第9話 地中に埋まった軍艦を探す話 前編

「ミチコお姉ちゃん!」

 ある日曜日の午後、『和食処 若櫻』へやってきた九歳くらいの男の子は、カウンターのコンを見るなりそういった。

「ミチコ?」

 いつものカウンター席で漫画を描いていたサナ、その横の席にいたサクラはお互いに顔を見合わせる。

「ミチコお姉ちゃんって、私のこと?」

 コンは自分を指差した。

「なにいってるんだよ。そのほっぺの火傷、間違いなくミチコお姉ちゃんじゃないか」

 男の子はコンを指差す。

「……ミチコお姉ちゃん、ごめんなさい」

 突然、男の子は暗い口調になった。

「どうしたん?」

 コンが声をかける。

「ごめんさい! ごめんなさい!」

 しかし、男の子は大声で何度もそういった。

「どうしたん? 椅子に座って、ゆっくり聞かせて」

 コンは男の子を椅子に座らせた。

「はい、どうぞ」

 そして、牛乳をカップに注ぎ、男の子のに出した。

「あの、とってもいいづらいんですが」

 口を開いたのは、サクラだった。

「ミチコさんというのがどなたかは存じませんが、そのヒトは八重垣コンさんです」

 それを聞いた男の子は、何度も首を横に振る。

「ちがう。だって、ミチコお姉ちゃんは米子にいく途中にほっぺに火傷して、その跡があったもん」

 コンは指先で自分の頬をなぞる。そこにはかつて、こけて、ヤカンに突っ込んだときの火傷の跡がある。

「あのな、ミチコお姉ちゃん。ミチコお姉ちゃんの軍艦、盗んだの、俺なんだ。どうしても、欲しくて。ごめんなさい。ごめんなさい」

 男の子はまた泣き出した。

 コンとサナ、そしてサクラは顔を見合わせる。

「軍艦って、あの大砲を積んだ船のことだよな」

 サナが尋ねたが、男の子は泣いていて返事をしない。

「それを盗んだって、どういうことでしょうか?」

 サクラが、首をかしげた。


 男の子が落ち着くのを待って、コンはゆっくりと説明した。

 ここに来るのは、死者であること。

 故に、男の子はすでに死んでしまっていること。

 そして、ここはヨモツクニへ旅立つ前、最後に想いを果たす場所だということ。

「そっか。コンさんは、ミチコお姉さんじゃないんだ。でも、本当にそっくりで……」

 男の子は落ち込んでいる様子だった。

「そのミチコさんっていうヒトは、そんなに私に似てたん?」

 男の子は、小さくうなずく。

「まあ、世界には自分と同じ顔のヒトが三人いる、といいますからね」

 そういうサクラの横に座っているのは、サナだ。

「高森ミチコお姉ちゃんは、近くの家に住んでたんだ。オレは、よそ者、だったからいじめられてて、でも、ミチコお姉ちゃんはオレに優しくしてくれて……」

「それで、軍艦を盗んだっていうのは?」

 サナが尋ねた。

「ミチコお姉ちゃんの家に、軍艦の模型があったんだ。スッゲーかっこいいやつ。ずっとうらやましいなって思って……」

「それで、盗っちゃった?」

 コンの口調は軟らかく、優しいものだった。

「……うん」

「で、そのこと後悔してる? その軍艦はどこにあんの?」

 コンはさらに尋ねる。

「中学校に埋めた……。ミチコお姉ちゃんが、見つけてくれないかなって、おもって。ミチコお姉ちゃん、そのとき中学生だったから」

 それを聞いたコンは、笑みを浮かべた。

「じゃあ、探しにいこか」


 コンと男の子は学校へむかう道を歩く。

 男の子は中学校といったけど、この町は小学校と中学校が一緒になっている。

 サナとサクラが後ろから走ってきた。

「セリカの家に寄って借りてきましたよ」

 サクラは剣先スコップを担いでいた。

「家に帰るより、近かったからな」

 サナがそう、付け足した。

「ここって、本当に若桜町なんだよな」

 男の子はキョロキョロと周囲を見わたす。

「うん。そだぞ。どうかしたのか?」

 サナが短くこたえる。

「なんだか、上手く思い出せないんだ。埋めたのは、ついこのあいだのはずなのに、ずっと前のことのような気がして……。町も、記憶とちょっと違うし、んなんじゃなかった気がするんだ」

