第11話 地中に埋まった軍艦を探す話 後編

 お店に戻ってくると、男の子は目を覚ましていた。

「ここは、オレのいた時代から何年もたっているんだ」

 男の子は、静かにいった。

「その方が、この子のためになると思ったから、話してん」

 コンが続けて、そういった。

 サナとサクラは無言でうなずいた。

「わかりましたよ、昔の中学校は、今、民俗資料館になってるそうです」

 そして、サクラは嬉しそうにいった。

「民俗資料館……」

 コンがつぶやいた。


 町の中心部から少し山に登ったところに、民俗博物館はある。

 サナとサクラ、コンと男の子。四人でやってきた。

 敷地内には新築された資料館と、その横にどこからか移築してきたという古民家がある。

「ごめんくださーい」

 サクラは資料館の受付で、おじさんに声をかけた。優しそうなおじさんだった。

「おや、いらっしゃい。その子は、キツネかい?」

 おじさんは、サクラに抱かれるサナが気になるようだった。

「はい。私の大切な……お友達です」

 サクラは、サナを抱く腕に力を込めた。

「そうかい。でも、寄生虫には気をつけるんだよ」

「え、えっと……、心配してくれてありがとうございます。でも、大丈夫です。拾い食いさせないようにしようにしていますから」

 サナはサクラの腕に噛みついた。コンはそれに気がついたのか、心配そうな目をむけるが、サクラは笑顔を崩さない。

「それで、今日はどうしたんだい?」

 おじさんがそういった。

「掘らせてほしいんです」

 サクラの言葉に、おじさんは首をかしげた。

「どういうことだい?」

「あの、実は親戚のお爺さんが最近亡くなったのですが、死ぬ間際に、中学校に埋めたものを掘り出してほしいといったのです。それで、ここが昔、中学校だったと聞きましたので」

