第22話 ともだちの話 その2

 再び、キャンプ場。

 テントの中で、サクラたち三人は川の字になって横になる。

 リンコはそっと、ポケットからスマートフォンを取り出した。

「ここ、圏外だ」

 そして、画面を見て小さくいった。

「リンコってさ、よくスマホ気にしてるけど、誰と連絡とってんの?」

 アカリが尋ねた。こまめにスマートフォンを確認することを非難している風ではなく、あくまでも気になったから尋ねたという感じだった。

「東京にいたときの友達。引っ越す前にちょっと喧嘩しちゃって、それっきりだったんだけど、さっき、急に連絡くれて……」

 リンコはスマートフォンを強く握る。

 リンコは若桜町の出身ではなく、四年生の春に東京から引っ越してきたらしい。

「リンコって、なんで転校してきたのですか?」

 サクラは尋ねた。

「パパもママも、こういうキャンプとか大好きで、都会より田舎のほうがいいって、そればっかりいって、それで引っ越してきたの」

「その口ぶりだと、ホントは東京にいたかったの?」

 そういったのは、アカリだった。

 リンコはしばらく視線を泳がせたあと、小さくうなずいた。

「うん。ホントは……ね。でも、誤解しないでほしいの。引っ越してきてからも、楽しいことは色々あったし、アカリちゃんやサクラちゃん、サナちゃんのことは嫌いじゃないんだよ」