「もしかして……」

 ちょっと考える仕草の後、真剣な顔でこういった。

「パラレルワールドから来たんじゃないですか? なにかの選択肢で、別の方向を選んでいた可能性の世界。つまり、若桜町であって、若桜町じゃない世界。だから、町の景色が違ったり、中学校が中学校じゃなかったりするんです」

「とりあえず、探してみよか。埋めたときの目印とかないん?」

 サクラが早口でいった言葉を、誰も聞いていなかった。

「校門のところに埋めたんだ」

「じゃあ、いってみよっか」

 コンがいった。


 学校の校門に着いた。

 そこは、アスファルトで固められていた。

「これじゃあ、掘れませんね」

 サクラはスコップの先端でコツコツと門柱の根元をつつく。

「アスファルトは術で割ることができるけど、そもそも本当に埋まっているのか?」

 サナは男の子を見るが、男の子は自信のなさが顔に出ている。

「あんまり気乗りしないけど、しょうがないな」

 サナは周囲にコンたち以外のヒトがいないことを確認すると、突然、体から、まばゆい光を放ちはじめる。

 コンと、サクラと、男の子。三人そろって目を閉じる。

 光がおさまり、目を開けると、そこには、サナの姿はなかった。

 いや、サナがいなくなっていたわけではなかった。

 サナは、こげ茶の毛並みを持つ、小型犬ほどのキツネに姿をかえ、そこにいた。

「サナちゃん?」

 コンは恐る恐るキツネとなったサナに話しかける。

「この姿になると、磁気を感じて地面になにか埋まっていたらわかるんだ」

 サナは地面に鼻をつけるように臭いを嗅ぎまわる。

「うーん。このあたり、なにも埋まっていないみたいだぞ」

「あの……たぶん、オレが埋めたのここじゃない。まだ、やっぱり記憶がはっきりしないんだけど、どう考えてもミチコお姉ちゃんが通ってた中学校じゃないんだ。こんなお城みたいな立派な建物じゃなかった。間違いない」

 男の子はそういった。

「やっぱりパラレル……」

「旧校舎じゃないのか?」

 サクラの言葉をさえぎって、サナがいった。

「旧校舎?」

 コンが首をかしげる。

「何年か前、小学校と中学校が一緒になって、ここに移転したんだ」

 サナがこたえた。


 旧中学校へむかう途中、サナとサクラのクラスメート、アカリに出会った。

「おっ、サナ。スコップなんか持ってどこいくの?」

「私、サクラです」

「ごめん、ごめん。で、どこいくの?」

「え、えっとこれはですね……」

 サクラはあたふたとなにもこたえられない。

「っていうか、サクラ、犬飼ってたんだ。なでていい?」

 そういうなり、しゃがんで、サナの頭をなではじめた。

「じゃーねー。犬、首輪しといた方がいいと思うよ」

 一通りなで終わると、アカリは去っていった。

「私は、サクラの飼い犬じゃない」

 サナはとてもとても不満げだった。

 そして、気がついた。

「コン、笑うな」

「ごめん。ごめんね。でも、サナちゃんが……人間の姿に……戻らへんから……」

 コンは、笑いをこらえながらいった。

「姿を変える瞬間を誰かに見られると困るんだ」


 旧中学校は校舎や、体育館、グラウンドもそのまま残っている。それぞれ、公共施設に転用されている。

 校門の門柱はそのまま残っていて、その根元はやはりコンクリートで固められていた。

「やっぱり、なにも埋まってないぞ」

 先ほどと同じように、サナは門柱の根元を嗅ぐ。

 コンは男の子を見た。

「やっぱり、よくわかんないけど、ここも違う……気がする」

 男の子は困ったような顔をしていた。

「でも、ここ以外にもう中学校なんてないぞ」

 サナは首をかしげた。

「うーん。考えれば考えるほど、やっぱりわからないんだ」

 男の子は、ただただ困惑の表情を浮かべていた。

「とりあえず、お店にもどろか」

 コンがいった。

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