第10話 地中に埋まった軍艦を探す話 後編
お店に戻ってくると、男の子は目を覚ましていた。
「ここは、オレのいた時代から何年もたっているんだ」
男の子は、静かにいった。
「その方が、この子のためになると思ったから、話してん」
コンが続けて、そういった。
サナとサクラは無言でうなずいた。
「わかりましたよ、昔の中学校は、今、民俗資料館になってるそうです」
そして、サクラは嬉しそうにいった。
「民俗資料館……」
コンがつぶやいた。
町の中心部から少し山に登ったところに、民俗博物館はある。
サナとサクラ、コンと男の子。四人でやってきた。
敷地内には新築された資料館と、その横にどこからか移築してきたという古民家がある。
「ごめんくださーい」
サクラは資料館の受付で、おじさんに声をかけた。優しそうなおじさんだった。
「おや、いらっしゃい。その子は、キツネかい?」
おじさんは、サクラに抱かれるサナが気になるようだった。
「はい。私の大切な……お友達です」
サクラは、サナを抱く腕に力を込めた。
「そうかい。でも、寄生虫には気をつけるんだよ」
「え、えっと……、心配してくれてありがとうございます。でも、大丈夫です。拾い食いさせないようにしようにしていますから」
サナはサクラの腕に噛みついた。コンはそれに気がついたのか、心配そうな目をむけるが、サクラは笑顔を崩さない。
「それで、今日はどうしたんだい?」
おじさんがそういった。
「掘らせてほしいんです」
サクラの言葉に、おじさんは首をかしげた。
「どういうことだい?」
「あの、実は親戚のお爺さんが最近亡くなったのですが、死ぬ間際に、中学校に埋めたものを掘り出してほしいといったのです。それで、ここが昔、中学校だったと聞きましたので」
「それで、敷地の中を掘りたいんだね」
サクラはうなずいた。
「はい。掘った穴は、必ず埋めます。ご迷惑はおかけしません。死者の残した“想い”どうか果たさせてください」
おじさんは少し考える。
「わかった。場所の目星はつ
いているのかい?」
「校門の根元に埋めた、といっていました」
おじさんは昔、校門があったという場所に案内してくれた。
サクラは地面にサナをおろした。
サナは地面に鼻を近づけ、ここだ、というようにサクラを見上げる。
「掘ってみます」
サクラはスコップを地面に突き立てた。
ほどなくして、金属製の箱が出てきた。
「これだ!」
男の子は大きな声を出した。
箱を穴から出し、開けてみる。中には布で包まれた長細いものがあった。
サクラがゆっくりと布をほどくと、中から軍艦の模型が出てきた。かなり汚れ、色は剥げ落ち、所々破損しているが、まぎれもなく軍艦の模型だった。
「よかった。見つかってんな」
コンがいった。
「……これ、ミチコお姉ちゃんに返せるかな?」
男の子がつぶやくと、沈黙が流れた。
「ミチコさん、今、生きているかもわからへんな。あなたより年上やったんやろ」
男の子は、小さくうなずいた。
「……わかってる。でも、もしも、ミチコお姉ちゃんの家族、子供とかがいたら、渡したいんだ」
少し考えたあと、サクラが尋ねた。
「あの、これ、高森ミチコってヒトに渡したいんですが、お心当たりありませんか?」
おじさんは少し考える。
「高森……私が小学校のときに転校してきたヤツが、高森だな。そいつなら、まだ町に住んでいるけど……」
「家の場所、教えてください」
サクラが食いつくようにいった。
おじさんに家の場所を教えてもらい、お礼をいって、一行は資料館を後にした。
「正直、望み薄だと思うぞ」
サクラの足元を歩くサナはさらに続ける。
「おじさんの時代に転校してきたヒトなら時代が合わないし、高森ミチコは女のヒトだから、結婚して苗字が変わってる可能性もある」
サクラはうなずく。
「でも、今は他に可能性がないので」
男の子は「ミチコお姉ちゃん……」とつぶやいた。
教えてもらった家に到着すると、ちょうど玄関のドアが開き、出てきたヒトがいた。
それは、アカリだった。
「あれ? サナ又はサクラ、ウチになにか用?」
アカリは首をかしげる。
「今回もサクラです。ところで、ここって高森さんのお宅ですよね」
アカリはうなずく。
「うん。私の家」