 リンコは「ただ……」と言葉を繋ぐ。

「私は、パパやママが田舎で暮らすのがいいって、自然豊かなところがいいって、いうのが、よくわからないの……大きな虫、恐いし。なんであんな大きさになるのよ」

 アカリは数回うなずく。

「それで、東京の友達から、久しぶりに連絡がきた、と」

 今度はリンコがうなずく。

「うん。返信したかったんだけど……圏外になっちゃった。このまま、また連絡取れなくなったらどうしよう。無視したと思われたら、どうしよう」

 サクラも、アカリも、なにも声をかけられなかった。


 結局、そのままリンコを落ち着かせ、話はうやむやなまま、サクラたちは眠ることにした。

 深夜、サクラは物音がして、目を覚ました。

 暗闇の中で、誰かがテントの外へ出ていこうとしていた。

「……誰、ですか?」

 暗闇の中、一瞬見えたその姿は、リンコだった。

「リンコ、どこへ……」

 サクラの声に、返事はなかった。

「心配しないで、サクラちゃん。すぐに戻るから」

 テントの外は、激しい雨が降っていた。

 サクラは見逃さなかった。リンコの手に、スマートフォンが握られていることに。

「リンコ、どこいくの?」

 そういったのはサクラ、ではなかった。いつの間にか、アカリも目を覚ましていた。

「ちょっと、その……トイレ」

「嘘だよね」

 リンコの言葉に、間髪を入れずにアカリは返した。

「そのスマホ、アンテナが立つところまでいって、返事を送るつもりなんだよね。

 アカリはうつむく。

「ごめん。どうしても、友達との繋がりが大事なの。返事を送ったら、すぐに戻ってくるから」

「私もいくよ」

 アカリは狭いテントの中で上体をおこした。

「こんな暗い山道、一人じゃ危ないよ。すぐ戻るから、サクラは寝てて」

 アカリがテントの外に出てから、サクラも起き上がった。

「私もいきます。二人より三人です」

 そういって、サクラは上着を羽織った。


 荷物の中に、人数分のカッパがあった。サクラたちはそれを羽織って歩く。

 夜の山道。そして雨。

 三人それぞれ懐中電灯で道を照らす。

「ごめんね。こんなことについて来てもらって」

 先頭を歩くリンコは申し訳なさそうにいった。

「いいよ。このぐらい。リンコのためならさ」

「そうですよ、気にしないでください」

 アカリとサクラはそれぞれいった。

「町からここまで、車で二十分くらいだったから、ちょっと歩けばアンテナ立つと思うんだけど……」

 リンコは歩きながら、懐中電灯をポケットに入れ、スマートフォンの画面を見る。

 そのときだ。

「リンコ危ない!」

 アカリが叫んだ。

 しかし、遅かった。

 リンコのいく先、道は急な下り坂になっていた。

 リンコはあっという間に坂を転げ落ちた。

「リンコ!」

「大丈夫ですか!」

 アカリとサクラは坂を慎重に下り、リンコの元へいく。

 リンコは地面にうずくまり、意識を失っていた。

 額から血が出ている。

 サクラが懐中電灯で照らした場所、地面から尖った石が突き出ていた。そして、そこに血が付いていた。

「リンコ、リンコ」

 アカリがリンコの体を揺らす。

「駄目です、アカリ! 頭を打ったときは、揺らしてはいけません」

 サクラは、強い口調でいった。

 若葉サクラ。

 サナが漫画に込めた魂が人形の体を得た存在。

 そして、その漫画はサナが普通の人間への憧れで描いたもの。

 なのに今、サクラは悔しかった。自我を持ってから、最も悔しかった。

 せいぜい幽霊が見える程度で、基本的には人間と同等の能力しか持たないサクラ。

 サナのようにヒトの傷を癒す能力は、ない。

 巨大なキツネの姿になり長距離を一瞬で駆け抜けることもできない。

 サナが“普通の人間”ではないからこそ救えてきたものがどれほどあったか、サクラは思い知った。

「なんで、私はサナじゃないの?」

 サクラは、目元に浮かんできた涙をぬぐう。

 今は泣いている場合じゃない。できることをやらなければならない。

「もう、私たちだけではどうにもなりません。大人を呼んできます。アカリは、ここでリンコを見ていてください」

 サクラはそういって、カッパと、上着を脱ぐ。

 リンコを仰向きで寝かせると、脱いだカッパをかけ、上着を丸めて枕にした。

「サクラ……戻ってくる?」

 アカリは涙目になっていた。

「大丈夫です。私を信じてください」

 サクラはわざと笑った。

 地面に、リンコのスマートフォンが落ちていることに気付いた。画面にヒビが入っているが、拾い上げて見ると電源は入った。

「借ります。なにかの役にたつかもしれませんので」

 サクラはスマートフォンをポケットに入れた。

「じゃあ、リンコのこと、お願いします」

 サクラは来た道を走りはじめた。


 深夜、サナの家に電話がかかってきた。

 出たのは、サナの母だった。

 電話の相手は、リンコの母親だった。

 電話の内容をまとめると、夜中、ふと目が覚めてテントの外を見ると、山へはいっていくサクラたちの姿が見えた。

 慌てて追いかけたが見失い、これから警察と消防に連絡するとのことだった。

「わかりました。私もいきます」

 母は、落ち着いた様子で、受話器を置いた。それから、慌てて家族全員をおこした。

 キャンプ場へは、サナの両親がいくことになった。

 両親とサナ以外の全員がリビングに集まる。

 コンは、ミルクティーを入れて、配った。長女、テナが手伝ってくれた。

「サクラねぇちゃん、大丈夫かな? 術で探せないの?」

 一番下の弟のコウがいった。

「コウ、わかってるだろ? 山全体かヒトを探すなんて、範囲が広すぎる。神獣の力の限界を超えてる。人間の救助隊を信るしかない」

 長男、フウは落ち着いた様子でいった。

 そのとき、電話が鳴った。

 一番近くにいたコンが受話器をとる。


 山の中。

 さっきよりもさらに、雨脚が強まり、地面がぬかるんでいる。

 サクラはズボンの裾に泥をつけながら歩く。

 そのとき、ふとポケットに入れたスマートフォンが震えたような気がした。

 サクラは立ち止まり、取り出す。

 ヒビが入った画面になにかの通知のメッセージが表示されていた。

「これって」

 サクラはスマートフォンを持ったまま、二、三歩ずつ様々な方向へ歩いてみる。そして見つけた。ごく狭い範囲、一箇所だけ、電波が届く場所があった。

 サナはその場所で、慌てて画面を操作し、電話をかける。

 数コールの後、コンが電話に出た。

「もしもし」

『もしかして……サクラちゃん?』

「はい、サクラです」

『どこにいるの? みんな心配して……』

 コンの言葉をさえぎって、サクラは早口で喋る。

「今、山の中です。私自身、居場所がはっきりわかっていません。リンコが怪我をしました。すぐに助けが欲しいです。サナに……サナに伝えてください。助けてほしいって」

『サナちゃんに?』

 電話口のコンの声が驚いている。

「はい。アカリやリンコは見つけられなくても、私だったら感じられるはずです。サナなら、同じ魂を持つ私は感じられるはずです。サナがこの場に来てくれるのが、一番確実にリンコの命を救えるんです」

『でも、サナちゃんは……』

「わかってます。全部わかったうえで、お願いしてるんです」

『……わかった。サナちゃんに話してみる』

「ありがとうございます、コン。信じて……」

 突然、通話が途切れた。

 画面を見ると、圏外になっていた。

「信じてます」

 サクラはそういうと、来た道を引き返しはじめた。

 まだ気づいていなかった。

 雨水を大量に含んだ地面。急斜面に生えた木が、きしみながら少しづつ傾きはじめていることに。

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