけてくるなんて不自然だ。


でも、私は疑問なんが抱かない。


これからあいてる?と聞く彼の誘いを断り、私はまた駅へと歩き出した。白くて細い、知らない路地を歩いて行く。道はわからないが、行くべき方向や方角はわかった。


ふと、一つのドアが目に入った。そのドアは家と家の間、道になるはずの場所にはめ込まれるような形だった。なんだかわからないが、開けなければならない気がした。


そっとドアを開けてみると、中は家になっていた。玄関なんてものはない、いきなりリビングがある。少しだけ、私の実家に似ていた。センスの良い家具をぼんやりと眺めていると、背後から女性の声がした。私の名前を呼ばれている。


振り返ってみると、卒業したはずの先輩が立っていた。彼女とはさほど仲が良かった訳ではない。仲が良かった先輩と仲が良かったから、一度だけ一緒にお酒を飲んだ程度だった。


勝手に家に入った私を、彼女は暖かく迎え入れてくれた。白いふかふかのソファに私を座らせ、お茶を出し、自身もソファに座った。そして、ぽつりぽつりと、いろいろなことを話した。人生のことだとか、何か重要な話をしたような気はするが、今となっては思い出せない。


彼女は、わたしに一通の手紙を渡した。そして、これで最後、お別れだね、と言った。私はよくわからなかったが、彼女に送り出されるまま、彼女の家を後にした。


そして、また駅を目指した。その後は特に何事もなく、駅の近くまで行くことができた。私は、駅に繋がる巨大な歩道橋の上を歩いていた。本当は歩道橋なんてものは存在していないはずなのに。


でも、私は疑問なんか抱かない。


駅の間近まで来たとき、私はICカードも財布も持っていないことに気がついた。困った。これでは電車に乗ることができない。


渋々私は家へ引き返すことにした。行き道は二十分ほどかかったはずのスーパーまでの道は、五分で戻ることができた。そこからさらに奥、実家に戻らなければならない。


私は渋々ピンクの街を歩いた。途中、なぜか見たことのある路地を通った。路地の壁に、見たことのあるドアがあった。私は迷いなく、そのドアをあけた。


そこには先ほど私を見送ってくれた先輩がいた。紅茶を飲んでいたカップを置き、こちらを振り返り、微笑む。また来ちゃったのね、と言った彼女がきれいで、見惚れてしまった。


彼女は困ったように笑いながら、また来たの、と言った。きちゃダメだったのに、早く帰らなきゃダメよ、とも。そしてふと思いついたように立ち上がったと思ったら、奥の部屋へと消えていった。私はじっと彼女が行った方を眺めていた。


ほどなくして、彼女は帰ってきた。そして、白い華奢なブレスレットを私に持たせた。プレゼントよ、お揃いなの、と微笑む彼女の腕には、同じデザインの黒いブレスレットが光っていた。私はきれいな彼女とお揃いのブレスレットが嬉しくて、ありがとうございます、と言って受け取った。


その瞬間、彼女の顔色が変わった。今度こそもう帰らなきゃね、と、私をぐいぐいとドアの前まで引っ張ろうとした。彼女は、何故か入ってきたドアとは違うドアから私を出したいらしい。


がちゃり、と私が入ってきたドアが開いた。ただいま、と言って、知らない男性が入ってきた。スーツ姿で背が高い、ちょっとガタイがいい男性だった。


先輩はいつものような微笑みを浮かべてお帰り、と言った後、彼に私を紹介した。サークルの後輩でね、迷ってきちゃったみたいなの、と。次に彼女は私に彼を紹介してくれた。私がいまお付き合いしている人なの、と。彼氏がいたことに驚いたのも束の間、先輩の彼氏は急に先輩の腕を捻り上げ、彼女の頬を引っ叩いた。私は驚きで固まった。先輩はこちらを見ることなく、早く逃げて!入ってきた方じゃなくて、あっちのドアから!もう絶対に来ちゃダメ!と叫んだ。考える前に体が動いた。私は先輩に指示されたドアから飛び出した。


走って走って走って、先輩の家からはかなり離れたところまで逃げることができた。耳の奥にこびりついた先輩の最後の叫びが頭の中でぐるぐるする。そう思いながらも、何故か止まることはなかった。私は、ピンク色の街を歩き続けた。だんだんと音が遠くなってゆく感じがした。それでも、それでも。




目を開けると、リビングの座椅子に倒れ込んでいた。部屋は白とベージュで構成されており、横には私の彼氏の寝顔がある。そこはいつも通りの私の部屋で、テレビでは流行りのウイルスの報道がなされていた。なんなんだあの夢、やけに詳細まで覚えている。私はそっと頬を抑えた。左手には、お気に入りの黒いブレスレット。それをそっと外し、ぎゅっと握りしめた。だんだんとピンク色の空が遠のいていく感じがする。彼氏の顔を覗き込む。さようなら、と小さく声がこぼれた。

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