その途端、サクラとサナ、二人同時に思い出した。
クラスメートのフルネーム――高森アカリ。
「で、ウチになんか用? ヒマなら、遊ぼうよ」
アカリはうずうずと体を動かす。
「実は、高森ミチコという方を探しているのです」
サクラがいった。
「ウチのひいお婆ちゃん? 今ちょうど、帰ってるよ」
アカリがいうと、サクラ、サナ、コン、男の子。四人は顔を見合わせた。
「入ってよ。ワンちゃんもいっしょでいいよ」
「犬じゃない」
サナは周囲に聞こえないようにつぶやいた。
今年で八十六歳になるそうだ。
しかし、ミチコは年令を全く感じさせない雰囲気があった。
背筋をまっすぐに伸ばし、リビングの椅子に座っている。その頬には、大きな火傷のあとがあった。
「いらっしゃい。私に用とはなにかしら?」
「あの、あるヒトに頼まれて、これをお返しに来ました」
ミチコとテーブルをはさんで座るのは、サクラだ。
サクラはテーブルの上に、布でくるんだ軍艦を置いた。
ミチコは丁寧な手つきで、布を開く。
「これは!」
そして、驚きの表情を浮かべた。
「憶えて、らっしゃいますでしょうか?」
「忘れることはないわ」
ミチコは大きく深呼吸をして、ゆっくりと語りだす。
「一度、結婚して町を出た。でも、離婚して、子供を連れて戻ってきた。この町で孫が生まれて、ひ孫が生まれて……いろいろあったけど、本当、戻ってきてよかったわ。」
男の子は、ミチコにむかって深々と、頭を下げた。
「ミチコお姉ちゃん、ごめんなさい」
ミチコは、軟らかい笑顔をサクラにむけた。
「実はね、これを盗んだのが誰か、知っていたの。私は、あの子が寂しがっていたことは知っていたし、それを癒してあげられているとも思っていた。でも、これが無くなったとき、あの子はずっと寂しい思いを抱えたままだったんだなって、悲しくなった」
ミチコの声を聞きながら、男の子はうつむいた。
「だから、これはあの子にあげたつもりだったの。確かに、大切な兄の形見だけど、きっと兄も、欲しいがっているヒトにあげてくれって、いうと思ったから」
そのとき、アカリがティーカップに紅茶をいれて持ってきた。ミチコとサクラはそれぞれ受け取る。
「ありがと」
「ありがとうございます」
ミチコとサクラは一口、紅茶を飲んだ。
「大体想像つくけど、一応尋ねるわ。あのヒトは今、どこにいるの?」
サクラは一度、ミチコから視線をそらし、少し考えていった。
「亡くなられました。これを、あなたに返すことが、最期に残した“想い”なのです」
「まったく。ずっと泣き虫、弱虫、だったけど、私より先に逝ってしまうなんて、情けないわね」
ミチコはそういいながら、天井を見上げた。
「聞いているかしら。私はまだそっちに逝くつもりはないけれど、いつか、そっちで会えたら、そのときはまたごはんつくってあげるわ」
ミチコがいい終わると、男の子はゆっくりとうなずいた。
「うん。とっても楽しみにしてるよ、ミチコお姉ちゃん」
サクラたちはお店に戻ってきた。
サナは、人間の姿になった。
「ありがとう。もう、いい」
男の子は笑顔でそういった。
「なにか、食べたいもんある?」
コンが尋ねる。
「お味噌汁。お姉ちゃんが、よくつくってくれたんだ」
コンはうなずき「うん。わかった」というと、厨房にはいった。
かまどに火を入れ、鍋にお湯を沸かす。
水と小麦を混ぜ合わせてすいとんをつくり、ゴボウやニンジン、山芋など沢山の具材と煮込む。
やがて、完成した味噌汁を、男の子に出した。
「いただきます」
男の子はゆっくりと、味噌汁を口に運ぶ。
「おいしい。おいしいよ、コンお姉ちゃん」
「うん。よかった」
男の子の姿は、宙にとけるように消えていった。
同じ頃。
ある葬儀場で参列者が話していた。
「お爺さん、末期にはずいぶん認知症が進んでいたらしいね」
「そうなんですか?」
「自分が子供だと思っていたみたいで、中学校にいくって聞かなくて、老人ホームの職員さんもずいぶん困ってたみたい」
「立派なヒトだったんですけどね」
「埋めた軍艦を探さなきゃいけないっていってたけど、なんのことだったんだろう」
参列者は、首をかしげた。
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