「それで、敷地の中を掘りたいんだね」

 サクラはうなずいた。

「はい。掘った穴は、必ず埋めます。ご迷惑はおかけしません。死者の残した“想い”どうか果たさせてください」

 おじさんは少し考える。

「わかった。場所の目星はつ

いているのかい?」

「校門の根元に埋めた、といっていました」

 おじさんは昔、校門があったという場所に案内してくれた。

 サクラは地面にサナをおろした。

 サナは地面に鼻を近づけ、ここだ、というようにサクラを見上げる。

「掘ってみます」

 サクラはスコップを地面に突き立てた。

 ほどなくして、金属製の箱が出てきた。

「これだ!」

 男の子は大きな声を出した。

 箱を穴から出し、開けてみる。中には布で包まれた長細いものがあった。

 サクラがゆっくりと布をほどくと、中から軍艦の模型が出てきた。かなり汚れ、色は剥げ落ち、所々破損しているが、まぎれもなく軍艦の模型だった。

「よかった。見つかってんな」

 コンがいった。

「……これ、ミチコお姉ちゃんに返せるかな?」

 男の子がつぶやくと、沈黙が流れた。

「ミチコさん、今、生きているかもわからへんな。あなたより年上やったんやろ」

 男の子は、小さくうなずいた。

「……わかってる。でも、もしも、ミチコお姉ちゃんの家族、子供とかがいたら、渡したいんだ」

 少し考えたあと、サクラが尋ねた。

「あの、これ、高森ミチコってヒトに渡したいんですが、お心当たりありませんか?」

 おじさんは少し考える。

「高森……私が小学校のときに転校してきたヤツが、高森だな。そいつなら、まだ町に住んでいるけど……」

「家の場所、教えてください」

 サクラが食いつくようにいった。


 おじさんに家の場所を教えてもらい、お礼をいって、一行は資料館を後にした。

「正直、望み薄だと思うぞ」

 サクラの足元を歩くサナはさらに続ける。

「おじさんの時代に転校してきたヒトなら時代が合わないし、高森ミチコは女のヒトだから、結婚して苗字が変わってる可能性もある」

 サクラはうなずく。

「でも、今は他に可能性がないので」

 男の子は「ミチコお姉ちゃん……」とつぶやいた。


 教えてもらった家に到着すると、ちょうど玄関のドアが開き、出てきたヒトがいた。

 それは、アカリだった。

「あれ? サナ又はサクラ、ウチになにか用?」

 アカリは首をかしげる。

「今回もサクラです。ところで、ここって高森さんのお宅ですよね」

 アカリはうなずく。

「うん。私の家」

 その途端、サクラとサナ、二人同時に思い出した。

 クラスメートのフルネーム――高森アカリ。

「で、ウチになんか用? ヒマなら、遊ぼうよ」

 アカリはうずうずと体を動かす。

「実は、高森ミチコという方を探しているのです」

 サクラがいった。

「ウチのひいお婆ちゃん? 今ちょうど、帰ってるよ」

 アカリがいうと、サクラ、サナ、コン、男の子。四人は顔を見合わせた。

「入ってよ。ワンちゃんもいっしょでいいよ」

「犬じゃない」

 サナは周囲に聞こえないようにつぶやいた。


 今年で八十六歳になるそうだ。

 しかし、ミチコは年令を全く感じさせない雰囲気があった。

 背筋をまっすぐに伸ばし、リビングの椅子に座っている。その頬には、大きな火傷のあとがあった。

「いらっしゃい。私に用とはなにかしら?」

「あの、あるヒトに頼まれて、これをお返しに来ました」

 ミチコとテーブルをはさんで座るのは、サクラだ。

 サクラはテーブルの上に、布でくるんだ軍艦を置いた。

 ミチコは丁寧な手つきで、布を開く。

「これは!」

 そして、驚きの表情を浮かべた。

「憶えて、らっしゃいますでしょうか?」

「忘れることはないわ」

 ミチコは大きく深呼吸をして、ゆっくりと語りだす。

「一度、結婚して町を出た。でも、離婚して、子供を連れて戻ってきた。この町で孫が生まれて、ひ孫が生まれて……いろいろあったけど、本当、戻ってきてよかったわ。」

 男の子は、ミチコにむかって深々と、頭を下げた。

「ミチコお姉ちゃん、ごめんなさい」

 ミチコは、軟らかい笑顔をサクラにむけた。

「実はね、これを盗んだのが誰か、知っていたの。私は、あの子が寂しがっていたことは知っていたし、それを癒してあげられているとも思っていた。でも、これが無くなったとき、あの子はずっと寂しい思いを抱えたままだったんだなって、悲しくなった」

 ミチコの声を聞きながら、男の子はうつむいた。

「だから、これはあの子にあげたつもりだったの。確かに、大切な兄の形見だけど、きっと兄も、欲しいがっているヒトにあげてくれって、いうと思ったから」

 そのとき、アカリがティーカップに紅茶をいれて持ってきた。ミチコとサクラはそれぞれ受け取る。

「ありがと」

「ありがとうございます」

 ミチコとサクラは一口、紅茶を飲んだ。

「大体想像つくけど、一応尋ねるわ。あのヒトは今、どこにいるの?」

 サクラは一度、ミチコから視線をそらし、少し考えていった。

「亡くなられました。これを、あなたに返すことが、最期に残した“想い”なのです」

「まったく。ずっと泣き虫、弱虫、だったけど、私より先に逝ってしまうなんて、情けないわね」

 ミチコはそういいながら、天井を見上げた。

「聞いているかしら。私はまだそっちに逝くつもりはないけれど、いつか、そっちで会えたら、そのときはまたごはんつくってあげるわ」

 ミチコがいい終わると、男の子はゆっくりとうなずいた。

「うん。とっても楽しみにしてるよ、ミチコお姉ちゃん」


 サクラたちはお店に戻ってきた。

 サナは、人間の姿になった。

「ありがとう。もう、いい」

 男の子は笑顔でそういった。

「なにか、食べたいもんある?」

 コンが尋ねる。

「お味噌汁。お姉ちゃんが、よくつくってくれたんだ」

 コンはうなずき「うん。わかった」というと、厨房にはいった。

 かまどに火を入れ、鍋にお湯を沸かす。

 水と小麦を混ぜ合わせてすいとんをつくり、ゴボウやニンジン、山芋など沢山の具材と煮込む。

 やがて、完成した味噌汁を、男の子に出した。

「いただきます」

 男の子はゆっくりと、味噌汁を口に運ぶ。

「おいしい。おいしいよ、コンお姉ちゃん」

「うん。よかった」

 男の子の姿は、宙にとけるように消えていった。


 同じ頃。

 ある葬儀場で参列者が話していた。

「お爺さん、末期にはずいぶん認知症が進んでいたらしいね」

「そうなんですか?」

「自分が子供だと思っていたみたいで、中学校にいくって聞かなくて、老人ホームの職員さんもずいぶん困ってたみたい」

「立派なヒトだったんですけどね」

「埋めた軍艦を探さなきゃいけないっていってたけど、なんのことだったんだろう」

 参列者は、首をかしげた。

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